― 立秋に誓う ― (4)e
満ち足りていない月が西へ沈もうとする頃。ゆっくりと木舟を沖へ進めていく。
ある程度深い場所についたところで、血を一滴、暗い海面へ落とした。揺らぐ水面上に現れたのは、木舟よりやや大きい一頭の鮫であった。
術で従わせることなく、二つの頼みごとをする。さほど渋られることなく引き受けてくれたので、寝転んで満天の星空を眺めながら、鮫によって運ばれていく。
ぽつぽつと鮫と話していると目的地の島についた。無人島らしく人口の灯り一つない。
岩場に舟を寄せ降りると沖へと押し出した。すべて木で作られたボロ舟だ。鮫は器用に海底へと沈めてくれるであろう。
下りる前に垣間見えた影を目指して、山を登っていき中腹よりやや上の開けた場所に辿り着いた。目の前には、濃紫、藤、白黄色の花房を垂れさせた藤の大木があった。
そして大木は枝を岸壁に見えるなにか……に這わせていた。
「よくもまあ……短期間でここまで集まったな……」
間違いない。これは【境界】だ。それも聖域といえるほどの……。
「待ちました」
先程見えた影――藤色と白黄色が混じった髪に、萌黄色の双眸の細身のもの――が話しかけてきた。
視線を【境界】から、薄汚れた単衣をまとっている藤の木精へ移す。
「風精に言伝を頼んだのは、あなたか?」
「はい」
「見つけたものを見せてくれ」
「はい」
下の方の枝に引っ掛けてあった鎖を渡してきた。
「確かに雷公に与えたものだ。いつ、どこで見つけた」
「座りませんか」
いつもそうしているでしょうといってくる。道なき道を登ってきたから、立っているのもしんどいので、言われるままに座ったが、
「なぜ知っている?」
「見せてくれました」
同じように座った木精がペンダントを指し、話し始める。
(雷公のバカめ。いや回収できなかったのが、そもそもか……)
「これがなにか知っているか?」
木精が枝を添わせている【境界】を指して問いかけた。
「よくは知らない。でもわかる」
「では、あなたはどうしたい?」
「伝えた。それの持ち主の役目を継ぐ。頼まれた」
これが、ここに来た目的だ。必要性のない【境界守】を赤の木精が、自分からなりたいなど、誰が考える!
「見たのならわかるだろう。なぜそれを望む!」
「独りはイヤダ」
「なに?」
「ここに木精は他にいない。みんなただの木であり草だ。風精も水精は用があるときしか話してこない。眠ることもできなくなった。つらい。でもそこにいれば寂しくはないのだろう。だから継ぐ」
開いた口が塞がらない。なんだそれは。孤独がいやだから、孤独を強いられている【境界守】になりたいなど……! だが……。
「本当にいいのか?」
「いい」
即答してきた。ならば……。
「まずは確認してからだ」
立ち上がり、できたばかりの、在るだけの【境界】へ手を伸ばす。目を閉じ、意識を解放させ、すべてを調べていく。ああ、雷公。だからか……。
目を開けると、側に立っている藤の精へ、緋い石のついた鎖を渡す。
「なら、やろうか」
「どこへ行く?」
「対価を払ってくる」
呼び止める声を無視し、山を下り始めると、なぜかついてきた。
「離れられるのか?」
「ここだけなら」
なら好きにしろと、そのまま上陸した岩場へ向かった。




