6.努力を認む
ここが前の世界なら、キリル様のお顔はモデルや俳優でひと財産作れるだろうが、この世界に写真はまだないし、貴族が役者を仕事とすることは今のところあり得ない。
(本人が熱望して……とかなら別だけど)
〇×座の舞台に出ている俳優が、どっかの家の出奔した次男にとてもよく似ているみたいな話は、ごくたまーにある。
「ご自覚があるかもしれませんが、キリル様から正面で見つめられて動揺しない人間は少ないでしょう。人は動揺すると余計な事や、どうでもいい事を話す傾向があります。その中に隠そうとしていた事等も含まれる場合があり、それらは交渉事において非常に重要なカードとなりうるのです」
根拠のない話ではないのだ。
5代前の王様に仕えた宰相が、とても美しい顔をしていて、交渉相手をじっと見つめるだけで、内政も外交も無敵だったらしい。
無論、顔だけでなく、賢く、信念のあった方で、顔でも何でも使える物は何でも使うという主義だったようだ。
素晴らしい。
動乱期にあった国の中枢を支え、大いに貢献したという逸話集が、学校の書庫に遺っていた。
(あれ書いたの絶対ファンだよね……)
きちんと検証された功績の中に、その方を賛美する文言が散りばめられていて、中々に香ばしい良い出来だった。
「公爵家の事業でも良いですが、威力を考えれば、国内外の揉め事の方が活かせる事と存じます」
またしてもキリル様は、『何を言われているか分からない』様子になったが、そんな抜けた顔も充分麗しいので……
(やっぱり、その顔は活かした方がいいと思うのよねぇ)
公爵家の領地にこもっていれば、彼の顔に慣れた使用人の中で、平穏無事に過ごせるだろうけど、勿体なさすぎる。
私はそのお顔を見ながら、執事の淹れた最上の紅茶を美味しくいただく。
キリル様に理解してもらい、頷いてもらえるような策を練りながら。
私とキリル様の交流は、この日から本当に始まったようなものだ。
そして一年後、学校を卒業した私達は、結婚をせず、かといって婚約も解消されないまま、二人して、王宮に出仕する事になった。
アガサ様を通じて、王太子殿下に話を通し、王子宮に乗り込んで、私はキリル様の有効性をプレゼンした。
パワポも、タブレットもなかったけど、簡単な図形によるスケッチと弁舌だけで、何とかこちらが意図するところを分かってもらえたのは幸いだった。
前世の職場、イベント企画会社でも、デスクワークより外の方が向いていると言われて、お得意先やイベント会場を走り回っていた。
(……そう、炎天下の下でも)
夏は殊更イベントが多く、一年目、二年目が大丈夫だったので、三年目も同じように猛暑の中で動き回り……多分帰らぬ人になったのだろう。
記憶がそこまでなので。
(毎年、最高気温が更新されるなんて、どこの悪魔が考えるのよ……)
服は冷感素材。首にはネッククーラー、ポケットには塩飴、自家製ポカリを入れた水筒を小脇に挟んで等……できうる限りの対策をしていたのにダメだったなら、行動自体がそもそもNGだったと思うしかない。
今世の国にも四季はあるが、大陸内のどちらかと言えば寒いエリアにあるので、死ぬ前に『私を涼しい場所に連れてって……』とか願ったのかもしれない。
王太子殿下と話を付けた後も、キリル様は『そんな(顔ですべて上手く行く)事は在り得ないだろう!?』と抵抗していたので、そんなに嫌なら仕方がない、私もこの顔から離れれば惜しくなくなるだろうと……
「なら、私との婚約を解消いたしましょう? おかしな提案を突き付けてくる人間は、消えますので」
そう申し出たら、何故か大人しくなった。
本当に訳が分からないが、どうしても『こんな女』と婚約していたいらしかった。
「ふふふ……私はそれを『愛』と呼ぶのだと思いますよ」
胸の前で扇子を開いたアガサ様が微笑み、前世のミュージシャンみたいな事を言ったが、何かが違う気がする。
(自分の顔がどうでもいい相手が初めてで……最後だと思い込んでしまったんじゃないかなぁ)
――むしろアガサ様が王太子殿下に寄せる想いを、『愛』と呼ぶのだろう。
王太子殿下はいかにも次代の国王にふさわしい、見栄えする御方だった。
金髪碧眼。顔立ちも端正で、体も均整がとれており、醸し出す雰囲気も堂々とし落ち着いている。
つまり外見は誰しも憧れるような『夢の王子様』だったが、キリル様の一件からも見える通り、中身は少し残念な方だった。
「殿下の欠けた部分は、私が支えるしかないと思っていましたが、お二人が力を貸して下さるなら、こんなに心強い事はありませんわ!」
(欠けた部分があるのを知っても、結婚しようとしているアガサ様こそ『愛』を体現していますよ……)
王太子殿下の為に、優れた人物を集めていたアガサ様は、キリル様と私が王太子殿下の側近になる事を心の底から喜んでくれた。
……付き合うにつれ、結構致命的な所も欠けているような気がしてきて、少し不安になっていた所だったのもあるだろうが。
(殿下は理解が早いんだけど、持続力がないというか……側でしっかり覚えていて背中押す人間が必要なのよね)
それがアガサ様であり、対外的にはキリル様になればいいと思う。
殿下は元々、一度信用した人間はとことん疑わない人みたいだし(王子としてそれはちょっとアレだけど……)、キリル様には多少負い目があるから、こちらが心配になるくらいオープンだ。
私の事も、初対面から『アガサ嬢の友なら自分の友だ!』、と両手で私の手を取って、アガサ様に扇子で叩かれていた。
先が心配で……まぁ、楽しみな雇い主様である。
キリル様のご両親、ビットン公爵とその奥方様も、キリル様の王太子宮への出仕に大変喜んでくれた。
「ビットン公爵家はその昔、宰相を務めた事もあるのだ!」
「私の実家(公爵家)も、喜んで王太子殿下を支えると言ってますわ!」
殿下の後見が増えるのは良い事なので、私はただ微笑んでいた。
「……すべてはフィーナの勧めなので」
ぼそっとした息子の声は、どこか恨みがましさも滲んでいたが、そんな事は全く気にせず公爵は感動したように叫んだ。
「なんと! この息子をよくぞ家から引き出してくれた、感謝するぞフィーナ殿!」
「本当に……顔を隠す事がなくなっただけでなく、王太子殿下の側近なんて、立派になって……!」
奥方様は感極まって、涙を流していた。
なけなしの良心がチクチク痛むが、今さらである。
ここで、『いえキリル様の為でなく、ほぼ私の欲の為なんですが』――等という訳にはいかない。
二人は私の手を取り、公爵家の事は自分達がきっちりと回すから、こちらの事は気にしないで王太子殿下に確と仕えて欲しい、と請け合ってくれた。
それは良いのだが、『本当に良い嫁をもらった!』と、あちこちで吹きまわっているのは、許してほしい。
「まだ嫁じゃないのにー……」
「もう、あきらめなさい」
少し前に結婚したお姉様が、呆れたように諭してくる。
義兄になったのは侯爵家の三男で、いつもニコニコしていて育ちの良さが伺える御方だ。
少し頼りなく感じる所もあるが、お姉様を女神のように崇めているので、我が家での評判はすこぶる良い。
ただ私と妹を、『女神の妹だから女神』という感じで、恭しく接して来るのはどうかと思う。
(私はともかく、まんざらでもない様子の妹がその気になってしまったら、婚約相手を探すのに苦労するぞ)
容姿は姉に似て、性格は父寄りの妹は、ある意味『無敵の美少女』なのだ。
挨拶に訪れたキリル様を見て、恋心を持たず対抗心を燃やしていたのには、思わず感心したが……。
義兄は義兄で、キリル様と初めて会った時も、良い意味で動ぜず
「うわー、神々しい位のいい男だねぇ。フィーナさんとお似合いだ!」
と言ってのけ、キリル様の信用も勝ち取っている。
この人は、いわばコミュニケーション強者というヤツだろう。
(いる所には、いるんだなぁ……)
その全く対極にいるキリル様は、宮仕えを始めてから少しづつ対外的なスキルを身に着けていった。
(今までほぼ『0』だった事を考えれば、上出来かと)
ある意味彼に、コミュニケーション能力は必要ないのだ。
彼の美貌に対しては、プラスの感情もマイナスの感情も振れ幅が大きく、動揺することに変わりはないからだ。
相手を動揺させればこっちのものである。
「無理に笑う必要はありません」
緊張しているキリル様に、私はきっぱりと言った。
笑顔の安売りなど論外である。
「ただ、興味がないという表情はお止め下さい」
今までの彼は、大抵そんな様子だった。
真剣に取り組んでいるという顔をしていれば、相手が勝手に便宜を図ってくれる事もある。
予想はしていたが、キリル様においては、その確率はほぼ100%だった。
このまま成功体験を積んでいけば、自ずと体が動くようにだろう。
そう、私がおらずとも。
・・・・・・・・・ ☆ ・・・・・・・・・
11代目国王、ロンヴァルト1世の治世は長く、その生涯を通じて安定していた。
自然災害や、他国の侵略が無かった訳ではなく、それらを退けるだけの強さを王と国民が持っていた時代だった。
前王の急病によって、若くして位を継いだにも関わらず、王はいついかなる時でも泰然自若とし、臣民の心の安寧を保ったという。
王は、美しくも賢いアガサ妃(筆頭公爵家令嬢)を娶り、生涯でただ一人の妃と定め、彼女との間に1男2女をもうけている。
またその治世を支えた者として、若き日より側近として仕え、後に名高き宰相となったキリル・ビットン公爵の名が上げられる。
彼はその才覚ばかりではなく、麗人としても周辺諸国にも名が通っており、東の大国の美女と名高い姫に婿として望まれたが、『自分には愛する人がいる』ときっぱりと断ったという。
宰相がこよなく愛した妻は、長年同じ主に仕えた女官で、伯爵令嬢だったという。
知人の元に残された書簡には、『私の優秀さのすべては、妻のおかげである』との文言が残っており、名宰相の謙虚さを物語る証左となっている。
……後に、彼らの娘は、親を倣うように王宮へ出仕する。
彼女は、次の時代の宮廷を、鮮やかに彩る花となったという。
HAPPY END.
…終了~
…ここまで読んでくれた皆様に感謝を~
…キリル様の番外編があるかも~




