― 立冬に迷う ― (6)
「そして私は父の死後、妻とも相談し、四枚の名刺――銀行員、弁護士、不動産屋、建築士に連絡を取り、この建物を建てて店を開き、付近の地主となって今に至っております」
マスターが話し終わるのを待っていたかのように、チリンと小さくベルが鳴って扉が開かれた。
「いらっしゃいませ、お久しぶりでございます」
「毎度毎度、お客がいるのに、そう畏まらなくてもいいと思いますけどねぇ」
深々と頭を下げたマスターに向かって、呆れるように笑いながら入ってきた姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
今朝逢ったときの彼女とは、まるで別人のようだ。黒で統一した服は、白皙と青い左眼、艶やかな赤い唇を際立たせていた。そして、なにより気配が一変している。
「他にお客様がいらっしゃれば、普通に対応をいたしますが?」
「いるじゃないの、お客」
「ご注文は頂いておりませんので」
こちらは当店からのサービスですからとしれっというマスターに対して軽くため息をつくと、師匠の隣までやってきて、じろっと睨み、
「で、なにをどこまで話したんです?」
「あー、俺とマスターの昔話二本立てぐらいかな」
「……で?」
「んー。大丈夫じゃねーの。意外と理解しているみたいだし、耐性もありそうだし?」
俺の弟子だし? と俺を見ながら師匠はにやにや笑いながら軽く言い、
「ええ、私もそう思います。一味屋さんと同じかそれ以上に肝が据わっていらっしゃるようです」
夜のあなたを見ても、顔色一つ変わっていらっしゃいませんからと、マスターは妙な太鼓判を押してきた。
話の内容から俺のことを吟味しているんだろうな。まあ確かに、少し……いや大分驚いたが、それだけだ。
イチさんの弟子になるぐらいですからねー。余計なことを言っていなきゃいいですよーと、俺に向かって含み笑いをすると、マスターに紙袋を差し出した。
「伏見の若杜氏からです。検討してほしいと頼まれました」
「では、明日お召し上がりになりますか?」
ええと軽く頷くと、「お気をつけていってらっしゃいませ」と言うマスターの声に見送られながら、俺らを促して店を出た。
店の裏手にある井戸から先の出来事は、初体験のオンパレードだった。
翌日、俺は二つのことを痛感した――。
酒はほどほどが一番……。そして――写真撮りてえって……。




