― 立春に還る ― (2)b
約一時間後。短い髪を後ろに撫でつけ、黒いセーターにパンツ姿。薄く色の入ったサングラスをかけ、黒のロングコートを小脇に抱えて、デパート内にいた。
のんびりエスカレーターで昇っていくと、展示フロアには何人かの客が見て回っていた。
他の展示品――経営者一族縁の品や写真など――には目もくれず、まっすぐに中央に飾られた松葉色の狩衣装束と黒い杖を無表情で見つめる。
「なに落胆してんの?」
たんっと軽く床を蹴り、左肩に黒猫が乗ってきた。器用にバランスを取り、身を乗り出すようにして、展示品の説明文を読んでいく。
六代目当主の後妻が、晩年に恩師のために縫製した狩衣と、その盲人であった後妻が生涯愛用した杖……であり、現在は当家の家宝である……。へ―そんな立派なもんなんだと、ハスキーな声が呟く。
「……偽物だな」
「えっ、どっちが?」
立派なもんじゃないのと、黒猫は目を丸くするが、問いかけに答えることなく、来て損をしたとばかりに踵を返す。
「少々、よろしいでしょうか?」
同じ展示品を見ていた、背が高く若い男性が声をかけてきた。
「先程、これを見て偽物と断言しましたよね。失礼ですが、なぜそうお思いに?」
男は慇懃に問いかけてきたが、いくら待っても無表情に見返されるばかりで返答がないため、しびれを切らしたのか、一歩近寄るや「樒、という人物をご存知ですか?」とさらに問いかけた。
サングラスを外し、闇のように黒い両眼を男に向ける。
「そちらの五代目から七代目当主の知り人で、そう名乗っていた女が、いたな……」
低いかすれ気味の声でつまらなそうに返すと、男は一つうなずいた。
「お渡ししたいものがあるので、こちらにお越しください」
黒猫は胡乱な眼差しを男に向けるが、気にすることなく男のあとに続いてフロアから出ていった。




