入学試験
「行くのかい?」
「……行かないと思ってたんですか?」
「一昨日戻ってきたところなんだよ? 来年の受験でもいいんだ」
朝から試験範囲の見直しを終えて、受験案内などを抱えて出かける支度をしていたら父上が飛び込んできた。
父上は僕の今年の受験は見送るつもりだったらしい。
「せっかく準備してきたんですから」
昨日の『準備は終わっているか』というのは本当に『剣術の授業』の準備の話だったということか。
でも、シャーロットのハーレムルートのためにも学校には早く入学したい。
おまけにノートを読み返すだけでしっかり記憶も戻ってきた。試験準備にこれ以上時間をかける必要もないと思う。
「行ってきます」
「……ああ、気をつけて」
保護者代理のアニーと一緒に馬車に乗る。
学校に向かうのは初めてだけど、姉上やローレンツたちが通っているということで遠目からだけなら見たことはある。
寮を有した広大な敷地は皇宮からも見えるところにあるのだ。
「では、わたしはここで。終わったらお迎えに上がりますので待っていてくださいね」
アニーが「勝手に帰らないでください」と念を押して、僕は試験会場の教室へ向かう。
付き人だろうか、同い年くらいの子と一緒に歩いている子も確かにかなり多い。
「1038、ここかな」
机に貼られた番号を受験番号と照らし合わせて、席につく。
席の間隔はかなり広く取られて、5人掛けくらいの長机の両端に一人ずつ、隣の長机は真ん中に一人しか座れないようになっている。
「カンニング対策、かなぁ」
小学校受験……5.6歳の子どもの試験では……?
とは思うけど、学校入学もステータスと考えたら、不正をしてでも入学したい人はいるんだろう。
平民の子どもと一緒に街の私塾に通うのは、貴族としては不名誉なことだ。
そうなるくらいなら、家庭教師をつけて家で教育するということになるのが一般的。
すでに配られた問題冊子を触らないよう、筆記具などを取り出して黙って座っていると、隣に受験者が到着した。
「よろしくね」
「ああ、どうも」
ニコニコと挨拶してくれた子は、ちょっと年上の気の強そうな顔立ちの女の子。
あ……れ? この子、クラリス、では?
涼やかな目元、意志の強そうな眉、きつめの顔立ちに反してゆったりとした喋り方。
サブヒロインの、クラリス……では?
クラリスも、ヒロインと同じ中等級からの入学者だったはず……試験問題だけ別で、受験者は混ざっているのか。
ということは、プラチナ級入学が決まっている子がすでに一人……隣にいる……!
小学校前後の年齢層の子どもたちが集まっているので、貴族子弟とはいえ、教室内はやや騒がしい。
監督の先生が入ってきても、気にせずにおしゃべりがそこここで。
「受験案内を再度確認します」
先生らしき大人が、騒ぐ子を無視して案内を始める。
ちゃんと気づいた子はおしゃべりをやめて指示を待つ姿勢に入ったけれど、気付かない、または無視した子の声が教室内に響く。
先生が案内を読み終わっても、その子はまだコソコソと付き人らしき少年に目配せをして笑っている。
「1042……退室しなさい」
教壇で案内を読んでいた先生の指示で、補佐の先生が。どうしてそんなことになるのか理解できない、という様子で少年はぽかんとしている。
「聞こえませんでしたか? 退室の指示です。あなたに今年の試験はまだ早いようですから」
ヤダヤダと暴れるその子を摘み出して、静かになった室内、おそらく付き人の方だろう少年は真っ青になって手を上げる。
「僕も、同行させてください」
「あなたは特に問題を起こしていませんが?」
「僕だけ残って試験を受けるわけにはいきません」
ご主人様がやらかしたのを止めきれなかったのも怒られるし、自分だけ試験を受けても怒られるし。受験料を無駄にしたことも叱られるんだろうし……考えただけで胃が痛くなるほど気の毒だ。
退室を許されて、少年はご主人様が置いていった筆記具なども持って教室を駆け出していった。
ああ、始まる前から気が重い……。
しかし、試験はそのまま開始され、室内には筆記具の滑る音だけが響く。
当然、『思い出した』知識から問題に躓くようなこともないのがありがたいけれど、本当に『俺の知識』にはない問題ばかりだ。
この国の歴史もそうだし、魔法がどうやって発展してきたか、その起源について、治水や国防にどう利用されているか。
算数くらいはわかるけれど、それ以外はノートを見つけていなかったらお手上げだっただろう。
お昼までそうしてひたすら問題を解く。
なんとお昼までは休憩なしで積み上がった問題冊子をひたすら消化していくというパワースタイルの試験だ。
お昼休憩の後は問題を解き終わったら退室していいと案内があったけれど、僕の問題冊子はまだ3冊も残っている。
クタクタで保護者控室のアニーの元へ向かうと、お弁当を持ったアニーが外のテラスで昼食を食べられるからと連れ出してくれる。
「何冊解けました?」
「えっと……7冊かな。あと3冊あるよ」
「素晴らしいですね、時間内に全て終わらせられそうなペースです」
「……終わらなくてもいい試験、に聞こえるけど」
「そうですよ?」
「そうなの!?」
お弁当を広げて、お茶を渡してくれながら、アニーは1つの冊子に全ての範囲の問題が入っていたはずだと微笑んだ。
「そういう試験なのですよ」
「シャーロット様も全部終わらせて、15時には帰ってきました。ヴィトリーク様もそれくらいには終わりそうですね」
「姉上みたいには……できないよ」
サラダをつつきながらぼやいてみるが、全部解くだけなら、難しくはないだろうということはわかっている。
問題文を読んでいる間に、答えが頭に浮かぶのだ。僕がこれまで姉上に怯えながら必死で詰め込んできた知識。それは試験範囲を超えて、応用問題すら簡単に解けるところまであるらしい。
「じゃあ、姉上と同じくらいを目指すね」
「シャーロット様を目指さなくていいんですよ、時間はたくさんありますから。力を出し切るのが1番大切です」
本当に、みんな『僕が落ちるかもしれない』とは微塵も思っていないようだ。
僕を不安にさせないためにそうしているのかもしれないけれど。
いや、俺も『僕の知識』を得てからは『入学はできるだろう』と確信してるんだけど。
問題はプラチナ級に入れるかどうかにかかっているから。
お昼休憩がもうすぐ終わると、校内放送が伝えている。
食後にもう一杯お茶をもらって、僕は教室に戻った。
複数、戻ってこない受験生の席が空いたまま、午後の試験は始まった。
解き終わって退室したのか、諦めてしまったのかは判別のしようもないが、昼までいた人数を考えたら一割くらいは戻ってこなかったのではないだろうか。
隣のクラリスは、真剣な顔で冊子に向き合っている。
姉上が15時だったのなら、僕は試験時間ギリギリ、17時までかかる予定で残りの問題冊子に取り掛かる。
終わらせられても、間違っていたら意味がない。見直しも挟みながら、とりあえず全て解き終わって、時計を確認する。
16時……前。
論述というか、記述式の問題もおそらく間違いは書いていないはず。
驚いたことに、最後の問題冊子には『この問題の誤りを指摘せよ』という小学生向けとは思えない問題まで出ていた。流石にそれは苦戦を強いられてあまり得点になったとは思えなかったけど。
一通り解けたという安堵感に落ち着いて周りを見回すと全体の人数は半分ほどに減っている。
クラリスもまだ冊子に書き込みをしているけれど、今にも泣き出しそうな悲壮な顔になっていた。
冊子は最後の一冊。わかる、難しかったよ最後の一冊は……。
(……入学試験、なんだよね?)
半分くらいになった受験生たちも、さらに悔し泣きしながらだったり、解放された喜びにニコニコしながら退室していく。僕も退室してしまっていいだろう。




