― 立冬に迷う ― (1)
その大きな空間の中央を占めているのは、色鮮やかな小葉紅葉であった。幹回りはかなり太く歪な状態だが、枝ぶりは立派で艶やかに染まった葉の衣をまとわせている。
この一本だけでも此岸にあれば、十分目の保養になるのに、わずかに離れた場所に、小葉紅葉、羽団扇楓、唐楓、銀杏、櫨、桜などの高木、紫陽花、萩、満天星などの低木も、赤や黄と競い合うように葉を染めている。
放置された野山のようでありながら、熟練の庭師が丹精を込めて造り上げたような、趣のある【境界】であった。
そこに一組の男女がいる。
男は四十路を超えた頃に見える。傍らの木に見劣りせぬほどの緋色や黄檗色の糸で織られた布地に金糸で刺しゅうを施した、並の男ではとうてい着こなせない小袖を黄櫨染の帯で締めている。その様は、枯草色の刈り上げた髪と薄紅の双眸には、とても似合っていた。
白磁の杯を片手に、だらしなく肘枕で横たわり、女が注ぐ酒をすいすいと干していた。
対して女は、まだ大人とは呼べない年頃であろうか。若干のあどけなさを残していながらも、慣れた手つきで男に酌をする姿は、老練さを醸し出している。夜をまとうかのように、黒の服を身につけ、白皙の顔に瑞々しい赤い唇と凪いだ海のような青い左眼が際立たせていた。
酒を飲みながら二人はとりとめのない話をしていたが、ふと途切らせると同じ場所に視線をやった。
男は杯を置き、帯に差してあった天から滴り落ちる雨雫のような珀い玉がついている長煙管を持つと、くいっと視線の先を指し示した。
「えー行くんですかー。どうせ出て行くんだし、ほっときましょうよー」
「いいから行って来い、シキ。興がわいた」
ほれほれと長煙管を小刻みに揺らし催促してくる。
「絵師が来たことがあっただろう。あれと同じような気配がする」
「絵師――? あぁ、確かに。あの男の血縁か生まれ変わりですか……。仕方ない、行きますか……」
シキは酌をし終ると、瓢箪にきっちり栓をし、手に持って立ち上がった。
「おい、こら! それは置いていけ!!」
「お断りですよー」
喚く男を無視して、出入口である穴の塊を見つめながら、扇子を取り出した。
くっと小さい穴の一つに差し込み、ぐいーっと広げて、そのまま中に入っていった。
「できるだけ手前で回収できると楽だけどなー」
男が酒を求める声と、シキの呟く声だけが残った……。




