― 立冬に迷う ― (2)b
その空間を支配しているほとんどはイロハモミジだ。早いものは風に舞って苔むした褥に色を添えているが、まだまだ染まるまいとしている木もある。銀杏は次の主役を狙ってかまだ青々とし、桜や櫨は役目を終えて眠りにつこうとしている。目線を下げれば、山吹、紫陽花、萩などがまた花の時期とは違う装いを施している。
これだけ木々が密集していても薄暗い感じはせず、むしろ朝日が葉を透かし、光条を幾筋も走らせている。
「好きに撮ってみろ。ここは柵の外側に置けば三脚は使用可だ。ただ苔には気をつけろ。貴重な品種もあるからな。それと右の平屋には入るなよ」
ぱっかりと口を開けて見入っている弟子の頭を軽く小突いてから、俺もさっそく愛用のカメラを取り出す。デジカメも持ってきてはいるが、ここではいつもフィルムカメラだ。
風に揺れる枝、舞う葉、射し込む陽射し……。鳥の鳴き声、裾を翻すような葉音、シャッター音とフィルムを巻く音……澄んだ音色は水琴窟が奏でる音だ。目や耳で全身を使って空間を感じ取りながら、一瞬を切り取っていく。これぞまさしく一期一会……いい言葉だ。
「……師匠っ、師匠っ」
至福のときを弟子が邪魔してきた。なぜか忍び足でやってくるや、小声で囁いてきた。
「師匠、人がいるっす!」
「そりゃ無人なら門は開かねえよ」
とはいえ、来客や社員である庭師ならば、木戸に報せる札が下がっている。それがなかったということは、ここにいる人間は限られる。弟子がやってきた方へ向かっていくと、探し人現る、だ。
茶室の側で背を向けてしゃがみ込んでいる人物。細身のジーンズに、モスグリーンのセーター。やや長い髪を後ろで一つにまとめている女だ。
「いいケツ発見!」
「ちょっ、師匠なに言って……なにやってんすかっ!?」
なにって形のいい尻を蹴飛ばそうとしただけだ。心配すんな、あたりゃしねえ。どうせこいつはよける。ほらな。
案の定、女はさっと立ち上がるとこっちを振り向き、弟子が目を見張ったのをちらりと見ると、俺の方に視線を流し、
「なんだ、イチさんか。いつ京都に?」
黒と青のオッドアイを細めて、気だるそうに挨拶してくる。
「二日前だ。お前は、猫? えらく、疲れてんじゃねえか」
「一段落ついたから、有給ぶんどって昨日の最終ですよ。彼は?」
「おお、こいつな。今年押しかけてきて弟子になった八束だ。こいつは猫つって、ここを紹介してくれた……おおい八束よ。見とれるのはわかるが、現実に戻ってこいよー。多少変わってるだけで、よく見りゃ特徴のないぼんやり顔だし、お前より歳食ってる若づくりのババア……ってーなあ。なにしやがる!」
「誰がババアです。まだそこまで生きてませんよ」
すーっと俺の前に立つや、足を踏みつけてきた。
痛がる俺を無視して、正気に戻った弟子とのんきに挨拶もとい、俺との師弟関係を考え直すように忠告していやがる。オイコラ。
反論しようとする直前、微かな動きを捉えた。くるぞ、と反射的にカメラを構える。
ザーっと一際強い風が吹き、艶やかな乱舞が始まっていく。時間にしたら一分もないだろうが、俺も弟子も次々とシャッターを切り続けた。
「「おっしゃっ!」」俺らの叫び声が重なった。
「よく似た師弟だねえ」くすくす笑いながら、今しがた落下したのか、手に持っている綺麗に紅く染まった葉を三枚見せてくる。あ? 三枚?
「イチさんがここに来たのはこれが目当てだろ? お弟子さんも連れて来いとさ。今夜暇かい?」
「おう、たった今、暇になった!」
弟子が目を剥いたが、予定していた夜間拝観よりこっちだ。
「ならいつもの場所に」
後ろ手に手を振り、お茶を用意してあるそうだから、寄っていくといいと言って、茶室へ入っていった。
「師匠……」
「あー、説明は後な。結構時間食ったから、そろそろお暇するか」
弟子とともに平屋にいる管理人のところへお礼に行く。
いやあ、丁度いい日に来たもんだ……。




