― 立春に還る ― (5)
すえですと名乗った女は、小さな藩の一角に位置する庄屋の末娘として生まれた。
生まれてすぐに高熱に苦しみ、光を拝むことができなくなった。
以来なにをするにも他人の手を借りなくてはならなくなった。
役立たずだの獄潰しだのと普通なら言われるところだが、器量がよかったためか、両親や兄姉、奉公人らは率先してすえを甘やかした。
ただ一人だけ。祖母だけは行く末を案じたのか、なにも見えないすえに縫い物を厳しく仕込んだ。
天性のものか、祖母の扱きがよかったのか、すえの腕前はかなりのものになった。
やがてすえは、女らしい体つきとなり、ますます甘やかされた。だが、同じ年頃の娘らが嫁いだりするなか、庄屋は縁談話一つとしてすえに持ち込まなかった。
時は流れ、すえは十八の行き遅れとなった頃。
藩主が遠駆けの帰りに庄屋の屋敷に休息を求めにきた。
家族も奉公人もあたふたと藩主一行をもてなす最中、すえは藩主の視界の角を女中に手をひかれながら、ゆっくりと通っただけだった。
数日たったある日。国家老が前触れもなく庄屋にやってきて、すえを奥女中として差し出せと命じてきた。
庄屋は困惑顔を隠しもせず、「娘は目盲のため、奉公することは叶いません」とはっきりと断った。
だが国家老に、まことかどうかを確かめるために連れてまいれと告げられ、仕方なく庄屋は自ら娘の手をひき、国家老の前に座らせた。
国家老は、舐めるように娘を見て無遠慮に小さな顔に触った。すえは、おとなしくされるがままに撫でられ、国家老が握ってきた手を軽く握り返し、わずかにほほ笑んだ。
娘が目盲であることを確かめ、国家老は引き返していき庄屋は安堵した。
翌日日暮れ。国家老は駕籠を引き連れ、再び庄屋宅にやってきて、家族と奉公人をすべて集め、「上意である、娘を差し出せ」と居高に命じた。
そして庄屋が昨日と同じように断ると、国家老はいきなり庄屋を斬り捨てた。
驚いた庄屋の一家は、声をあげるまもなく、国家老の家臣たちによって斬殺された。
暗闇の中、家族たちの悲鳴が聞こえるも、すえは唯々座り込んでいた。
国家老は薄ら笑いを浮かべて座っているすえの前に来ると、「怨むなら下命に従わぬ、父親を怨め」と冷たく言い放ち、縄で縛り猿轡を噛ませ、駕籠に押し込んだ。
庄屋宅は血の匂いで充満していたが、どこからか火の手が上がり、燃え落ちた。
国家老一行は、陣屋の離れ屋敷に着くと、すえに湯浴みをさせ、上質の肌襦袢に着替えさせ、寝所に放り込んだ。
世間知らずのすえだが、さすがに今からなにをされようとしているのかはわかる。目は見えないが、耳はいいし人の気配にも敏感だ。肌触りのいい布団からすぐに逃げ出した。
とりあえず庭に降りたが、すぐに発見された。闇雲に走り出したら、石に蹴躓き、穴らしきものに落ちてしまった。




