― 立春に還る ― (6)c
「おまえさんが今考えることは、藩主のお手つきになる手段ではなく、生きたいか、死にたいかを選ぶことだよ」
なんせここは、おまえさんが逃げてきた陣屋より、はるか彼方にあるからなぁ。藩主は当然、おまえさんのことなんざなに一つ知らんさ――。
「死を選べば、死因は餓死だろうよ。いつ死ねるかもわからんなぁ。死んだ後は、からっからに干からびてみるも無残な姿になったおまえさんを放り棄てればいいんだ。後始末としては楽だなぁ」
どうせ、弔ってくれる者などいないしなぁ――。
「生を選べば、手に覚えがあるようだから、それなりの奉公先でも紹介してやろうよ。面倒だがな。その後は、おまえさん自身で生きていくんだね。悪いが刻がないんで、今すぐ選んでくれないかい。さぁ、遠慮しないで選んどくれ。わたしに決めてほしいなら、それでもいいよ。死んどくれ」
なにしろ楽だからねぇ――。
なぜか女は蒼ざめた顔で、餌を欲しがる鯉のように口を開閉させていた。
「……死を選べば、我のところに置いておいてよいか?」
黙っていた松伯が堪え切れず期待するように、目を輝かせた。
「構いませんよ。わたしは要りませんから」
「うむ。魂魄そろった状態で、人間がどれほど【境界】に耐えられるのかが、わかるのか……。実に楽しみ……」
「い、生きたいに決まっているでしょう! なんで死ななければならないの! わたしはまだ若いのよ!」
松伯による死を選んだ場合の今後の計画を遮り、またしても赤ら顔になって女は喚いた。
「なんだ死なぬのか、つまらん」
せっかく【境界守】初の観察が断ち切られるのかと、松伯は不満を口にした。
「はあっ!? なんであんたみたいな爺に、このわたしが慰み物にならなければ……っ」
「あぁ、生きるんですか。面倒ですねぇ」
一応生命の恩人たる松伯に礼も言わないなんて、本当に愚かな女ですね。




