二度も死にたくはないよね
自室の本、蔵書までも『紋章入り』と知ってから芽生えていた不安は、届けられた教科書を確認して確信に変わった。
教科書は全部に僕の紋章入り。高級そうな本ばかりではあるが、名前を書く代わりに紋章を入れてあるそうだ。そんなもの名前を書けばいいだけなのに、と思うがそれが当たり前らしい。
「シャーロットが入学したのも昨日のことのようなのに、ヴィクスももう入学する年齢なんだね」
父上が僕に学用品を手渡してくれながら笑う。
「楽しく学ぶんだよ。わからないことがあったら、先生に聞いてもいい。家ならシャーロットでも私でも教えてあげるからね」
「はい。頑張ります」
「それじゃあ、入学祝いのパーティをいつにしようか」
「ぱ、パーティ?!」
「うん、そろそろヴィクスも社交マナーを実践していかないとね。勉強は順調みたいだけどダンスや挨拶なんかは実践をこなすことの方が大事だよ」
父上が笑ってウインクをくれる。婚約者候補まではまだだけどね、と。
それこそ、剣よりもずっと早いと思います!
いや、早くないのは、わかってるけど! 姉上が第一皇子の筆頭婚約者候補だって暗黙の了解みたいになってるのもわかってるから!
でも、僕に婚約者ができるっていうのは、また違うというか、現実感がない。
「パーティ、ってそんな大事にすることですか? 学校に入学するだけですよ」
「どこの家でもやると思うよ? 社交の経験を積ませるために、小規模なパーティを開くだけだから」
そうか、小規模な、ね。おそらく僕の想像する『お友達を呼んで誕生日パーティ』レベルでないことだけは確かなんだろうな。
「ヴィクスと近い歳の子どものいる家とか、そうだな、シャーロットのお友達とかだね」
絶対それだけではないだろうということは父上の顔からわかっているけど、僕はひとまず笑顔で頷いた。
「現状ヴィクスと一番仲良しなのはローレンツ殿下だけど、流石に皇子を呼ぶのは難しいからね」
「ええ、大丈夫です。そんなことをしたら『小規模なパーティ』じゃ済まなくなります」
ネット小説でもよく見かけた王族と縁を結びたい貴族が押し寄せてくる、というやつになってしまう。ゲームでも第一皇子はヒロインに会うのに変装していたこともあった。
父上の部屋を辞して、僕は自室でノートを取り出した。
『悪役に徹する』の文字を読み直して、保留と大きく書き込んでおく。
姉上が何を考えて、いい子騒動を起こしたかが、わからないままではあるけど、まずこれを書いた時の僕はまだ姉上に不安があったことは確かだ。助けたいのは本心だけど、姉に迷惑をかける形からは外した方がいい。そう、姉が僕に優しくなっただけでわがまま高飛車のままであれば僕が悪役になったって『やっぱり兄弟だ』で済むと思ったんだけど、今僕が『ゲームのシャーロット』の代わりをするのは『姉上の評判を落とす』。
それは、姉上が変わった努力を打ち消してしまう。
「じゃあ、どうしよう。なんだけどなぁ」
シナリオ開始は目前。この調子では一年なんてすぐだ。姉上の変化によってシナリオも変わってしまう可能性が高い。
ヒロインがゲーム通りに一年間しっかり勉強に励んでくれるかどうかも、わからない。
不確定すぎてどうしよう。
僕が生きていかなくてはならない、という問題もある。姉上曰く、『姉上の悪夢の中では』僕はそもそも死んでいたはずだそうだ。確かにゲーム内で弟がいるという設定だけなのでリュートのことであってもおかしくはない。
姉上がその悪夢から逃れたいということで僕に優しくなった。僕が生きている限りは、その夢とは違うから、と。
ならば、生きていなくてはならないだろう。
死にたいわけはない、あんな寒くて痛くて怖い思いは二度としたくない。
「ヴィクス様、第二皇子殿下から、お手紙が」
アニーがトレイに手紙を載せて部屋に入ってくる。僕宛に、わざわざ手紙? 今週だってお城には行くのに。
「ありがとう、読んでみるね」
ナイフで封を切って、取り出した手紙は一枚きりの短いものだった。遊びに行きたいから、来てくれないか。日取りは好きに決めていいから。それだけ。
「アニー、次にお城に上がるのって、四日後だっけ」
「ええ、お誘いだったのですか?」
「うん、遊びに行こうって」
「では、日取りを決めなくてはなりませんね。旦那様と、陛下にご連絡しましょう」
入学祝いの『ちょっとした』パーティに呼ぶわけにはいかないから遊びに行くくらいはいいだろう。
「次にお城に上がる日に、遊びに行くのではダメかな」
「それで、第二皇子殿下が納得なさるのなら構わないと思いますよ」
「じゃあ、それでいいかお返事を書くね」
その旨を書いて手紙を届けてもらえるように頼む。微笑んで出ていくアニーを見送って、アニーがリュートにつくようになったら、こういうことを誰に頼めばいいのかとしばし考える。姉上にロゼッタが付いたように、僕にも誰かつけてもらえるんだと思うけど。
「仲良くできる人だといいなぁ」
見知らぬ相手にあまり望むつもりはないが、険悪な相手とずっといると考えると疲れそうだから。
「そういえば、ローレンツは何して遊びたいのかな」
父上的には断りたいようだけど、僕がローレンツの付き人になる可能性も、あるにはあるそうだ。遊び相手に選ばれるというのは、まあそういうことだから。
生涯にわたって相手を支え、仕える立場というのが基本だ。
僕に従僕が付くのとそう変わらないことではあるが、まぁ規模が違う。姉上が婚約者候補であると同時に僕がローレンツの付き人になってしまったら、それは我が家が皇子二人共に影響力を持ってしまうんだから。
「ぜっったいめんどくさいことになってる」
憶測だけでもめんどくさい。権力めんどくさい。
父上のお姉さん、叔母様がすでに側室だというのに、皇子二人共に僕たちがついているなんて、派閥を作りたい人たちからしたら邪魔で仕方ない。
どっちが王になっても、我が家の権力がついてくる。我が家が王家を動かせると考える人も出てきてしまう。
頭が痛くなりそうだから、この辺でやめておこう。父上が僕たちが毎日お城に呼ばれていたのを週一回に減らしたのだってそういう対策でもあるだろう。
「皇后様が、穏やかなお家らしいのが、救いだよねぇ」
権力にガツガツしたお家だったら、今の僕たちだって排除されて……?
「僕の、馬車……」
僕が死にかけた、死んでいたはずの馬車の事故。あれは、本来なら姉上が乗っていたはずで? でも、とりあえず僕が乗って、事故が起きて。遊び相手を選ぶから、ということで呼ばれた日だった……。
「あ……れ、もしかして僕、もう狙われた後?」




