お見舞い
「ヴィトリーク様、お客様がいらっしゃっています」
「僕に……?」
「はい」
試験を無事に終えたということで、父上から少しゆっくりしなさいと命じられる。
外に行く許可は出せないけれど、家庭教師も剣術の授業もない日を過ごしていいと。
しばらく会えなかったからローレンツが心配しているだろうと思っていたのだけど。
アニーではなくてエドワードが僕を呼びにきた。
僕を訪ねてくるお客様なんて『ローレンツの使い』『ジュノ』もしくは『大公閣下の使い』くらいのものだ。
閣下とは一昨日会ったばかり。ジュノも何か大事にならなければそうそう会いに来たりはしないだろう。
「ローレンツ……第二皇子殿下ですか?」
「……はい。旦那様からは今日は誰にも会わせなくていいと申しつけられているのですが」
「……着替えます。誰か呼んでください」
部屋着からとりあえず不敬でない服装にならなければ。
「ヴィトリーク!」
「ひさしぶりだね、ローレンツ」
貴賓室に通してもらったローレンツは、僕が入室するなり飛びついて来て。
「誘拐されたって、どこにも怪我はない? なにも……」
「ええ、すぐに助けてもらえましたから。この通り無事です」
怪我をする以外に、何が起きるかローレンツにも想像がつかなかったのだろう。
本当に怪我はないかと繰り返し尋ねてくる。
児童虐待の話なんか、したくはない。僕も無事ですよと繰り返し伝える。
ローレンツも玉座ではないけれど為政者になる可能性はある。成長すれば、どこかで耳にすることになる話だ。
「ヴィクス? お客様が来てるって……」
扉の向こうから姉上の声。
「はい。ローレンツがお見舞いに来てくれました」
「っ……そ、そう。ご挨拶をしていいかしら」
ん? なんか、嫌そうな声だな。
声をかけてしまったから、挨拶はしなきゃいけない、みたいな……。
姉上なら……いや、『シャーロット』なら僕を押し退けてお茶に誘うくらいするような相手なのに。
扉を開けて入って来た姉上は『完璧な笑み』を浮かべて静かにローレンツに頭を下げた。
「弟のお見舞いにいらしてくださったのですね。ありがとうございます。ご心配をおかけしてしまいましたね」
「急に尋ねて来てびっくりした、って言ってもいいんだよ?」
皮肉っぽい言い方にびっくりして、思わずローレンツの方を見る。
ローレンツがテオドール殿下みたいなことを言っている。
ローレンツはいつも通りの済ました顔をしているけど、姉上に少し強い視線を向けている。
「とんでもない。心配していただけるなんて幸せなことですわ。わたくしが邪魔をしてしまったことはお詫びいたしますわね。これで失礼させてもらいますからご容赦ください」
立て板に水の勢いで姉上が謝罪を口にして、そのままさっと踵を返す。
閉まった扉を見ながら、ローレンツがごめんねと小さく謝った。
「シャーロットは、僕のこと嫌いみたいだから、つい意地悪になっちゃうんだ」
「嫌い……ですか?」
「わからなかった? まるで僕がシャーロットの首を絞めたみたいな顔をするんだ。怖がって、近づきたくないって顔」
ローレンツは……俺がプレイしたルートではどこにも絡んでこなかった。
街を歩いているとたまに出会うキャラ、というだけ。
2周目以降限定とかの、隠しキャラだったんだろう、何せパッケージには出てきている攻略対象だ。
でも、隠しキャラなら……ハーレムルートには関係しない、かな。
でも、姉上がローレンツを怖がる? そんな理由が思い当たらないけどな。
僕にはとても……甘すぎるくらいに……優しいし、姉上がローレンツとそんなに関わったことはこれまでないと思うんだけど。
やっぱり……夢で、なのかなぁ。
「ごめん、ヴィトリークのお姉さんにこんなことしちゃダメだよね」
「あ、え、ええっと、僕も姉が怖い時は……あったので」
フォローにもならなかったな、これは。
「ヴィトリークにはとても優しいのに、怖かったの?」
「そ、れは……今の姉の……努力の賜物というか」
いじめられていました、と言うわけにはいかないのに! しかも今姉上はそれをやめると宣言しているから過去の話だし!
僕自身がまだ変わった姉を信じると決められないだけで……!
「姉は、気が強いところがありますから。それより、せっかくお見舞いに来てくれたんだから、お散歩でもしませんか」
「いいの? じゃあ、案内してもらおうかな」
ローレンツを連れ出して、庭園に向かう。
昨日入学試験を受けたことや、領地で起きていた誘拐事件の解決が見られたことなど。
あたりさわりのない範囲だけ、世間話として話題にする。
「……本当に、大丈夫なんだね」
「そんなに心配していたんですか」
「兄上が、誘拐されかけた時には、兄上はしばらく部屋から出ることも怖がっていたから」
「テオドール殿下が……?」
「兄上が僕と同じくらいの歳のころ。謁見に来ていた人が……僕の支持者だったんだって」
暗い顔でローレンツが足元の葉っぱを踏み潰す。
「僕のお母様が、皇后だから……兄上がいなくなったら、僕が皇帝になるしかなくなる、って」
そんな話を、ローレンツ本人が聞くはずない。ローレンツが怖がるように、意図的に知らされたんだろう。
もちろん未遂に終わったような杜撰な誘拐は、裏で糸を引く貴族がいた、と言うわけではない話だったそうだが、皇宮の中で起きた誘拐事件は皇子たちにトラウマを生むには十分だっただろう。
「テオドール殿下は、すごい方ですねぇ」
「え?」
「だって、ローレンツを皇帝にしたい勢力が起こした事件なのに、テオドール殿下はローレンツを避けたりいじめたりしてない。……もしかして、僕が知らないだけで、テオドール殿下に意地悪されたりしてます?」
「そんなことない! だって、陛下の後を継げるのは兄上だけなんだから」
「でも、それが原因で事件があったんですよね」
「う、うん」
「でもそれはローレンツが頼んだ訳でも、望んだわけでもないって、テオドール殿下はちゃんと理解してくれたってことですよね」
「う……ん」
「頭のいい方ですね、そしてちゃんと理性的な分別もある」
「うん、兄上は……すごいんだ」
言葉にするのは恥ずかしかったようではあるが、嬉しそうにローレンツが頷いて。
「ヴィトリークも、すごいね……きっと兄上たちと同じクラスに入るんだろうな」
少しはにかんだ顔をしていたのに、急転直下の暗い顔。落ちこぼれは自分だけだと言わんばかりの。
確かに、目標にはしているけれど……それが叶うことがローレンツの劣等感になってしまうのは、困る。
遊び相手という立場上、ローレンツの害になるようなことはしてはいけないはずだ。
「ローレンツは、来ないの?」
わざとらしいとは思いつつ、思いきり子どもっぽく首を傾げてみせる。
学校に上がればローレンツと同じクラスだと疑っていなかった、という風に。
「……僕は、兄上たちみたいに頭も良くないし……」
「僕、学校ではローレンツと同じクラスになるんだと思って……頑張って……」
間違ったことをしてしまったんだろうか、という風に。ローレンツが慌てて何か言い訳を探しているが、これが僕がプラチナ級に入る前提の会話、ということには気がついていないようだ。
「……大丈夫、一緒のクラスに入れる。そうしたら、学校でも一緒に勉強したり、できるよ」
ローレンツが言い切って、僕を励まそうと微笑んで見せる。
「ヴィトリークが入学する頃には、僕もシャーロットや兄上と同じクラスにいるよ」
「本当ですか?!」
「うん、待ってるからね」
ローレンツに右手を差し出されて、約束のおまじないを交わす。頑張るから学校に上がったらお願いを聞いてほしい、と手を握ったままのローレンツが要求する。
「僕もヴィクスって呼びたい。僕のことはロルでいいから」
「……学校に入ってから、ですね」
「うん」
「陛下……お父上に、怒られなかったら、いいですよ」
パッと明るくなったローレンツの表情に、陛下の笑みが重なって見えて、なんとなく複雑な気分になってしまうが、ローレンツはやる気を出したようなので、これでいいということにしておこう。
攻略対象であることは間違いないもんな、同じクラスでまとまった方がハーレムルートには便利じゃないかな。
姉上がローレンツを怖がっている、というのが気になるけれど。




