第一章8「モノクロの芸術家と色彩の芸術家」
8話です。8話まで続けられているのは読者様のおかげです。いつもありがとうございます。今回は少し長めです。
今回、海棠が何者なのか、7話のあの夢はなんだったのかーー色々わかります。
今後ともよろしくお願いします。
あ、熱中症にはお気をつけて~…
芸術家ーー自分から発することはあったとしても、この世界の住民から語られる言葉だとは思ってもいなかった。
そして何より、白黒の風景の中に一人異彩を放つ彼に驚きもしない海棠に、強烈な違和感を感じる。奴は一体何者なのか。それを知るためにもひとまず相手からの信頼を得る必要があるため、君の番だと言われていた自己紹介をする。
「嗚呼。そうだぜーーオレが芸術家の彩人だ」
「って、それはいいんだ。なんでアンタが芸術家なんて言葉を知ってやがる…!」
口調が荒くなる。いくら紅葉の兄といえど突如として核心を突く言葉を言われれば警戒するのも必然。
紅葉は彼が、鬼の気迫で兄に対し何か言っている状況が理解できないのだろうか、ポカンとした顔をしていたがーー当事者は訳が違った。
『わかるぜ。彩人くんの気になるその気持ち、わかるぜーーじゃあ、なんでだと思う?』
腕を組み、やり場のない感情に浸るかのように頷きながら共感を示しているように振る舞う。この男ーー中途半端な距離感は保ってくる。踏み込んでいいのか、スルーすべきなのか、なんとも判断しづらい。
「わかんねぇーーわかんねぇけど、想定しうる限り一番考えたくねぇ答えが浮かんでる」
『ーーキミが芸術家ならば、きっとその答えが正解だろう』
この世界に住む住民の”大多数”は色という概念を理解していない、否、理解できないように思える。それは彼にも共通する話であり、慣れ親しんだものに違和感は感じることは少ないのと同じで、この世界の人々にとって、白黒であることはーー即ち、色がないことは出生時からの常識に過ぎない。
歴史上稀に見る大発明をするような変人は、常識を疑い始めるのだろうーーだが、白黒であることに、最初から白黒な彼らが、違和感を覚えるのは無理のある話だ。
白黒が世界の赤裸々の真実ならばーーこの男が芸術家という言葉を知る余地はない。筆を持ち、絵を描き、色をもたらし芸術へと昇華させるーー芸術家を、色の概念を知らずして知るのは不可能に近い。
さすれば、この男が色を知っているという仮説はほぼ真実だろうーーならば、何処で知ったか。海棠の容姿も紅葉と同様にモノクロに描かれており、尚且つ精霊人ときた、限りなく白黒世界の住民である可能性は高い。
となればーー白黒世界でどう知るのか、初めから白黒のこの世界でーー
ーーはじめから?
「嗚呼ーーアンタ、もしやーー」
何故、この世界が初めから白黒だったと決めつけていたのか。その仮説を裏付ける根拠は未だ見つかっていないにもかかわらず、何故都合のいいように解釈していただろうか。
答えは簡単だ。海棠もーー彼と同類だった。色を知ったのではなくーー知っていた。
『ーー元芸術家の海棠だ』
何がなんだか、わからない紅葉は、終始ポカンとした顔で彼らの話を聞いていた。
◆◇◆◇
「場所を移そう。紅葉が話についていけてないからな」
この話はもしかすればこの世界で一番重要な話であり、何より紅葉が聞いていいものではない気がした。誤解を恐れずに言うならば、聞かない方がいい気がした。そしてそれを海棠は初めから思っていたのだろう。
『嗚呼。紅葉〜〜しばらく出てもらえないかな??』
『いや場所移すのあたしなんかい!』
普通場所を移そうと提案していた彼らが動くべきなのだろうが、海棠は紅葉に移動しろと言った。紅葉は関西人のツッコミのような要領で言い返すも、素直にこの部屋を出ていった。
元芸術家ーー目の前に立つ長身で、とてもイケメンな海棠は、どうやら彼と同類だったようだ。何故元なのか、まだ探るべきことはたくさんあるが、それよりも先に彼が気づいてしまった論理の罠を片付けなければならない。とはいえーー単刀直入に聞くのも気が引ける。彼は改めて自己紹介を聞き、質問を投げかけた
「それで、ーー分野としてはなんだったんだ?」
芸術家ーーそれは自身の感性や創造力を駆使して、絵画、彫刻、音楽、文学、映像などの芸術作品を制作し、表現する人の総称を指す。彼のような絵描きこと画家以外にも彫刻、文学、音楽、その表現は多種多様。
彼はその中で、海棠が何を主軸にしていたのか、という意図の質問をした。それに対し、海棠は一言ーー
『分野?よくわからないなーーこの世界で芸術家という言葉が指すのは俺のような絵描きのことだ』
「そ、そうなのか、、」
『にしても、色なんていつぶりだろうか』
「……あ、っ」
彼の言葉で、もう一つ聞かなければならない事を思い出した。そう、海棠は色を知っている。故に色に塗れた彼を見ても驚きはしなかった。動揺はあったかもしれないがーー紅葉の初めて見るような眼差しに比べれば普通だ。
色を知っている理由など、一つしかない。実際に見たことがあるから。ならばそれが示すのはーー
「……アンタ、何年前から生きている?」
『ーー彩人くんから見て俺は何歳に見える?』
「はぁ…22とかだろ」
近所のおばちゃんがするようなノリをする海棠。あたし何歳に見えるかしら、なんて古いノリに付き合わされる彼は呆れながらも、その外見から推測できる年齢を言ってみた。
『ーーヒント、精霊人』
ヒントを出してくるあたり彼の予想は外れているのだろう。
海棠がヒントに提示してきた〝精霊人〟ーー其れは紅葉が名乗った時の其れと同じであり、人と精霊の中間に位置する種族。
精霊は、実態を持てるかどうかは知名度の高さによって左右されるようで、精霊人はその欠点を人間という存在する実態で補っている。だがその分、精霊としての力は希薄なものになるようだ。
それを差し置いても、紅葉の身体能力は精霊人の其れとは思えないレベルらしい。
「まさかとは思うが、めっちゃ長生きしてますなんて言わねえよな」
『はっはっは!!!!言わせてもらうぜ』
こいつぶん殴ってやろうかと、内心思いつつも、答え合わせをすることができた。
しかも、長寿であり、色を見たことがあり、尚且つ、画家という名の芸術家ーー聞きたかった答えとはまた別のもう一つの答えまでも、彼は手に入れていた。
「詳しい歳はわからないがーー少なくとも120は超えているな?」
120歳ーーこれは人類の限界に近い歳だ。始まりの街で見た老人も、ズルズルを食べたスラム街のような場所の老人もーー彩人という異彩を放つ存在に触れようともしなかった。
ある意味お人好しなのかわからないが、奇妙なモノを見つけた時、害を加えてこないのであれば、この世界の住民は「放置」という選択肢を取る傾向にある。
だがーーそんな奴らは、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに距離感を保っていたが、明らかにその顔には〝初めて見た〟と書いてあった。
故にーーこの世界の人間の老人でさえ、色を知るものは少ないと考えて良いだろう。となればーー彼の仮説が正しいと証明されるのは、海棠の年齢を暴いた時になる。
『ーー600はいってるな。そして俺が画家をやってたのは、500年以上も前だったかもなぁ。あまり詳しくは覚えてないけどな』
「ろ、ろっぴゃく???」
思わず聞き返した。いくら人間ではなくて、長寿といえど、常識の範囲を超えた数字ーー冷静に考えて、途方もない歴史だ。
眼前の男は、その月日を生きてきたと語る。人生の先輩なんて言葉で収まる器ではない。たかだか十数年しか生きていない彼からすればもはや神のようなものだ。
『そんな驚くことかね???まぁー、精霊人でも確かに長生きな方ではあるがーー二、三百年なんざ生きてる種族、たくさんいるしな。まぁ人間が大多数なことに変わりはないが』
と言ってはいるが、外見からは全く想像もつかない。これほどの美肌と整った顔立ちで、常識はずれの長寿だなんて誰が予想できるか。
終始驚きに感情を支配され、理解が追いつかない彼に、海棠は彼が求めているであろう一言をいれる。
『まぁそんなもんで、色の流れから年齢を聞いてから考えるに、彩人くんはいつから白黒なのかーー言い換えるなら、いつまで色があったのかを、知りたいのかな??』
「ーーーっ、!」
図星。流石の洞察力だ。ただ長年ぼーっと生きていたわけではなさそうだ。
海棠が推察するように、彼が知りたいのは精霊人の年齢なんかではなくーー〝いつ〟色を知ったのか。
その問いの根本にあるのは白黒世界は元々白黒ではなかったという仮説。
仮説が偽か真かーー歴史の証人が答えを持っている
『長々と語っても無意味だしな、率直に言わせてもらうわ』
『ーー五百年前までだ』
五百年ーー史実では香辛料を、土地を、人を求め、海に駆け出して行った大航海と呼ばれる頃、この世界では色が消失したと云う。
なくなった当時、其れは想像を絶する程の大混乱が巻き起こっていたのだろうーーだが、五十年、百年、二百年と経てば世界の大多数は「色のない世界」に生を授かり、軈て白黒は〝普通〟へと変容していった。
色を語るにも、現象として存在しないのであれば、解像度も下がり、海棠のような色を知る長寿でさえも、色を忘れていく
色は確かにあった。
ただ其の事実を遺すのはあまりにも困難だった。
「………大体はわかった」
「と、すればだ。一体五百年前に何……が………っ!?」
ーー赤い血。
ーー黄色い服の女性。
ーー燃え盛る街。
刹那ーー突如として激しい頭痛が彼を襲った。
頭を抱え、苦しむ彼の様子に流石の海棠の顔にも焦りの表情が浮かび上がる。
『だ、大丈夫か!?とりあえず話は此処までだ!医師を呼んでくるから少し待っててくれ!』
はたからみれば何が原因かわからない。ただ海棠は人を呼ぶべく部屋を飛び出していった。慌ただしく走る海棠の背中を見送る彼の中で、
夢に出てきた光景が、海棠の話とリンクしていた。
夢の想起ーー寝てる時でさえうなされる苦痛に支配された悪夢が、フラッシュバックしていた彼はーー答えを聞くこともなく、自ずから答えを理解した。
根拠なんてない。ただの夢にすぎない。だが、海棠の話と照らし合わせる限りーー夢の癖に、現実味を帯びてしまっている。
「ぁあ……っ」
『ちょ、彩人!?大丈夫!?』
海棠の焦りようを見てきたのか、紅葉が部屋に飛び込んできた。その焦り方は海棠に似ている。まさしく兄弟といったところか、なんて思ってしまうほど、痛みにより定まらない思考。
「…っ、、海棠が最後に見た赤はーーアレだったのか、」
紅葉には彼の言葉の意味がわからないだろう。ただ其れで良い。紅葉が知った赤の美しさを汚したくなかった。
その言葉を最後に、再び意識が闇に引き摺り込まれた。
過去なのだとしたらーーどれほど夢であればよかったか。
五百年前ーー芸術家は、武器を奪われていた。
8話、読んでいただきありがとうございます。
着々と、彩人の白黒世界に対する解像度が上がっていってるようないないような、、
続く9話もお待ちください。




