殿下を守れ!
最初は後ろを振り返りながらだったローレンツ殿下は、すぐに追いつかれてしまった蜂を振り払いながら、必死に僕の手を引いている。
巣からは離れただろうに、しつこく追い回してくる蜂。
領地へ向かう途中で遭遇した風の魔法を使う蜂と、同じだろうか。
「いたっ!」
「殿下!」
殿下が、何かに躓いて転ぶ。慌てて蜂を追い払いながら引き起こせば、今度は僕の肩に鋭い痛みが。蜂の針とは別の何かが刺さっている。
「棘……?」
「大丈夫!? 気をつけて、棘鹿も多分まだ近くにいるんだ」
「とげ……さっきの、鹿?」
大きなつのに、たくさん鋭い棘を生やした鹿だった。あの棘、飛ばせるんだ。と、いうことは。
「走れますか、殿下」
「うん、大丈夫だよ」
「あっちに、ひたすらまっすぐ走ってください。僕より殿下の方が足が早い。殿下はとにかく、城まで立ち止まらずに走ってくださいね」
僕も走りやすい方がいいからもう手は繋がないでと頼んで、殿下を先に送り出す。
しばらく殿下の背中を眺めながら走って、僕は方向を変える。
魔法、魔法。このあたりにある魔力は、緑色。おそらく蜂が使っている風魔法の魔力だ。じゃあ、これを、思いっきり掴んで。
「せい!」
振り向き様に鹿の後ろ足に投げつける。驚いた鹿が飛び上がって、僕の方に突進してきたら、僕はそのままダッシュ。
鹿だけでも、と思ってやった事だったのに、鹿を追いかけていたからか、それとも僕も敵とみなされたのか蜂も、大量についてくる。
「いった!」
肩に、背中に、棘が。バチっと音がして、袖のボタンが吹き飛んだ。浅いけど、切り傷ができている。
蜂の魔法、草が切れるくらいだもんな。あまり城から離れると探してもらうにも時間がかかってしまうだろうから、このあたりで時間を稼ぐ方がいいかな。
必死に目を凝らし、魔力を見つめる。蜂の魔法は、まだわかる。しかし、僕を敵認定してしまった棘鹿が飛ばしてくる棘は、魔法ではないらしく、蜂の魔力の揺れを見つけて避けるしかない。
父上は、魔法、何を使ってたっけ。ああ、だめだ。父上があの時使っていたのは雷だ。じゃあ姉上は、炎だった。蝋燭に火をつける練習は、少ししかしてない。
おまけに周りは森だ。火遊び厳禁だ。
「父上は……ものすごく早く、風を動かすと雷だって……」
蜂が纏う、風の刃のようなものを、使えないだろうか。
さっき鹿にぶつけたように、あれをもっと早く。手当たり次第に、蜂の魔法に手を伸ばす。
魔力の方向を変えて、蜂にぶつけたり、鹿の棘を叩き落とすのに使ったり。
距離を間違えて手のひらに傷ができてしまったけど、構っている場合ではない。
「いっ!」
少しよそ見をすれば、鹿の突進や棘が飛んでくる。あの棘、もしかして毒とかある……?
一番最初に棘が刺さった肩が、なんだかじりじり嫌な痛みを訴えている。動けなくなるまでに、城の方に戻り始めたいけれど、辺りを鹿と蜂に囲まれて、既にこの場を動けない。
「はやく、ものすごく早く」
僕の魔力で、風の魔力を加速させられないか? それとも掴むんじゃなくて、もっとこう、打ち出すように動かした方がいいのか?
父上が魔力でタコ殴りにしてきた時の感覚は、どんな感じだった?
「考えて、からじゃ……遅い」
背中に、痺れた痛みが広がってきている、もう走り始めないときっとお城に戻るまでに動けなくなる。間に合わない。隙間を作れればいい、あたりの魔力を、思いっきりかき集め、握りしめるようにして押しつぶす。
指先に、幾つも傷ができたが、それによって魔法の風に流れがあることがわかった。
それをいくつも束ねて重ねる。
次々に飛んでくる棘に構っている暇もない。蜂の魔法だけを手当たり次第に重ねて、加速させる。
突然、目の前に真っ白な壁が広がった。
「退避!!」
大人の声に反射的にその集めまくった魔力を幕が閉じる隙間に投げ出した。
父上の雷のような大きなものではなかったけど、静電気の膜のようなものが蜂を次々に落としていく。
僕は、兵士の腕に抱えられて保護膜の中。
「アルセン小侯爵、無事です」
「はい、命に別状なさそうです。一人で応戦していました。怪我は……あります。棘鹿の棘が身体中に。切り傷も」
通信魔法で連絡をする兵士の服は、白っぽい青。お城の医療兵かな。
「状況を、説明してもらうことになるかと思うけど、喋れそうですか?」
「今なら、ですね、ちょっと右肩から半分感覚がなくて」
「じゃあ聞き取りをします。麻痺毒か、それとも心臓毒かは個体によるので診察しても?」
「はい」
動く側の腕を差し出せば、少し黙ってから兵士さんは唸り声を上げた。
「両方、ですね。若い個体かぁ……」
両親から受け継ぐ麻痺毒、心臓毒。どちらかが成長するにつれて抜けるのだが、若い個体は両方持っていることがあるそうだ。
「しかし……この年ですごい……何回か死にかけたこと、ありますか?」
「……ありますね」
「うわぁ……」
口のあたりまで痺れ始めてるから早くして欲しいけど。
「殿下と別れてから、ここまで走って、ここで時間を稼いでいた、ということで間違いないですか」
「おしょらく」
口がうまく動かなくなってきてる!
「ああ、とりあえず状態異常回復ポーション飲んでください。麻痺はそれで治るはずです」
ぶどうジュースに正露丸を混ぜたような匂いの何かを押し付けられて、無事な方の腕で受け取って流し込む。
「切り傷は、致命傷ということもないので戻ってからですみませんが、心臓毒も弱くてもあるのは確かなので、毒消かけておきます」
僕の腕から背中にかけて、兵士さんが優しく撫でながら魔法をかけていく。
「さて、では止血だけしたら、陛下がお呼びです」




