- 立夏に偲ぶ - (4)a
「……どうしてですか!?」
わたしは思わず悲鳴をあげた。
今日は、午後から待ちに待った結納である。
朝からそわそわしていて、何度も何度も玄関まで行ったり来たりして、少しは落ち着けと兄に叱られて。
両親は出掛けていたけれど、早めの時間に来てくれたのだ。
嬉しくて、とってもとっても嬉しくて、飛び跳ねるように迎えに出たら……。
「どうした、静子?」
わたしの声を聞いて出てきた兄に、啓介さんは同じことを言った。
「やらなければいけないことができた。悪いがすべて白紙にさせてくれ」
言うだけいって、踵を返す彼の腕を兄はすぐさま掴み、
「なにがあった! 訳をいえ!!」
「今いった。離せ」
兄の手を振り払い、玄関を出ようとするのを見て、ようやく我に返り、わたしも啓介さんに詰め寄る。
「では、ご用事がすむまでお待ちしています。なにも白紙にしなくても……」
「何年かかるかわからないし、無意味だ」
「なぜですか!? 何年であろうとお待ちします!」
たとえ五年だろうが十年だろうが、待つ覚悟はある。
心の内で誓ったわたしに対して、なぜか冷めた表情で見返され、さらに爆弾発言をしてくれた。
「そもそも僕は結婚を必要としていないにも拘らず、両親が見合い話を持ってきて困っているから、とりあえず君に好きな人ができるまでの繋ぎとしてもたせてくれと、無理やり押しつけてきたのは陽一だ。そして君も承知しているというから引き受けた。だからその芝居を白紙にしてくれというだけで、待つ必要などどこにもない」
「いや、それは……!!」
「お兄様!?」
顔をそむけた兄の正面にまわり込み、
「わたしには、啓介もおまえのことが好きらしいから、大量の見合いを断る口実にお父様たちに紹介してしまえば、すんなり結婚できるだろうって。お芝居ってどういうこと!? わたしの片想いだったってこと!?」
「……いや、どうせこいつ好きな人いないみたいだし、だったら紙切れ一枚でも既成事実つくっちまえば、いずれはお前のことも好きになるんじゃないかと……ぐえ……」
わたしに揺さぶられながらも、必死になっていい訳している兄とのやり取りを見ることもなく啓介さんが、帰ろうとしたので、
「待ってください!」
迷惑そうな表情を隠そうともせず、まだなにかあるのかと見返してきた。
「あの、あのっ、啓介さんは、わたしと結婚したくないんですよね?」
「するつもりは全くない」
「で、でもって、わたしのことなんてなんとも思っていないんですよね?」
「ああ。君はただ陽一の妹としてしか認識していない」
「だけど、あの、わたしは啓介さんのことがずっと好きだったんです!! 結婚してくれると思って嬉しかったんです!! だ、だから諦めたくないけど……諦めなくちゃいけないならば……諦める代わりになにかわたしにください!!」
「なにを?」
えっ? 深く考えずにとっさに出た言葉だから、本当になにかをくれるとは思わなかった……。ええと……。
「それ! その花の枝をください!!」
何の花かまったくわからない。赤黒い……あれ、黒っぽい花なんてあったかしら? でももらえるならいいかと手を伸ばせば、思い切り薙ぎ払われた。
「おい、啓介!!」
「悪いが他のものにしてくれ。君がこれに触れることは許されない」
「なら、写真を一枚、記念に撮らせてください」
兄は顔色を変えたが、大事そうに抱えていたからとりあえず言ってみただけで、綺麗な花束ならまだしも枝なんて興味ない。目的はこっちだ。
「……急いでいるから、早くしてくれ」
「わかりました!!」
おい、いいのかと聞いてくる兄に、写真屋を呼んでくるようにせっつくと……えっ、もう呼んである? 時間稼ぎにもならないじゃないの!!
仕方がないから、撮影場所をあそこでもないここでもないと、うろうろしていたが、彼が苛立たしげに催促するので、写真屋さんと相談し結局古くからある蔵の前にした。
啓介さんにしがみつき顔を見つめるが、彼は目線を合わせようともせず、持っている花ばかりを見ているので、諦めて撮影してもらった。
見ていなくても撮り終えたのがわかったらしく、無理矢理組んでいたわたしの腕を振りほどくと、今度こそ本当に帰るべく、門に向かって歩き始めた。
彼を呼び止めようとしたとき、いきなり地面が揺れた。
「……っ!!」
立っていられないほどの大揺れ。わたしは尻もちをつき、兄と写真屋さんはしゃがみ込んでいたが、啓介さんだけは違った。
揺れをものともせず立ってどこか遠くの方を見つめていたかと思うと、またしても花に目を落とすなり、表情を険しくさせてわたしらのことなど気にすることなく、いきなり駆け出した。
「待って……!」
「危ない、静子!!」
なにかが頭にあたったようで、わたしは一瞬で意識を落とした。




