荒療治
「申し訳ありませんが、自力での魔力制御を覚えるために起きるとも言われる現象ですので」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「魔力の高い子ほど、起きやすいのです。ジュノ様もヴィトリーク様も今のお年で同年代平均の倍以上の魔力をお持ちですので……」
診察を終えて、ジュノと魔力防御のかけられた部屋に戻る。
魔力制御の問題に全く進展はないものの、医師に健康上の問題はないと言われた。
5年も囚われていたジュノはやや栄養不足や成長の遅れがあるものの、これから療養すれば取り戻せるだろうという話だったようだ。
「ジュノ様のお迎えも、アルセン侯爵様が」
「俺……も?」
「男爵様の領地はアルセンですから、帰りに送ってくださると」
「そう……ありがとう」
なんだか、ジュノはあんまり嬉しくなさそうだ。
長く離れていたお家で本当に受け入れてもらえるのかが心配なのかもしれない。
やっぱり帰りたいのが本心だろうけど。
「ジュノお兄ちゃん、お兄ちゃんも学校に通う?」
「え? いや……たぶん俺は……」
「通わないの? 僕、来年から通うんだ。お兄ちゃんも通うのなら、また会えると思ったんだけど」
「父上に……聞いてみる」
「通えなくても、僕また領地に帰ることがあると思う。その時は遊んでね」
「……ん」
昼過ぎ、馬車が到着したと聞いて出迎えに出た。
「ヴィクス!!」
「姉上……!?」
馬車の扉を蹴り開けるようにして飛び出してきたのはシャーロット。
たしかにここは郊外とはいえ首都の中、姉上でも来られる場所だけど……まさか姉上も迎えに来るなんて。
「騒がしくしてすまない。カレド領主」
「いいえ、ご子息の無事を確認されるのが最優先でございます」
「そうか、今回は助力を心より感謝する」
続いて降りてきたのは、父上。
アニーだけがくるものと思っていたので驚いて固まった僕をよそに馬車から降りた父上がケイゼルさんと言葉を交わしている。
「テベルス男爵の息子は?」
「ジュノ様、アルセン侯爵様にご挨拶を」
「テベルス男爵家、長男のジュノと申します。助けていただき、心より感謝いたします」
やさぐれたいつもの態度など微塵もない綺麗な動作でジュノが頭を下げる。
貴族教育……受けてるよね、そりゃ……。
にっこり笑って、父上が僕を手招く。
「さて、問題が起きているんだったね」
「ご覧の有様で……」
そこらじゅうで小石や植え込みが弾け飛んでいる。
使用人がよろめいて慌てて頭を下げる姿も。
「おや、ジュノもかなり魔力が多いね。この二人抱えていたのでは、屋敷が大変だっただろう」
「滅相もない。屋敷は修理できますから」
「ヴィクスも、コントロールが上手になっているよ。この分ならそれほどの荒療治は必要ないね」
……荒療治……って言った……?
「さ、では二人とも。しっかり自分の身は自分で守るんだよ」
スッと父上が僕たちに向けて片手を伸ばす。
その動作に、僕は反射的にジュノの前に出ていた。
父上が魔法を見せてくれる時に必ず見ている動作。
何をどうすればいいかなんてわからないけれど、あちこちではじける火花を父上と僕の間に集中させるつもりで。
魔力で壁を作る意識だけ持って。
「い……ッ!!」
「「ヴィクス!」」
姉上とジュノの声が揃った。
僕は背中側から何かに殴られて、吹っ飛んだ。
「ほら、ちゃんと立ちなさい」
「父上、何を」
「身を守りなさい、それほど強い魔法じゃないよ」
「侯爵様……っ?!」
僕に駆け寄ろうとしたジュノが同じように吹き飛ばされて倒れた。
「……なるほど」
身を守る、という名目で魔力の制御をさせる気なのか。
魔力の流れを感じてそれに合わせて魔力で壁を作れば、制御を失った魔力の流れが整う、という理屈かな。
「だ…ッ」
それは理解したけど。立ち上がった瞬間にもう一度殴り倒される。
ジュノの方を少し伺ってみると、ジュノはもう父上の魔法をなんとか防いで見せていた。
主要キャラ、すごい。
「うん、落ち着いてきたかな? テベルス小男爵、大丈夫かい?」
「あ……」
「もう大丈夫だろう? アニーが馬車に乗っているから、怪我があれば治してもらいなさい」
驚いた顔をして、ジュノが辺りを見回す。もちろんもう何も起きない。
「さ、ヴィクスも頑張ろうね」
「わ、分かってはいます!」
魔力がどの方向から来るかは、なんとなくわかる。けれど僕の魔力がどこにどうなっているかが一切わからないから殴られ放題だ。
「……うーん。ヴィクス、お父さんに反撃してもいいんだよ?」
「で、でも」
「やられてばっかりじゃ悔しいだろう?」
そうは言われても、僕は攻撃魔法なんて知らない。蝋燭に火をつける練習を始めたばかりだって知っているはずなのに!
風魔法で殴られている、それはまぁ、父上からしたらかなり手加減している。
そもそも切断もされないレベルの突風で突き飛ばされるようなものだから風魔法と言ってもかなり弱い。
水なら、練習したから集められる……。
魔力が集中して行く方向へ、水を集めて壁になるように……。
ばちっと激しい音がして、父上の風魔法で水の壁は霧散する。
「そうそう、上手だね。さすがヴィクスだ」
「でっ……」
褒めてくれていても、父上が攻撃の手を緩める様子はない。
次々に襲ってくる突風に合わせて必死に水の壁を作り続けていると、ふっと『集まっていく魔力』に色が感じられることに気がついた。
ミントグリーンに近い、緑のような。いや、実際に見えているわけじゃないのは魔力だからそのままなんだけど。
「うーん、反撃してくれないと、お父さんやりがいがないなあ」
「父上、僕、ろうそくに火、をつけるとこ、ろまでしか練習してな……」
「大丈夫、それでもできるよ」
ほんとにぃ?
緑、緑に何をぶつけたら、って話?
ゲームの属性的には風とぶつけるなら火だけど。それなら確かに僕の習った中にもあるんだけど。
僕の魔力が見えたらこんなに悩まないんだけどなぁ!!
水を作るのだって、今意識しているのは『周りの青いものを掴んでいる』感覚で、火をつけていた時何を考えていたか思い出す余裕がない。
摩擦、えーっと、風をめちゃくちゃ早く動かすと雷、が父上の説明だったから、風魔法で火を作ることは、ない?
それなら、いっそ燃えろって念じたら火がついたりしないか。
そろそろ疲れてきて、水の壁も反応が遅くなってきているのがわかる。
しかも父上は反撃してこないのかと残念がっている。
「燃えろ!!」
ヤケクソで風魔法の気配を無視して、父上に、というか父上の方向へ「赤くなれ」と念じる。
「ッ…………?!」
蝋燭の火とは言わないけど、そんなに大事にするつもりはなかった。
父上と僕の間に、火柱が立ち上って、びっくりして腰を抜かす。
すぐにその炎は霧散して、向こう側から嬉しそうな父上が走ってくる。
「よくできたね! これは上出来だったよ」
「ち、ちちうえ……」
「やっぱりヴィクスは魔力の制御が上手だね。ほら、もう大丈夫だろう?」
それは、確かにそうなんだけど……ジュノは魔法を防げるようになったら終わってくれたのに、なんで。
「いやー、自慢の息子だね! カレド領主、すごいでしょううちの子は!」
「……大変、素晴らしいご子息ですね」
ケイゼルさんの顔引き攣ってる! 父上! よく見て! 無理やり言わせてるから!
「これで、自分の身を守る方法はわかったかな?」
しゃがんで、僕を抱き上げてくれながら父上が僕に確認する。
炎を起こすことができることはわかった、属性っぽい色もわかるようになった。
あちこち擦りむいた僕の頭を撫でて、僕は馬車の前に連れてこられる。
「さ、馬車に乗っていなさい。お父さんはカレド氏と少し話があるから」
馬車に乗り込むとアニーが待っていて、飛びつくようにシャーロットも馬車に戻ってくる。
「ジュノっていうの? 私もそう呼んでいい?」
「……姉上。自己紹介もせずにそんなことを頼んじゃいけないはずですよ」
「あっ……ごめんなさい。シャーロット・アルセン。アルセン家の長女よ」
「ジュノ……テベルスです。お好きなようにお呼びください」
「あなたがヴィクスを守ってくれたって。本当にありがとう。長い間辛い思いをしたはずなのに、あなたは優しい人ね」
「……」
……あ、あれ?
その話はケイゼルさんにしか……。
廃屋で話し相手になってくれたとか、身支度の時にブローチや櫛を取り上げないでいてくれたとか、競売場で転ばないように守ってくれたとか……。
よく考えたら伝えるよね!? それはそうだよね? だって僕を助けてくれたって話しておけばジュノの待遇良くなるもんね!!?
そこまで考えずに話したのに、なんか手を回したみたいになって居心地悪……。
ジュノがびっくりした顔でこっちを向いたので、とりあえず笑顔を浮かべておく。
「さ、帰ろうか。ジュノの迎えも屋敷に到着しているよ」
父上が馬車に戻ってきて、見送りを受けながら馬車が走り出す。
結構な時間が経った気がするけれど、僕が屋敷を抜け出してからひと月も経ってない。
「息子を助けてくれたと聞いている。顔をあげなさい」
「助けていただいたのは、こちらの方です。閣下の采配があったからこそ、イゾラ達が動けたと」
「男爵が再三要請していたんだよ、此方としては手がかりがなくて動けなかった。長い間辛い思いをさせてしまったことは詫びさせてくれ。ヴィクスも囚われていた間、彼に助けられたんだったね」
「はい。このブローチも、僕に追跡魔法がかけてあるって知ってて取り上げずにいてくれたのはジュノです」
「うん、それもあとで礼をしよう」
それから、と続けようと思ったのに、急激に意識が遠のいていく。
そういえば、寝てる間もいろんなものを壊してしまうから、よく眠れなかったんだった……見慣れた馬車の中で、気が抜けたのか。




