― 立秋に誓う ― (5)
「と、いうことで前任者の名前をありがたく頂戴したんだよ! あれ? サキト、泣いているのか? どうして!」
おしまいのセリフを姉さまから奪い取った雷公さんは、起き上がるとぼくを見てわたわたしだした。
違うよ。これは……そうあくび! あくびがさっきから出てきて、仕方がないから腕で押さえているだけだよ! 決して泣いていないよ!
「えーっ、ちょっとシキなんとかしてよ!」
「知りませんよ。自分でなんとかしなさいよ」
「無茶言わないでよ! わかんないよ!?」
すがりついてきた雷公さんを姉さまはようしゃなく切り捨てたが、
「その体は、一応紙ですからねぇ。ひょっとするとシワシワになりますかねぇ」
ボソッと気になることを言った。えっ、ちょっと待って。紙? がばっと起きる。
「ちょっと待って! さっき食べたし、飲んだよ!!」
「さあねぇ。中に入るものと外に出すものは違うんじゃない?」
しれっというと、ぼくを背後から抱きしめ、頭の上に顎を乗せてきた。
「この雷公は……」
まだわたわたしている雷公さんのおでこにデコピンをして、
「納得した上で、ここにいるんです。途中がどうであれ、それは過去のこと。今がよければそれでいいと思っているんですよ」
「そうそう! 以前よりも、今の方がとっても充実している! だからサキトが気にすることはないんだよ!」
にかって笑って、ぼくのあくび(決して涙じゃない)の跡に触れると、そのままふにふにと揉みはじめた。
それだけじゃないってわかっているのに……。だけどぼくも笑うと、お返しに雷公さんのほっぺたをふにってつまんだ――。
「そろそろ仕舞いだねえ」
姉さまは手早く片付けをすると、ぼくを抱え上げた。えー、ここからこの体勢?
「では雷公、またな……」
「おう! またなシキ!」
「また来てもいいですか?」
「いつでもは無理だが、待ってるよ! サキト!」
ぼくはジャングルの中で雷公さんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた……。
まわりが真っ白になった頃、姉さまは雷公さんについて簡単に話してくれた。
雷公さんは変種の藤の木なんだそうだ。咲く時期が違う木が混ざって生まれた藤らしい。そのもとになった木も島にあったそうだが、すでに枯れ木になってしまい、藤は雷公さんの一本だけになってしまったんだとか。
そして蛇足だけどね――。
雷公を【境界守】にしたものは、三年ほどそこに留まってから彼岸へ渡った。それでもまだ回復していなかったので、此岸に戻ったのはさらに二年ほどたってからだ。相変わらずひねくれて、まあ二十年以上はとりあえず生きているな。そこから先は知らんけど……。
姉さまの話を聞きながら、いつしか眠りについていた――。
まるで、子供を運ぶときみたいに咥えられて、薄くなり始めた闇の中を、小さな獣が軽快な足取りで駆けていく。
目的地につくと勢いを殺さず跳躍し、二階の一室に入り込み、ベッドに腰掛けていた影の手に渡した。
影はそれを眠っているぼくのおでこに軽く押しつけ、しばらく待ってから外した。
ピリッ、ピリッと微かな音がして、白いものがどこかに舞い落ちる。
影はぼくの頬に残る涙の跡に触れると、屈み込んで低く囁いた。
「もう少しお休みサキト。よい夢を……」
影と獣はともに、部屋から出て行った。
遠くの方で話し声がする――。
「かわいい俺の甥を泣かすなよ……」
「わたしのせいか?」
ふふっ。ぼくは眠りながら笑っていた――。




