2.尊き筋からのお話
執事は以前、私が公爵家の子息と婚約したと聞いて、とてもお高い茶葉を公子様用に準備していた。
……が、一年が過ぎ、用意された茶葉は使われる事がないまま、賞味期限切れ直前で処分された。
(家族で美味しくいただきました)
今回、もし公爵令嬢が屋敷に来るのが事前に分かっていたら、再び執事御用達処で高級品を準備しただろうが、急である。
お嬢様は何の予告もされなかった……という執事の恨みの視線を、私は甘んじて受けることにして、庭にお茶の用意をするように告げた。
「この度は、先触れもなく訪れたにもかかわらず、寛大なるお心でお迎えいただき、有難うございました」
「ゲメネ公爵家のご令嬢をお迎えすることが出来ましたこと、大変光栄に存じます」
形式通りの挨拶を交わし、私は麗しの公爵令嬢を庭に招き入れた。
同い年だが王立学校のクラスも違い、また事情により彼女は学校にはあまり通われていなかったので、殆ど初対面だった。
茶葉に対する忸怩たる思いを、穏やかな表情の下に隠した執事によって、ほどほどのお茶がサーブされ、メイドが声の聞こえない位置まで下がったのを確かめて、アガサ様は語りだした。
「私とキリル様が婚約したのは、私たちが6歳の時でした」
さすが公爵家は婚約が早いなと思う。
周囲は王立学校入学後に探す家も多い。
「今のキリル様も美しい方ですが、その頃のあの方は、私などよりよほど美しい……少女に見えました」
実を言えば、お会いした時からキリル様は前髪を長く伸ばしているので、通常顔がよく見えないが、時折のぞく素顔はとても美しい造形をしている。
ただ現在のアガサ様も、掛け値なしの美女であらせられる。
「私の今の婚約者は、ランドルフ王太子殿下です」
「存じております」
必要以上には、社交界に興味のない自分でも、さすがに知っていた。
アガサ様が王太子妃教育で忙しいので、学校はお休みがちだというくらいは。
王太子殿下はすでに昨年学校を卒業されているので、アガサ様の卒業を待ってご成婚の予定である。
(大変でしょうね……)
他人事ながら、王太子妃にならんとしている方の強靭な精神には感心するしかない。
身分云々以前に、絶対自分には無理だと思う。
アガサ様はキリル様との婚約を解消した7年後、ランドルフ殿下の婚約者になった。
ちなみに、殿下の婚約者としては1人目であり、最後の人だと思われる。
アガサ様は優雅な仕草でお茶を一口飲み、つぶやかれた。
「ランドルフ殿下は6歳のあの方に、求愛された方です」
……
……それは知りませんでした。
私のティーカップを持っていた手が、止まってしまいました。
「一緒にお目にかかった自分よりも、男のあの方に一目ぼれされた……幼いながらもプライドを傷つけられた私は、自分より美しい男は嫌だと泣き叫びました。私とあの方との婚約解消はそれが原因です」
(王太子殿下がアガサ様に求婚してキリル様との婚約を解消――だったら、分かりやすかったのに)
フリーズの解けた私は、ティーカップを静かにソーサーに戻した。
「それからあの方は、家にいた使用人の娘に婚約を強要したそうです」
成程、2番目の『男爵令嬢』というのは、そのお嬢さんですね。
「まさしく権力を笠に着た、貴族令息として大変愚かな行為ですが、公爵夫婦が宥め、先方のお嬢様にも手厚い補償をしたので、むしろ相手方は喜んでいたそうです」
ありそうですね。ウチの父でも喜んだでしょう。
「……おそらくですが、あの方は、自分に婚約者がいなければ王太子殿下の婚約者にされてしまうとパニックに陥っていたのかと思います」
「6歳ですものね……」
私が理解を示すと、アガサ様も頷いた。
男性同士で婚約は出来ない(少なくともこの国では)のを、ご存じなかったのだろう。
「あの方が落ち着いた頃を見計らって、3度目の婚約が結ばれました」
「リリー様ですね」
「はい。リリー様は子爵令嬢ですが、お母上が私の遠縁にあたります」
「そうだったんですね……」
アガサ様は、ふっとため息を吐いた。
「あの方は、私が罪滅ぼしに手配したと思われたのか……そんな事実はございませんが、リリー様と会わない事で婚約を解消され、今度は私共の家門や、どこの派閥にも属していないロンディー伯爵家を選ばれました」
唐突といえば唐突な、あの婚約申し込みには、そんな経緯があったのか。
(お父様は、めんどくさがりの事なかれ主義……強いて言えば、中立派ですものね)
「失礼かとは思いましたが、今回の件は、リリー様からお話を伺いました。あの方はフィーナ様には、婚約者としての義務を果たしておられたとか」
「そうですね……『あぁ』しか、お言葉を聞いたことはありませんが」
淡々と事実を告げると、アガサ様の美しい眉間にしわが寄り、首が力強く縦に振られた。
「……それは、ご不満ですよね。えぇ、よく、分かりますとも。もし私が婚約者からそんな真似をされれば、扇子を投げるでしょうから」
アガサ様とも気が合いそうだと思った。
「ご自分で動く気が見えませんね」
(そうなのですよね)
キリル様が、もう私でいいと人生を投げているのは、透けて見える。
「……キリル様は公爵家のご令息で、素晴らしいご容姿です。伯爵家の娘が、贅沢を言っているとは思います。ですが正直、誰でも良いなら、他の誰かを選んでほしいです」
本人にやる気がなくても、家柄やお顔だけで構わない令嬢も、絶対にいる筈だ。
アガサ様は頬に手を当て、少し悩むように口を開いた。
「分かります……が、一度だけ、あの方に機会を与えていただけないでしょうか?」
「機会ですか?」
「えぇ。一度だけで構いません。フィーナ様から歩み寄っていただいて、それでも何の反応もなければ、婚約解消にお力をお貸しします」
解消に力添えとは……同じ公爵家の方が言ってくだされば、円満に出来そうではあるが。
「フィーナ様は王城の官吏希望と聞きました。そちらの推薦も致します……尊き筋が」
……あー、王太子殿下か!
確かに王族の推薦があれば、王城の就職は軽い。
「私も尊き筋も、キリル様の幸福を願っておりますので」
確かにこの2人にしてみれば、責任はないにしても、自分達が幸せになる前に、ぜひとも片付けたい案件よね。
「あの、実際のところ、殿下はキリル様のことを……」
キリル様は何でこんなに拗れているのだろう(いまだに……)と思って尋ねると、アガサ様はとても遠い目をした。
「……キリル様は、元々殿下の側近になるべき方でした」
歳の近いの王子と公爵令息。
身分からいっても、年齢からいっても納得できる組み合わせである。
「あの顔合わせも、そういう場だったのですが……」
阿鼻叫喚になってしまったと。
「しかも殿下の方は……忘れていたそうです」
「は?」
思わず貴族令嬢にあるまじき声が出てしまった。
しかし、それは許されないのでは……
「4年前、私とのお見合いの席で、『君とは遠い昔に会った気がするんだ』とかいう、ふざけたことをおっしゃったので、細かく思い出させて差し上げました」
アガサ様……絶対にお友達になってもらおう。
「その後、責任を取らせてくれと、婚約申し込みされましたので、『責任を取る相手が違いますわよ』と返した時の表情で、ようやく溜飲が下がりましたわ」
凛々しいお言葉とその内容に、私は思わず身を乗り出してしまった。
「アガサ様、素敵です! お友達になってくださいますか?」
「勿論です。私もハッキリした物言いの方は好きですわ!」
私達は思わず手を取り合った。
そして、『一度だけ』あの方と話し合ってみます、と友情にかけて誓った。
(それにしても、よくその後、王太子殿下と結婚する気になったなぁ、アガサ様……)
私は先ほどまでとは別の意味で、感心してしまった。
…王太子殿下の評判は上々ですが中身はザルです。
…アガサ様は自分がついていないと! となりました。




