4.美人は三日で……
しばらく沈黙が流れた後、キリル様がボソッと尋ねた。
「私との婚約を……解消したいと?」
「はい」
キリル様の体が、僅かに前へ揺れる。
想定されていた事態でも、ショックはあるらしい。
それにしても……
(会話もしないまま、夫婦になるつもりだったのか)
……そっちの方が大ショックだ。
家の為に仮面夫婦になっている方々もいるだろうけど、私達にそこまでして結婚する理由はない。
公爵家と伯爵家で事業提携もないし、領地も離れているし、この結婚に拘ってる親戚とかもいない。
私は頭を悩ませながらも、言葉を続けた。
「……と言いたいところですが、一回は機会を与えてほしいと、アガサ様から頼まれています」
「ゲメネ公爵令嬢は関係ないだろう……!?」
(あ、そこはこだわるんだ?)
関係ないなら、話はここで終わりにしたいがそうもいかない。
「貴方には関係がなくとも、私はアガサ様の友人ですので、彼女の頼みなら、なるべくかなえてあげたいと思っています」
テーブルに乗せられた相手の手がせわしなく動き、彼の心の葛藤が伝わって来る。
婚約の継続は望むが、アガサ様に借りは作りたくないというところだろうか。
「ですがその前に、キリル様はこの先、私に対しての態度を改める事は可能でしょうか?」
「ど、努力したいと思う」
「具体的には?」
言葉に詰まったキリル様に、私は提案した。
「どうでしょう? 私はこのように、口うるさい女です。女性に対して態度を改められる気があるなら、他の令嬢を探した方がよろしいのではありませんか? 家格的にも、キリル様にふさわしい御方は幾らもおられるかと……」
年頃の高位貴族の令嬢は、もう大方婚約済だと思うが、現在婚約者がいてもキリル様と婚約できるなら、違約金を払ってでも解消してくるだろうから問題ない。
(そういう国だし)
女性に対して向き合えるようになるなら、権力も財力もない、その辺の伯爵家の娘を娶る必要はないと思ったのだが……
「どうせ皆、家柄と顔目当てだ」
即答だった。
公爵令息の吐き捨てるような口調に、私は思わず満面の笑みを浮かべて返していた。
「私も持参金の話がなければ、このお話は最初に断っていましたよ?」
相手が分かりやすく硬直した。
(何で驚くのかな?)
3度の婚約解消歴のある息子に多額の持参金を付けて、伯爵家を指名してきたのは公爵家だろうに。
ひょっとして、持参金の話を聞いてなかったとか?
キリル様も契約書調印の場にいたから、それはないよね。
「ついでに言えば、顔で結婚相手を選ぶのはごく普通の事だと思います。貴族令嬢に持ち込まれる縁談に、容姿が加味されないとでも?」
「……それは令嬢なら」
「当たり前とでも?」
自分の笑みが、どんどん怖くなっているのを自覚する。
いかん、いかん。
「……いえ、そうですね。当たり前です。ですが、男性か女性の容姿に注文を付けるのが当然なら、女性が男性の容姿にモノ申して何が悪いのでしょう?」
「悪いとは……」
無意識に言ってますよね。
実のところ、殆どの男性はそうでしょうが。
「貴方様には、貴方様の理由があると思いますが、伴侶を探している女性にも、女性なりの理由があります。少しでも美しい伴侶を、いつも見ていたいと考える男性を否定されないのでしたら、同じように考える女性も否定しないであげてください」
やがて「分かった……」との返事があった。
(元々は素直な人なんでしょうね)
私は沈んだ場を和ませようと、明るく言った。
「まぁ、私は昔お見合いの席で『赤毛でパッとしない女なんてヤダ』と言われて破談になった事があるので、顔の美醜に言及するのは否定的なんですがね……」
私が言った途端、キリル様はテーブルに両手をついて立ち上がった。
「……れ、令嬢になんて事を! どこの令息です!?」
(あら、フェミではあるのね)
私は手振りで、座るように促した。
「12歳位の時ですから。それに今は金色が強くなりましたが、当時は本当にレンガのようなくすんだ赤でソバカスも酷かったんですよ」
「それでもだ。断るにしても、言いようはあるだろう」
確かに、過去3人に関して、この人は相手の容姿で断った事はない。
(いや、最初の人には容姿で断られているんだった)
無神経な己を少し反省する。
「あちらにも言い分はあるかもしれませんね。私の場合、3つ上の姉が既に美女として有名でしたから。それを期待していたんでしょうし」
母の性格だけでなく、容姿も受け継いだ姉は、艶めく黒髪巻き毛に煌めく青い瞳の美女だ。
父もハンサムなので、それに似た私もそれなりに見られる顔ではあるが、姉妹にある華やかさはない。
「あ! もしやビットン公爵様も、姉の評判を聞いて私に?」
だとしたら悪かったと思う。
姉は跡取り娘ではあるが、公爵家の要望であれば、繰り下げで私が家を継ぐのも可能だったろう。
「違う」
きっぱりとした口調だった。
「私は君……貴女との婚約を承知したのです。貴女は……私を見る目も、他の人間を見る目も同じだったから」
――それはそうだろう。
どうせ婚約解消する相手だと、この相手をよく見ていなかったし。
今も、たまに見える、鼻筋と口元が完璧に整っているので美形なのだろうと思うけど、お顔全体はよく分からない。
(顔を見て断るのも失礼だけど、ちゃんと顔を見ないで断るのも失礼か……)
「あの、出来れば前髪、上げていただけません? 今更ですが……きちんと向き合うには必要かと」
不快感を示されるかもと思ったが、相手は少しの逡巡の後、右手で前髪を掻き上げた。
見る人が見れば、とてもセクシーな仕草だろうなぁと思う。
そして現れたのは……なるほど、ついぞ使い所の無かった『眉目秀麗』とは、こういう人を表す言葉だったのかと思う。
(聞きしに勝る美しいお顔だこと……)
整った顔の造形を縁取る真っ直ぐなプラチナの髪に、薄暮を思わせる紫色の瞳が憂いを添えている。
緊張しているせいか目元がほんのり紅くて、傾城の色香のようなモノが漂ってくる気がした。
(お化粧ナシでこれなら、顔だけで追いかけられるのも分かりますが……)
「あの……別に隠される必要は感じませんが?」
キリル様は、その美しい眉間にしわを寄せ、『何を言われているか分からない』と言いたげな表情を浮かべた。
(こんな顔も絵になるって、罪だとは思う)
「そのままだと、目が悪くなりますよ? その方がよほど問題かと」
メガネはかろうじてあるが、オシャレの観点は無く、この世界にレーシックはない。
目を悪くすると、後々絶対に苦労する。
「隠す必要はない……?」
「はぁ、最初は確かに驚くと思いますが、慣れますよ。普通」
美人は三日で慣れる、という言葉はこちらにはなかっただろうか。
(あれ? 『三日で飽きる』だったっけ)
キリル様の顔なら三日では飽きないと思うけど、人それぞれによるだろう。
姉上という美人を見慣れているせいか、自分には『あぁ人間の顔だな』位にしか映らなかった。
「結局、見る側の……受け止める本人の問題ですよ。キリル様が過剰に気にする必要はないかと」
私はそう思いますよ、と話すと、キリル様は放心して――どこか、憑き物が落ちたような顔になった。
…前髪で顔を隠しているキャラって出てきますが、あれ実際にいたら結構怖いですよ(見た事ある)。




