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努力を認む ~理屈っぽい伯爵家の次女が傾国の美青年を諭す話  作者: チョコころね


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5.やらかす人々



 10歳の時、フィーナにお見合いの話が来た。

 13歳の姉はまだ婚約していなかったが、彼女はこの家の跡取りだから、頼れる婿を取らねばならない。

 それには16歳で入る貴族学校で、実際に相手を見極めるのが良いという結論になっていた。

 

 フィーナに申し込んできた相手は、同じ家格の伯爵家だが、間に縁のある侯爵家が挟まっていて、『お見合い』自体は断りづらかった。


「だが、会って断る分には問題ない」


 これも経験だと、父はフィーナの手を引いて、仲介した侯爵家で行われるお見合いの席へ連れて行った。

 以前から母は少し体が弱く、この時も軽い風邪のような症状が出ていて、外出には触りがあった。

 相手の家は伯爵夫妻が、フィーナより一つ上の息子を連れて来ていた。


 両組の紹介を済ませて、侯爵家の当主は去り、あちらとこちらの伯爵とで話が始まった。

 伯爵夫人はフィーナに幾つかの無難な質問をした後、微笑んでどこかぶすっとしている息子に言った。


「利発そうなお嬢様ね。うちの子は少しおっとりさんだからお似合いね」


 だが、『お(・)っ(・)と(・)り(・)さ(・)ん(・)』だという息子の返事はひどかった。


「やだよ、こんな地味な子。だいいち、赤毛じゃないか。みっともない」


 当然、場は凍った。

 取り繕うように、夫人が慌てて口を開く。


「あらあらあら! 恥ずかしがりやさんね。この子、女の子と話した事がないものだから……」

「話したことある! お隣のジュディと。ジュディの方がぜんぜんかわいい!」


 その名には、息子の父の方が反応した。


「平民と付き合うんじゃないと、いつも言っているだろう」

「だって! お父様が黒髪のキレイなお姫様だっていうから来たのに、これじゃあ……」

「黙りなさい!」


 あちらの伯爵が息子を叱りつけたがもう遅い。

 ショックで言葉の出ない様子のフィーナを抱き起こすようにして、父親は立ち上がった。


「息子さんには、婚約者よりしつけ係(シッター)が必要なようですな」

「ロンディー伯爵! いや申し訳ない、いつもはもっと……」

「私より前に、娘に謝ってください」

「あ、それはその、わ、悪かったね……?」


 相手一家がうろたえている間に、父はさっさと部屋を後にした。

 慌てて飛んで来たこの屋敷の執事に、父は「何か手違いがあったようだ」と告げて、待たせてあった家の馬車に乗った。

 馬車の中で、父はしきりにフィーナに謝っていたが、私の頭の中はそれどころではなかった。


(あんなシーンは確かどこかで……そう『赤毛のアン』で、転校してきたアンの髪を誰かが「ニンジン!」ってからかったのよ! あれは照れ隠しだったけど、された方はたまらないわよね。でもさっきのはただの失礼なクソガキだわ…………で、『赤毛のアン』って何?)


 家へ戻って私は早々に倒れ、そのままベッドに運ばれ、三日三晩熱を出した。


 ずっと夢を見ていた。

 黒髪黒目の多い国で、男のように短い髪、パンツスーツで走る私。

 人が多くて暑くて暑くて、途中で食べたアイスが美味しかったなぁ……と、思いながら目を覚ました。 


「フィーナ! ごめんなさい!」


 何故かフィーナ(わたし)の母親が泣いていた。

 父や姉も心配そうに代わる代わる入ってきて、母の言葉を補足した。


 私が寝込んでいる間に、今回の見合いの、しょーもない背景が色々と判明していた。

 どうやら、あのお見合いの相手の父親(伯爵)は、幼き日母に振られた男だったらしい。

 母はそんな少年がいた事すら忘れていたが、母によく似た娘(長女)がいると噂で聞いて、自分の息子の嫁にしたいと申し込んできたという話だった。


(き、気持ち悪いー!)


 確かに母は今でも美しい女性だったが、そんな大昔の事で執着されてはたまらないだろう。

 母は泣き、姉は気まずそうだった。

 間に入った侯爵家は、姉がウチの跡取りだと知っており、歳から言っても当然次女の方だろうと、私に見合いの『釣書』を回してきたらしい。


 無論、母も姉も悪くない。

 まだ10歳のフィーナなら、それでも二人にこだわりが残っただろうが、前世の新人会社員時代まで蘇った私は、かえって母や姉の方に同情してしまった。


「お母様、お姉様、私は大丈夫ですからお気になさらないで。外には、あんな乱暴な子がいる事が分かって勉強になったわ」


 安心して――と笑ったのだが、熱を出すほどダメージを受け三日も寝込んでいた為、信憑性がないのか、また泣かれてしまった……。


「フィーナ!」

「フィーナ……」


 まぁ取りあえず、母娘、姉妹の絆は強くなったと思う。


 フィーナの周囲にいる男性は、父、執事、従僕、庭師ですら、皆ジェントルマンだった。

 弟もいなければ、幼馴染の男の子などもいなかった。

 そんなフィーナが受けたショックは、前世へ逃避した事から考えても相当だったと思う。


(あのクソガキはもちろん『絶許』だけど、成人女性の記憶が蘇ったのは良かったわ)


 それからの私は、令嬢らしい事よりも、興味のある事や家の事を、家の書斎や図書館で積極的に調べて、今の『発言に多少問題のある』フィーナになった。


 周囲も違和感は持っただろうが、それだけショックが大きかったのだと納得できる程度だった。

 結婚に興味を持たず、文官として勤めに出るのが夢、と公言しているのも、最初の見合いがアレ過ぎたから……で大目に見てもらえていた。


 その延長上で、悩める美青年を、小さなテーブル越しに眺める時間が来ようとは、夢にも思わなかったが。







 テーブルの上の小さなベルを振り、距離を置いてこちらを見ていたメイドを呼び、お茶を替えてもらう。

 ついでにお菓子もお願いする。


 程なく良いお茶の香りがしてきて、思わず肩の力が抜ける気がした。


(私も緊張していたのね……)


 初めて婚約者とまともに話したのだから、当たり前かもしれない。

 そして、まだこわばりが解けていない様子の、婚約者様(暫定)に声をかけた。


「キリル様は、真面目過ぎますよ」

「そうだろうか……」

「そうですよ。王太子殿下なんて、幼い時にキリル様にやらかした……言った事を、覚えていなかったそうですよ」

「えっ……」


 キリル様の紫水晶の目が大きく開かれ、ギョロっと動いた。


(あのクソガキも『赤毛のフィーナ』の事なんて、とっくに忘れているんだろう)


 いじめもトラウマも、加害者が忘れても、当事者はいつまでも忘れない。

 美しく整った顔が歪むのは、中々迫力があったので、是非元凶殿下にも見ていただきたかった。


「あちらはあちらで、何でキリル様が出仕しないんだろう? と不思議がってらしたとか」

「……ぐっ」


 キリル様は呻いて、机に突っ伏してしまった。


 無頓着というか無神経というか、いろいろひどい話である。

 しかも相手は王族なので、表立っての批判が出来ない。


(私の場合は、前世記憶の方が衝撃が大きくて、ほぼあの時の気持ちは消えてしまったけど……)


 キリル様はそんな奴の言葉が切っ掛けで、10年以上も悶々としてきたんだろう。

 さすがに気の毒になって来る。


 おそらくキリル様が『美女』だったら、一目惚れされても、皆『当然じゃないか、それがどうした?』という感じで宥められるし、髪で顔を隠すなんて許されなかっただろう。


 美女の姉の側で育ち、その大変さを、文字通り目の当たりにしていたが、男性は男性で大変である。


「お茶でも飲んで、気を落ち着けませんか? よろしければお菓子もどうぞ」

「……すまない」


 素直にティーカップを口元に運ぶ、絶世の美青年はとても絵になる。


「美味しいな……」

「当家の執事が揃えた物です。お言葉を伝えれば、きっと喜びます」


 ――(心の中で)小躍りする事は想像に難くない。


 お互い一息入れたところで、尋ねてみる。


「キリル様は、卒業後、やはり公爵のお仕事を手伝う予定ですか?」

「その予定だが……?」

 

 少し訝しそうに返される。


「勿体ないと思って。今までそのお顔でご苦労されたのですから、これからはそのお顔を武器にしていく気はございませんか?」

「え……それはどういう」

「国の官吏などはどうでしょう?」



…このクソガキはお約束通り、言った事全部忘れたあげく美しく成長したフィーナに言い寄って、精神にダメージを受ける振られ方をします。


…次回で終りです。

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