― 立春に還る ― (6)a
「気がついたらここがどこかもわからず、頭もぼんやりしていたので伏せていたら、誰かが話しているのが聞こえました。それからは、よく覚えていません……」
なぜ、わたしがこんな目に遭わなければならないのでしょう……と最後にはしくしくと泣き出した。
話に嘘はない。読み取った通りのことを語っている。【境界守】である氷見が祀られていた井戸に落ちた衝撃で【魂】が抜け落ち、気を失ったような状態で氷見が利用していたために風が吹いている通路に流れ込んできて、松伯のもとに着いたのだろう。まあ、それ自体は不幸な事故だと断定する。
だが――。
「嘘泣きは、やめてもらおうか。うっとうしい」
松伯が目を丸くし、泣き声がぴたりとやむ。
「おまえさんは、本心では籠の鳥扱いしてくる身内を毛嫌いしていたのだろう。なんせおまえさんは器量よしだからな。だから、年若い藩主が屋敷に来たとき、わずかに姿を見せたのだろう。せっかく召し出されたのに、父親が断ったために、おまえさん大層、怨めしく思ったであろうよ」
殺意が湧くほどにな――。
「おまえさん、家老に手を握られたときに、何を吹き込んだんだい。あぁ、いいよ、答えなくて。結末が物語っているもんなぁ。邪魔な家族、おまえさんを慕いながらも蔑んでいる下女たち、夜這いをしてくる下男たち。みぃんな斬り殺されて、よかったなぁ。おまけに都合よく燃えてしまったもんなぁ」
あの行灯、誰が倒したのだろうなぁ――。
「だがなぁ。世の中、そうそううまく回らんよ。なんせ、おまえさんを召し出したの、年若い殿さまではなく、父親より年嵩の脂ぎった国家老だもんなぁ。耳がよいばかりに、さぞかし驚いたであろうよ。今さら帰れる家も、助けてくれる身内もいない。なんにも見えないから一人で逃げられるわけがない。日頃悔いることのないおまえさんも、あのときは盛大に悔いたよなぁ」
ぶるぶる震えていた女は、顔をあげると見えない目でこちらを睨みつけてきた。




