― 立春に還る ― (2)c
応接室に案内すると男は、「お座りになってお待ちください」とだけいい、足早に部屋から出ていった。
「つきあい、あるの?」
ゆったりとした長椅子に腰掛けると、黒猫がつるんと滑り降りてきて、太ももの上で四肢を伸ばしながら聞いてきた。
「今はない。当時も滅多に会っていない」
「なら今後、つきあうの? 金持ちだし結構いい男じゃ……イタッ」
黒猫の頭を叩き黙らせ低く告げる。
「興味ない」
ドアが軽くノックされ、男がよろよろとふらつきながら戻ってきた。持ってきた重そうな大きく平たい桐箱をテーブルに置く。
黒猫がテーブルに飛び乗り、身を低くしてシャーっと威嚇する。年代物と思わせる箱とは違い、真新しい札が一枚貼られていた。
「重さを、禁ずる……ねぇ」
低いかすれ気味の声に、嘲りの色を含ませ軽く嗤う。
男は目を瞠ったが、気を取り直して対面に座った。
「お待たせして申し訳ありません」
差し出された名刺を見れば、男は経営者一族のようだ。
「お渡しする前に、私の質問にお答え頂けないでしょうか?」
面倒くさいが興がわいたので、無言でうながす。黒猫はテーブルの上でいつしか目を閉じてうつらうつらとし始めた。
「六代目当主後妻の名を、ご存知ですか?」
「五代目に会わせたとき、“椿”と名乗らせたらしい」
「彼女が使用していた杖の材質は、なんですか?」
「黒松だ。樹齢千年以上の。黒檀ではない」
ゆえに、展示されている杖は偽物だと、言外に匂わせる。
「では、あの狩衣は、彼女の作でしょうか?」
「縫い目が生地になじんでいない。椿の手ではない。できが違う」
ついでにいえば、生地も糸も最近のものだろうと付け加えた。
「彼女の恩師の名を、ご存知ですか?」
「答える義務はない。知ったところで、あの男の血縁者に会うことも無理であろう」
最後の答えに、男は眉をひそめたが、「ありがとうございます」と軽く礼をし、おもむろにふたを開けた。




