3.直談判に臨みました
……正直、聞いた話だけなら、キリル様が異性に投げやりな理由は分からない。
使用人の女の子に縋った時期があったのだから、女性が怖い訳ではないだろう。
幼い頃の不幸な出会いがまだ尾を引いているなら、むしろ男性が苦手になるなら分かるが……
(いや、あまり社交的だとは聞かないから、もしかしたら男性も苦手かもね)
キリル様は、今も学業の傍ら公爵家の仕事を学んでいるし、卒業後は父である公爵の手伝いをする予定だ。
何せ公爵家だ。
領地も広大だし、資産価値のある物もゴロゴロしているだろうから、仕事に困る事はないだろう。
ただ父親からしてみれば、言っちゃなんだが誰でもできる事をしないで、公爵家子息としてしか出来ない事(あー、王族の側近とかですねー……)をしてほしいみたいな話を、婚約当初ちろっと聞いた事があった。
公爵様はまだまだ壮健であらせられるので、卒業後キリル様は、公爵家の持っている爵位の一つから『伯爵』を譲られる。
(だから結婚するとしたら、私は伯爵夫人になる予定だ)
公爵家跡取りと婚約中の伯爵令嬢な私が、公爵夫人としての仕事、礼儀作法等を学ばないでいられるのはその為だ。
あちらも不確定要素が多いのは分かっているので、婚姻後少しづつ学んでくれればいいという寛大なお話だった。
(約束したので、こちらから働きかけないといけませんね)
私は重い腰を上げ、招待状を一枚書き上げ、執事には公爵家御子息用の茶葉の用意を頼んだ。
「今度こそ……でございますね。フィーナお嬢様」
静かな口調と表情とは裏腹に拳を握る執事に、そこまで気負わなくてもいいんじゃないかなー? と思ったが、好きにさせておいた。
この執事は見習い時代、先代の伯爵ーー私の祖父から学んだ『出されるお茶で家の格が決まる』という教えを、長年信奉している。
美味しいお茶が飲めるのは良い事であるので、家族の誰も否定しないが、祖父の性格は『父や私』系だったので、その教えはとても疑わしいシロモノだ。
(単にいいお茶を飲みたいだけで、思いついた事を適当に言ってもおかしくないのよね)
姉などは、厳粛な顔でお茶を淹れている執事を見ると、何か言いたそうな顔になるが、彼女もお茶が好きなので黙っている。
招待状を出して半月後。
「本日は我が家にお越しいただき、大変光栄に存じます」
「あぁ……」
私はいつものガーデンテーブルで、キリル様を迎えた。
今まで、こちらから誘わないでも先方から招待状が届いたので、お茶会は常に公爵邸だった。
もし、呼んでも来なかったらどうしようと思っていたが……とりあえず第一段階はクリアしたらしい。
誇らしそうにお茶を淹れて執事が下がった。
確かに香りが素晴らしい。
これから、お茶の味が分からなくなるような話に、なるかもしれないので、私は格上の婚約者の前で遠慮なくティーカップを持ち上げお茶を楽しんだ。
一息入れても、いつまでも待っても、キリル様から言葉が掛かる事はないのは、既に学んでいる。
一応の礼儀として静かに時を待ってから、今日も私から口を開いた。
「キリル様」
「あぁ」
「今キリル様が座っていらっしゃる椅子に、先月ゲメネ公爵令嬢がお座りになっておりました」
さすがにこれは公爵子息の琴線に触れたらしい、出会って初めて見る表情の変化だった。
『あぁ』との相槌がなかったのも初めてかもしれない。
「令嬢……アガサ様から、キリル様と婚約解消に至った経緯を伺いました」
「そう……なんだ」
「はい」
初めての返答だ、と思う間もなく意外な質問が返ってきた。
「……君も、断るかい?」
キリル様の表情は、前髪で隠れてよく見えないが、声はとても暗い。
「なぜ、そうお思いになられたのですか?」
「……男に言い寄られるような男を、婚約者に持ちたくはないだろう?」
そういう意味だったのか。
自分より顔のいい男を婚約者にしたくはないだろう、と言われたら扇子を投げていたかもしれない。
「言い寄られたとおっしゃられても、子供の時の事ではありませんか?」
やっぱりその件が後を引いているのかと思ったが……
「それ以降もだ。同性にも女性にも言い寄られた事は何度もある」
私はその悲壮な声を聞きながらも、思わず口から言葉が出ていた。
「……自慢ですか?」
「違うっ! どうしてそうなる!? 私は迷惑しているんだ!」
幼い時は母に、今は姉に
『言葉を口にする前に、少しでいいから立ち止まりなさい』
と何度か注意を受けながら、私は育った。
同類であろう父には
『フィーナは、頭と口がつながってるから無理だよ』
と軽く流されている、ある意味遺伝的な、不治の病だ。
相手は激昂した様子だが、前髪が長いせいでそんなに怖くない。
むしろ『大きい声も出せたのね』とか思いながら
「ですが、それは回避可能ですよね?」
と首を傾げ問いかけると、端正な口元が開いたまま固まった。
「え……」
「他人から言い寄られるのが、ご迷惑でしたら、ご婚約者を大事になされば良かったではありませんか? 婚約者や恋人と仲睦まじく交流されていれば、社交界では自然とそのような噂が立ちますし、脈のない相手に迫るのは貴族らしくありません」
(貴族は面子が大事な生き物だ)
言い寄られるとしたら、『コイツはフリーだ』と周囲から思われた人だ。
キリル様がぐっと詰まった。
「私の前の婚約者の方とは、ろくにお会いもせず、関係を解消されたと伺ってます」
「……前の婚約者は、私の意思ではなかった」
(へー)
「では、私はどうでしょう?」
相手から、うろたえるような気配が感じられる。
「君は……父からの推薦でもあるが、私の意思だ」
(ほー)
「だから! エスコートや茶会に出ている」
この人は、それだけで婚約者の義務を果たしていると、本気で思っているらしい。
(マジかしら……)
「では、私を催事でエスコートしたり、美術館を一緒に歩いて、キリル様への不特定多数の求愛行為は減りましたか?」
「……」
「そうでしょうね……」
返事がないので勝手に解釈する。
「キリル様が『ご自分の意思』で、選ばれた婚約者である筈の私ですが、今日この日まで、キリル様から『あぁ』以外のお言葉を聞いた事すらありませんから」
「それは……」
何か返ってくる前に、私は畳みかけた。
「つまり、皆様から見た今のキリル様は、『話もしたくない婚約者がいるようなので、お声をおかけすると、つれない返事をされるが、内心では喜んでおられるかもしれない』人ですね」
己の現状を理解した為か、したくない為か、思考停止した様子のキリル様を眺めながら、私はゆっくりとした動作でお茶を飲んだ。
我が家の執事推奨、『公爵家令息に出しても恥ずかしくない茶葉』は、冷めても美味しい。
さすがである。
「まさか、ご自分が理想の婚約者として、私に接していたとお思いでしたでしょうか?」
カップをソーサーに戻し、にっこり笑ってそう告げると、相手の頭ががっくりと下がった。
「……君は……」
「私は?」
「二人になっても私に迫ってこなかったから、これでいいんだと思っていた……」
……今までの、交流関係がしのばれる台詞である。
(自ら話しかけたら、襲われると思われていたのは心外だわ)
経緯を思えば気の毒な話なのだろうが、同情する気があまり起きないので……
「私は、最低限の会話すら出来ない相手と、結婚して暮らす事は出来ません」
試しにきっぱりと告げてみた。




