― 立春に還る ― (4)a
一年ぶりに松伯が坐す【境界】に着くと、どことなく違和感を覚えた。
ただ一本だけ存在する黒松の根元から葉先まで、こと細かく見て異常がないことにひとまず安堵する。
肝心の松伯はというと……おかしい。
「どうした、シキ?」
妙におどおど……いや後ろめたいか? 挨拶より先に、上目でこちらの様子を窺っているのは、確実に怒られるようなことをしでかしている最中であると、物語っている。
さて、今度は一体なにをしたのか……とだだっ広い【境界】を見まわし、ある一点で目を細めた。
振り返り松伯を見れば、目を泳がせていた。
「松伯?」
小首を傾げて問いかける。
「なにもしておらん」
「ただ呼んだだけですよ」
にこりと口だけで微笑み、松伯を見据える。
「一年ぶりにお逢いしたのに、挨拶もしてくれないなんて、とても悲しいですね。とてもとても寂しいですよ。もう私は必要ではないのですね……」
口調だけは嘆きながらも、にこにこ、にこり、と。
「で? 昔のわたしが頼まれてわざわざ拡げた、此岸の出入口をどうしたんだい?」
「知らん!」
一転して、地べたを這うような低い声で問い詰めても、まだ否定してくる。
此岸では、断崖絶壁の地にあるこの【境界】。生きている人間は、まず迷い込むこともなかろうと、懇願されて大きくした出入口が見当たらない。
波音は聞こえてくるにもかかわらず、だ。
これこそが違和感の正体。ただ松伯は出入口を塞ぐことはできない。おそらく出入口を含めて、一部を隔離させている。ならば――。
「……やめ……!」
付近の状態を確かめ、これならばと着物の袂から小柄を一本引き抜き、左手で隔てている障壁を一文字に切り裂く。薄氷が割れ落ちるような感触があり、松伯が隠しておきたかったものが現れる。
無言でそれを見つめ、止めようとした松伯の側に音もなく近づくと、右手を伸ばし小刻みに震えている灰白色の顎鬚を掴む。ぶちぶちっぶちぶちっと力を込めて引っ張る。
「松伯――!!」
この【境界】で初めて生きている人間が、わたしらのやり取りを見ることもなく、ただぼうっと座り込んでいた。




