お昼はビーフストロガノフでした
「一人で来たのか」
馬車を出迎えてくれたのは、相変わらず大公閣下ご本人。
普通は貴人……例えば皇族とか……を出迎えるくらいしか閣下が出てくるべき相手はいない。
閣下が皇族、王弟なのだから皇帝陛下や皇妃様、皇子たちが来た時だけ出てくればいいはずなのに。
「僕もいい加減一人で乗れるようにならないといけませんから」
「そうか」
いつも通り、会話が短い! 心配してくれているのか、ただ納得しただけなのかもわからない。とりあえず、着替えと木剣を持っていつも通りに演武場へ向かう。
「その鞄は?」
「ノートです。明日が入学試験なので」
「……そんな時期か」
まぁ、自分の子どもが入学するとかじゃなければ気にすることでもないからね。
入学式は春のはずだけど、試験は夏前のこの時期になるなんて、自分が受けるんじゃなかったら気にしてなかっただろうし。
「昼食を食べたらすぐに戻るか?」
「そうですね、ノートの見直しだけでもやっておきたいですから」
なにか話を続けそうな気配があったけれど、演武場まで閣下はそのまま黙っていた。
「では、本日もよろしくお願いいたします」
「ああ」
練習着に防具をつけて、閣下に一礼する。
もう半年はこうして稽古をつけてくれているというのに、木剣を持たせて貰えた以外にそれほどの進歩はない。
しかし、次第に負荷を増していく体力作りのための走り込みと筋トレ、その後にすぐ素振り。
それが終わってから、今度は延々と型の稽古。
これを普通の子どもがやるっていったら……途中で飽きたって言い出すだろうなぁ。
単純作業は、正直嫌いじゃない。
何週間も毎日夜中までかかって作ったデータを、ある夜が明けた瞬間に仕様変更で作り直させられるのに比べたら、確実に体力はつくし自分の経験値になっていると確信できるから楽しくもある。
「怪我は無いようだな」
「……聞いてたんですね」
誘拐されたこと、知っていたのか。迂闊に外に出てそのままあっさり攫われたというのは、ちょっと不名誉というか……軽率すぎると今なら思うので恥ずかしい。
「もう少し重くしても良さそうだな」
「えっ」
閣下が従僕に木剣につける重石を取って来させる。
軽いものはもう2つ追加してあるのに……!
これ、追加するとしばらく体が剣に振り回されて大変なんだけどなぁ。
「そう嫌な顔をするな。しばらくはこれで様子を見るが、お前は筋がいいということだ」
そういう問題なんだろうか……? 褒められて悪い気はしないけど、あまり幼い頃からハードな筋トレをすると成長に悪影響って聞いたことがある気がするんだ……。
「魔力制御もできているようだからな。後は応用のために基礎を固めるだけということだ」
「そう、なんですか」
それはまぁそうか。勉強でも基礎が大事なのは変わらないからな。
木剣は重くなったけど、やっていることは確かに基礎練習のみだ。
話しながら、素振りも終えられるようになっている……体力値今どれくらいなんだろうな。
そう、ゲーム転生にはお決まりだった『ステータス確認』は僕の知る限り医師スキルを持つ人のみが使える『診察』でしかできない。
それも、「相手に触れて、短時間確認できるのみ」という感じだと聞いた。
俺はこの世界の僕の体、になったのだからできなくて当然とも思えるけれど。
数値で見られれば、ちょっと成長もわかりやすかっただろうに。
一通り、いつも通りの訓練を終えてから、閣下がお風呂の準備を頼んでくれる。
「昼食は食堂で」
「はい、ありがとうございました」
勝手知ったる他人の家、になりつつある大公閣下のお屋敷。閣下が一足先に屋敷に戻って行っても、僕は客室へ勝手に向かう。
案内のために従僕がついてきてくれるんだけど、屋敷を勝手に歩き回らないように監視とかも兼ねているだろうから断るのも悪いし、軽い雑談に付き合ってもらいながら。
こうして閣下がお昼に誘ってくれる時は、毎度客室で軽くお風呂に入らせてもらえる。
汗臭いまま大公閣下と食事するわけにもいかないからね。ありがたい話だ。
「ありがとうございました、じゃあ食堂に向かいますね」
持ってきた着替えに袖を通し、畳んだ服はしまって先に馬車に。
メイドさんが服は持っていってくれるので、従僕の案内で食堂に入る。
「来たか」
僕も閣下を待たせるわけにはいかないと急いでお風呂をいただくのだけど、いつも閣下の方が先に食堂にいる。
着替えにもお風呂にもまだお手伝いが必要だというのが理由なんだろうなぁ。
「お待たせしました」
「それほど待っていない」
それだけ会話をしたら、閣下は僕に座るよう示す。
ありがたく食卓について、運ばれてくる昼食をいただく。
お作法も、だいぶ慣れてきたはずなんだけど……緊張することには変わりないんだよなぁ。
「よく、一人で来られたな」
「え?」
「誘拐された直後だというのに」
「……でも、学校に通うことになったら毎日誰かについてきてもらうわけにも」
「貴族子弟が乳兄弟や付き人を連れて通うのは珍しくないが」
「そう、なんですか?」
し、知らなかったー!!
日本だと小学生にもなれば一人で通学するものだからそのつもりでいた!!
「供も連れずに来て、止められなかったのか?」
「僕が一人で行くって言ったから、だと思います」
「フランシスに?」
「あ、父上じゃなくて、乳母、アニーに……」
「帰宅したら、呼ばれるだろうな」
「……ここで夕方までお勉強していっていいですか?」
「構わない。帰りは送るからそれまで好きに過ごせ」
おもしろい物を見ている顔、閣下の表情もずいぶん豊かに、見分けられるようになったものだ。
「自立心が高いのは、感心するな」
「そうですか?」
「ああ、怖がって屋敷から出られなくなる可能性も考えていたが」
いや、それは……社畜経験が……俺に勝手に休んだりするなど告げるから……なんです。
積み残されていく仕事を思い出してしまって、無理矢理にでも終わらせておかないと、後が怖いというか……。
それに剣術や体術の訓練は『次に危ない目に遭わない』ためにはどう考えても必要なことだ。
それを怖がっていては……守ってくれるアニーやみんなに申し訳ない。
「でも、やらないといけないことだから」
それに、父上は僕たちの心配ばかりしてくれるけど、どう考えても父上は働きすぎだ。
僕が学校に入れば少しは手を離れるとは思うけれど、僕が今みたいに何もできずにいてばかりでは父上は僕を保護するだけでどれだけ疲れるか。
「そうか。だが、まだ早い。次からはちゃんと付き添いを連れてきなさい」
心配してくれる大公閣下に笑みを返して、食後のお茶をいただく。
うん、とりあえず剣を持たせてもらえるまでは……単独行動は控えます。




