姉上と昼食会
姉上と昼食を取るのは、意外と久しぶりだな、ということに気がつく。
普段、姉上の昼食は学校で。休日も結構な頻度でお茶会に出かけたり、僕が大公閣下のところで頂いたりするからタイミングが合うことがなかった。
「こうしてお昼を食べるのも久しぶりね」
姉上も同じようなことを思ったようだ。
久しぶりだけど、以前のように緊張して食事の味もわからないような状況ではない。
「試験は、どうだったのかしら?」
「アニーは、大丈夫って言ってくれました」
当たり障りのない、というか試験の手応えってわかるものなのかが、僕にはわからない。
答えはわかった。だけど間違えて覚えていないという保証がない。
それを言ってしまうと僕のこれまでの努力を否定してしまうから言わないけど。
「そう、なら安心ね。あなたも入学祝いを何にするか考えておいた方がいいわよ」
「入学祝い……」
なるべく考えなくなかった話題が来てしまった! ついさっき姉上が馬をねだるとかいう話で怖気付いたところなのに。
「何か、欲しいものはあるの?」
「特に、思いつかないんです」
僕の答えに姉上は意外だという顔になる。
「そうなの? あなたずっと入学祝いに剣を買ってもらうって言ってたじゃない」
そ、んな記憶も……ある。そうだ、騎士になりたくて、だからずっと剣術を習えるのを楽しみにしていた。
「剣術を習い始めたら、僕にはまだ早いような気がして」
「あら、そういうこともあるのね。じゃあもう一つの方にするのかしら?」
木剣がまだあんなに重いのに、子供用とはいえ剣は早すぎる。
それ以前に教師が大公閣下と父上という豪華すぎる布陣で先が見えないことこの上ない。
「それも……考え直そうと思ってます」
もう一つ、僕がずっと欲しがっていたもの。僕専任の、従僕。
姉上にはロゼッタがいるのに、と思っていたんだ。
でも入学祝いに使用人をつけてもらうなんて。
友達が欲しい、僕を庇ってくれる人が欲しいと思っていたことは、本当に切実な願いではあったんだけど。
それは、ねだって貰うものなんだろうか?
俺の感覚では、否だった。そりゃあ皇子たちの遊び相手を務めているんだから貴族の子どもにそういう立場の子がいるのは当たり前だってことはわかった。現に試験会場にもいた。だから僕にいないことの方がまぁ珍しい方だというのは、あるんだけど。
「そういうのは、父上がタイミングを考えてくれるかな、と思って」
「あら、そういう考えもあるのね」
姉上は否定せず、じゃあ、何か欲しいものは他にないのかと首を傾げる。
「本、ですかね」
「本? そんな高価な本をねだるつもりなの?」
「い、いえ、魔法の勉強ができる本がもう少し欲しいなって」
「そんなもの入学祝いにしなくったって頼んでいいのに?」
そう、なんだよなぁ。これまでの経験からするとおそらく『この系統の本が欲しい』と頼んだらシリーズ全冊とかいっぺんに来るだろうなって予想ができてしまう。
「どう、しようかな」
真剣に悩み始めた僕に姉上が笑う。
「あなたも学校に通うようになるのね」
なんだか感慨深げな顔で姉上が呟いて、僕は手を止める。
「まだ、わからないですよ」
「わかるわよ、あなたが優秀なのは」
こともなげに言い切って、姉上は澄ました顔で食事を続ける。
「怒らないんですか? 一番を取らないと恥ずかしいって」
これで、終わりにするつもりで僕は尋ねた。姉上は驚いた顔をして、静かにフォークを置く。
「怒らないわ。どんな成績でも」
真剣に、姉上が僕の目を見つめた。
「わからないところがあったら教えるし、何か困ったことがあったらなんでも言っていいわ。できないことがあったって、怒ったりしない」
その言葉を聞いて、僕は決意する。これで、姉を疑うのはやめにしようと。
うっかり頭をよぎることはまだあるだろうけど、でもなるべく姉を信じてあげよう。
姉の『いい子やめる』の後も、何度か、揺れていた不安に腹を決めて。
「ありがとうございます」
シナリオが始まれば、姉上がどうなるか。今の姉上があんな高飛車で高圧的な態度を取るとは思わないけど、それは僕の心情とは別の話だ。信じてもいいと思えることは、大事だった。
「心配ないわ。私に任せて」
いじめられたらすぐに言いなさいとまで言って、姉上は食事に戻る。
いじめていた張本人が何を……と言いそうになってミニトマトで口を塞ぐ。それを、今の姉上は修復しようとしてくれているんだ。
「私からも、入学祝いを贈るわ。何か欲しいものを思いついたら、教えて」
「え……」
「あなたが欲しいもの、一つ買ってあげる」
だから、考えて思いついたら教えるようにと。姉上は食べ終わってそのまま部屋に戻っていった。昼食会はそのまま終わり、僕はいつものように家庭教師を迎えて午後の勉強に入る。
「試験は、どうでした?」
「難しかったです」
「どこまで終わらせましたか」
「問題冊子は全て解きました」
一瞬目を見開いた教師は、すぐに表情を取り繕って、それは素晴らしいと誉めてくれる。姉上は全部解いたとアニーに聞いていなければ、途中で諦めていたかもしれない。
僕は、意外に負けず嫌いだ。俺が、かもしれないが。
それよりも、僕には今早急に聞かないといけないことがあった。
「先生は、入学祝いって何をもらったか覚えてますか?」




