56/89
― 立春に還る ― (2)e
サングラスをかけ直しコートを羽織るとデパートを後にし、駅へ歩き始めた。
器用に左肩に座った黒猫が、
「あんな仕打ちをされた割には、結構な対価払ったじゃん」
釣り合わないじゃないのと、ハスキーな声で不機嫌そうに問いかける。
「狩衣の対価としては十分だろう」
あの出来映えだけには、それだけの価値があると言い切る。
「杖に施された仕打ちと相殺でいいじゃんって言ってるのっ!」
毛を逆立て耳元でわめく黒猫を摘み上げると、「戻れば過程はどうでもいい」とそっけなく言い返し、手を離した。
地面に着地するや、まだ文句をいっている黒猫を見下ろし、仕方なさそうに付け加えた。
「すべては過去のこと。椿に執着していた八代目が、椿が死んだと同時に還ろうとしていた杖を引き留めるために、施しただけにすぎない」
持ち手に巻きつけてあった、椿の髪の毛と血で染まった布は、それだけだと説明したが、ぶんむくれた黒猫は「ち、がーう!」と言うやかき消えた。
やれやれ……。黒猫はなんに対してあんなに怒っているのかと首を傾げたが、気にすることなく次の目的地へ向かった――。




