― 立春に還る ― (6)b
「いけませんか! 目盲のわたしが、縫い物しかできないわたしが、行き遅れになったわたしが、高望みをしてはいけませんか! せっかく村中の者が称賛する顔に生まれたのに、一生家に閉じこめられるなんて、まっぴらごめんです! なのに、あんな……あんなことになるなんて……」
「だからさあ、嘘泣きしたところで無駄だから。別にいいよ? おまえさんが玉の輿を望もうが、薄っぺらい謀がお釈迦になろうが、失敗した挙句に絶望して死のうが、どうでもいいよ? そんなのはおまえさんの人生だもん。でもさあ、どうせ死ぬなら、首括るなり、喉かき切るなり、庭石に頭ぶつけるかして死んでくれないかなあ。なんで井戸に落ちて死のうとするわけ?」
それもよりによって氷見の井戸にさあ――。
「おかげでおまえさん、運よく助かっちまったねぇ。目覚めたここがどこだかわからないが、話し声からして側にいるのは年寄り二人。泣き落としでもすれば、面倒見てもらえるとでも思ったかい。国家老の罪は暴かれ、改めておまえさんは、藩主のお手つきになるとでも思ったかい」
魂魄が離れた状態でも動けた理由は、おそらく二つ。【境界】が生かそうとしたためと、此岸にある【魂】の元に戻ろうとする【魄】の本能のため。
だから、呼吸のために出入り口前に座り込み、わたしが【魂】を回収しに行くのについていこうとした。
だが、この女の本心である【魂】は――。
氷見の坐す【境界】から此岸に出た後。すぐに回収できるかと思いきや、井戸付近には留まっておらず、なんと藩主の寝所にいた。寝ている年若い藩主の耳元で、助けてください、早く助けてくださいと喚いていたのだ。
そのくせ【魄】と完全に切れていないために、わたしの気配を察するや、捕まりたくない一心で逃げ回ったのだ。
そう、この女はあくまでも藩主により助け出されて、お手つきになることを未だに望んでいる。それだけだ。
「まったくもっておまえさんは、愚かもんだねぇ」
さっさと死なないから、こんな羽目に陥るんだよ――。
顔を真っ赤に染めて、またもやくだらない言い訳をしようとするのを遮る。
「あぁ、おまえさんの実にくだらない過去は、もうどうでもいいよ。おまえさんのために蒸し返しただけだからねえ」
さて、本題に入ろうか――。




