― 立冬に迷う ― (2)c
カチッと小さな施錠音を背後に聞いて、時計を見れば正午近くになっていた。
「昼、なに食いたい?」
「個室で食えるもんなら……」
まあ、そうくると思ったよ。管理人夫妻とのんびりお茶をしているときも、ずいぶん行儀よくしてたからなあ……ん?
スマホを取りタイムリーなメッセージを読むや、ため息を一つもらす。こいつはこいつでおっかねえしなあ……。
「京懐石と鰻、どっちだ?」
「……鰻……」
「じゃ、行くか」
鰻もらったと返信し、楽園から離れた――。
――三十分後。
カラカラカラ。滑りのいい引き戸を開ければ、一層腹の虫が騒ぎ出している。
「おこしやす……一味屋くん、久しいやねー」
「あれ、大女将。隠居やめたんですか」
「ボケ防止になー、昼だけにしたんよ。連絡もろとるよ。お二階にする?」
「あー、荷物あるから、奥でいいですか?」
「ええよ。ほな二名な」
小上がりに案内されるや、「もうできてるでー。特重二つな。ほな、ごゆっくり」湯呑とともに出来立てホカホカをささっと置いて、すっと障子を閉められた。
「……いつ頼んだんすか?」
「俺が二人前も特上を頼めるか。猫が入れたんだよ」
さらに問いただそうとするのを遮り、
「完全個室じゃねえけど、お前の希望通りだ。食いながらか食ってから質問しろ。お預けはゴメンだ」
ふたを開けるやいなや、弟子を放置しさっさと食っていく。あー久しぶりだ、たまらん。
弟子も渋々箸を取ったが、同じようにかき込みはじめた。
しばらく無言で咀嚼していたが、
「なー八束。その前に一つ聞きたいんだけどよ……」
「なんすか」
「俺んとこに来て、半年近くになるけどよ。やめたいと思わねえのか?」
箸が止まり、上目に俺を見つめる表情は、わずかに驚いていた。やっぱりな、こいつはわかっているのか……。
「自慢じゃねえが、そこそこのキャリアがあるから、今までにも弟子志願者は何人もいたんだよ。まあ、もって一カ月だったがな」
最短は、なんと一時間で悲鳴をあげて逃げていった。
「わざわざ紹介状まで書いてもらうくらいだから、噂の一つや二つ聞いて……」
「俺は……」
ボソッと呟いた。
「師匠の写真が好きなんすよ。あの写真に救われたんです。師匠と同じように撮りたいと思ってこの道に進んだ。講師や先輩たちには止められたけど、どうしてもつって書いてもらったんです。いまさら離れるつもりはねえっす」
「ふーん」
「師匠」
「ああ?」
「俺のことは、どうでもいいっすよ。それより師匠は話す気ないんすか?」
あーはいはい。話しますよ。
「関係あるから聞いたんだよ、一応な……。ある意味不思議な昔話。ヘタすりゃただの作り話だからな」
――猫と名乗った女と出会ったのは十年前。独立したてであちこち自由気ままに動き回れていた時期だ。俺は見事な迷子になって、不思議な少女に回収された……。




