― 立春に還る ― (3)b
「なんで苦労して取りもどしたのに、跡形もなく消すのよ!?」
黒猫が目をむきわめく。別に苦労していないんだが……。
「二本もいらぬ」と松伯は、闇を凝縮したような玄き色でできた自分の杖を見せる。
「そうじゃなくて! わざわざ自分の分身を手折って、大切に思った人にあげたもんをなんであっさり始末するのかって……」
「大切?」
心底不思議そうに、黒猫を見て松伯は首を傾げる。
「生きたまま【境界】に流れてきた者が、此岸でどう生きていくのか、知りたかっただけだ。我はシキ以外の此岸の者になど興味はない」
「はあっ!?」
黒猫は唖然とした。
どうも、この黒猫は勘違いしているようだ。
「だから、言っただろう。調べる必要はない、杖以外はどうでもいいと。松伯は、知りたいだけなんだから、杖さえ戻ればそれでいいんだよ」
黒猫を撫でて落ち着かせようとしたら、がうっと逆に噛みつかれた。
「なんなのそれ!! 超年の差とか異種族間の恋とか次元を超えたロマンスの結末とかじゃないの!?」
おかしいな……この黒猫、なんの影響を受けたんだ?
「ないない。だいたい椿をここで隔離したのだって、生きてる人間がどれほど耐えられるか、知りたかっただけだし」
そう、松伯は主に【境界】についてだが、色々なことを知りたがる。
【境界】の性質やら此岸や彼岸に与える影響やら、迷子になる条件やら……初めて会ったときから、とにかくなんでも知りたがった。
そもそも、別の【境界】と繋がるための通路を最初に造ったのは、彼だったというのを聞いて大いに納得したものだ。
ただ、知りたがりのくせに、漂っている【魂】や人間には、さして関心がない。むしろどうでもいいとすら思っている。同行させる者にもなんらかの素質はあるのだから、役に立つだろうに、なぜか頑なに拒んでくる。
時折、後始末に困るときもあるが、それもまた一興である。
とはいえ、今はこの怒れる黒猫をどうにかしなくては……。
丁度いい。さして面白味はないが、落人と定義された椿の物語でも語るとするか――。




