― 立秋に誓う ― (3)e
姉さまは休むことなく僕を抱っこしたまま、真っ白なところを歩いていたけど、いつの間にか木があちこちに見えてきた。なんか南国のジャングルみたいな感じ。
目的地に着いたらしく、ぼくを降ろすと喋ってもいいし、目の届く範囲なら離れていてもよいっていってくれたけど……。
ぼくは姉さまの腕にしがみついていた。怖かったんだ……。そのときのぼくは、明らかにその場所が怖かった。
原因はすぐにわかった。風はジャングルの中を穏やかに吹き抜けているのに、あちこちに花や実をつけている木もあるのに……生き物の気配がまったくしない。鳥も虫もいない。葉っぱも揺れていないし、木の匂いもしない。地面も落ち葉とかあるのに、その上を歩いているのに、まったく感触がしない。
ぼくが普通の状態じゃないにしても、ここは……。
「それでいい」
小さく震えているぼくにしがみつかれた状態で歩きながら、姉さまに怖いのは当然のことだよといわれた。
ここは本来なにもない空間で、この光景は幻影で生き物もいないのだと。それに……。
「サキトが感じているのは畏怖に近いものだ」
「いふ?」
「そう。ここは神の領域に似ているからね。怖く感じるのは普通のことだよ」
でも別に害はないから気にするなっていわれて、ぼくは落ち着いた。それに気づいたこともある。ここの空気感? が姉さまの……姉さまたちにすごく似ているって。だからここは怖いけど安心できるところだ。
ぼくは姉さまの手を離し、少し前をあちこち見ながら進んでいく。木もまばらになってきたのでジャングルももう終わりかなあって……。
「うわ~っ!」びっくりした。
目の前に十メートルぐらい高さのある岸壁がそびえ立っていた。
驚いたのは、壁に沿って葉が生い茂り間から紫色、藤色、クリーム色の房状の花が、たくさん咲いていたからだ。藤の花だった。
立ち止まってぽかんと口を開けて見とれているぼくの頭に手を当てて、姉さまは太い幹のほうに歩いていく。
(うわ~っ!)今度は声に出さなかったけど、さらにびっくりした。
太い幹に寄りかかっているすごくきれいな人がいた。人? でも生き物は存在していないって……。
大人になりきれていない感じで、半袖短パンの水兵さんみたいなセーラー服を着ている。藤色に白いラインの入ったシャツに、濃紫のズボンで裸足だ。藤色とクリーム色が入り混じった真っ直ぐな髪は、肩より上でパツンと切り揃えられていて、萌黄色の瞳は凝視するようにぼくらというより、姉さまを見ている。
「やあ、一年ぶりだね雷公」
「おう! 今年も生きてるな、シキ!」
見た目とは違い砕けた口調だけど、それが妙にあっている。でも男の人なのかな? それとも女の人?
「女の形成をしている男のようだが、女だな一応は。雷公、これがサキトだ」
「初めましてだな、サキト! 僕は雷公、ここの【境界】に坐している藤の精だ!」
しゃがみ込んでぼくと目線を合わせて、軽く自己紹介してくれたので、ぼくも慌てて挨拶を返す。姉さまは、ぼくを見てニコニコしている雷公さんの頭を軽く叩くと、
「では、始めようかねぇ」
それはそれは愉しそうにいった。




