- 立夏に偲ぶ - (4)d
「あれ?」
「静子、目が覚めたか!?」
気がついたら夜で、ここは病院で、兄と帰宅していた両親が大喜びしていた。
どうやら蔵の瓦が頭にあたって気絶していたらしく、こぶ一つで問題ないので早々に病院を追い出されてしまった。
(あれは夢だったのかしら。でもはっきりと今でも覚えているし……)
あれからしばらくたつが、あの日のことは鮮明に思い浮かべることができる。
だが、あの不思議な場所を特定することはできなかった。彼が持っていた枝も花の感じから桜だろうというだけでよくわからない。
それに……。
最大の謎は啓介さんだ。
彼の行方はあの日から不明だ。兄に頼んで彼の住んでいたアパートを訪ねたが、全焼してしまっていて大家も他の住人も誰一人として行方がわからない。兄が大学に問い合わせて実家の住所を教えてもらおうとしたところ、学籍がないといわれてしまった。
それに彼は兄も含め大学の友人たちと、深い付き合いはしていなかったらしい。
啓介さんはどこの誰なのか、実際に存在していたのか……。
わたしの手元には、あの日に撮った写真が一枚ある。そこに写っているのは、まぎれもなく啓介さんだ。わたしがあのとき、好きだった人……だと思う。
あの日の彼はそれ以前に会っていたときとまったく違っていた。
しゃべり方も、仕草も、わたしがまったく見たことのない感情豊かな表情も……。
そしてなにより。目が覚める寸前に見た啓介さんの目は……まるで外国の人のように青かったのだ。
どうしようと散々迷ったが、あの日の出来事を書き残すことにした。
これを最後に、もう思い出すことは止めようと決意して。
明日から、わたしは新しい家族と共に未来を歩いていくから。だけど――。
『ねえ、啓介さん。わたしは、わたしを好きだといってくれた人と結婚することになりました。あなたとのことは淡く、そしてほろ苦い思い出とし、心の奥底に閉まっておくことにします。だけど、どれほどの時が流れてもかまいません。あのときのご用事が終わったら、きちんと謝りたいので、もう一度だけ会ってくれませんか?』




