第一章6「アカ色が、赤色になった」
6話です。
今回もぜひ読んでください。
啖呵を切ったはいいものの、彼にはなんのスキルもない。強いて言えば人よりも多少上手く絵を描くことができる器用さと、画力だけしか持っていない。
ーー策は一切ない。気合い。根性あるのみ。
素人が武器を持ったところで役に立つのかと言われれば、否定の声が上がるだろう。だが、人の生に対する本能を信じ、火事場の馬鹿力とやらで奇跡の一つや二つ、起こせるかもしれない。
「はぁぁぁぁぁーーー!!」
戦地を駆け抜ける英雄の如く、彼は走り出す。その突撃は残念だが紅葉よりも遥かに遅く、刺客よりも動きに無駄がある。然しーー勇気はこの場の誰よりも劣らない。
刺客は獲物を待つ猛獣の如く、死地に飛び込まんとす彼を迎え撃つつまりなのか、未だ其処を動かない。
カキーーンッ
二度目の金属の甲高い音。接近と同時に渾身の一振りをするが、刺客の短刀に簡単に止められてしまった。刀身のリーチは明らかに彼の方があるにも拘らず、刺客とその短い刃で凶刃の侵略を一瞬、止めていた。
短刀では不利だ、と考える刺客。
純粋な力の押し合いでは勝てないと、考える彩人。
両者の思考によぎるはこの力の拮抗は無駄であるということ。途端に、思考を擦り合わせたかのように両者の刃が離れる。
「しっかし……キツイな」
そのまま斬り合いへと、なだれこむ。当然リーチのある彼が有利ーーかに思われたが、素人が鉄塊を振り回したところで技術を持ち合わせる相手に当たるはずもなく、彼は後手に回される。
紅葉の時と同様、斬撃の嵐が降り注ぐ。紅葉と異なるのは宝の持ち腐れと化した剣で、必死に耐え凌ぐしかないこと。
(斬られるって初めてだけど……めっちゃいてぇ…!)
可能な限り鉄塊を振り回して、短刀に当て弾くも、防御の隙を見て的確に刃を入れてくる。かろうじて深傷にならず済んでいるものの、紅葉と同様に切創が作られてる。顔、腕、脇腹ーー紅葉とは異なり、紅き血潮が彼の至る所から噴き出す。彼が今現在、この白黒世界で唯一生み出せる色が、竜巻の如く降りかかる斬撃の中で、飛び散っていた。
『彩人!!下がって!!』
背後から紅葉がシンプルではあるが極めて分かりやすい指示を飛ばしてきた。その声に宿る凄まじい気迫に彼は脊椎反射で指示に従わんと、彼が地を蹴り身体を後ろに移動させたことで、間合いが再び生まれる。
そうはさせまいと、刺客が前傾姿勢をとるもその思惑は紅葉に見抜かれていた。
「下がったぞ!何か策があるのkーーー
ボォォォン!!!」
指示通りにした後、彼は後ろにいる紅葉に何か意図があっての指示であることを信じて振り返り情報共有をしてもらおうとするが、其れを遮るように振り返った途端、彼の顔の真横を豪速球で飛んでいったのはーー小さな石ころ。
きっと即席で見つけたモノを適当に投げたのだろうが、それはまるで砲弾のような速度で飛んできた火の玉ストレート。
無論、其れに当たる程度ならば紅葉の不意打ちも喰らうだろう。豪速球で飛んでくる殺意の塊に、刺客はバックステップで対応したことで更に間合いが広がった。そして紅葉も彼の隣につく
『ごめん!策とかはない!君がすっごく傷だらけになっちゃったからーーとりあえずね!?』
何もないのかよと、内心彼は思ったが、不慣れな戦闘で傷だらけになった彼を想い、戦線から下げてくれたのには感謝するしかない。
そもそも彼女がこの場に残っていること自体おかしいと思っているが故、まだ共に戦ってくれるというのは彼にとって心の支えであると同時に、覚悟を持つ理由にもなる。
「いや、問題ねぇ。紅葉のおかげで助かったしな。それよりオレに良い考えがある」
『おっそうくるか!!君の作戦を教えて!!』
「とは言っても説明する時間がないからな。オレに任せてくれるか?すまねぇが紅葉には時間を稼いでもらいたい」
『わかったよ!!』
僅かな作戦会議を経て、戦場に変化をもたらしたのは紅葉だ。大地を蹴り、再び距離を潰し、刃物の間合いに果敢に飛び込んでいく紅葉の背中を見ながらまたしても、芸術家の思考を巡らせる。
(ーー直感で、なんの根拠もなかったけど、どうやらこの筆には書いたものを具現化する力が宿っているようだ。それがどの程度のものまで生み出せるかはわからない。今のオレの状況を整理すればわかることがあるかもしれねえな....)
1つ目ーー勇者の剣は”彼が思い描いた”とおりの形で具現化された。それは彼が芸術家としての画力が高いが故に自分の想像をしっかり形に起こすことができたからだろう。
2つ目ーー勇者の剣を描くにあたって、黒い塗料は必要ではなかった。筆先に何か水をつけたわけでもなく、ただ空中に描き始めた途端、線が出現した。そしてその線は何かしらの形を作らない限り具現化しなかった。
そして、3つ目ーー具現化したものに色がなかった。無から生み出したーーつまりこの世界に元々なかった剣を生成した時、色がなかったのはこの白黒世界に合わせたからではない。もしそうでないならば、剣と同様にこの世界に元々いなかった彼に、色がついている説明がつかないだろう。
状況は違えど「この世界に元々なかった」という条件が同じである以上、後から白黒世界にもたらされた実態であることに変わりはない。それなのに彼と剣に違いがあるとするならばーーシンプルに色がついていたかどうか。
もっと簡潔にいうならばーー色が着色されているかどうか。
彼はこの世界に来る前から肌に宿る淡い肌色を身体に、陽光を思わせる金色を髪に着色されている状態だった。その状態を保ったまま、この世界に来た。
そしてそれは剣にも通ずる話だーー描いた時、何も着色されていない状態のまま、この世界に来たと言っても差し障りはないだろう。色を描かずに、作品として誕生したーー然し、芸術家の内心がそれを許すだろうか。
色をつければーー彼の創作物は完成する。
「ああそうかーー大事なことを忘れてたぜ。オレの作品はまだ完成しちゃいなかった」
「最後の最後、其れを駄作にするか神作にするかの大事な一手ーー色が足りないじゃねぇか!!」
作戦を考える思考が、いつの間にか自分の作品の欠如の発見に変わっていた。まさしく芸術家といったところだろうか。現状の打破より自分の作品の完成を優先させるようだ。
作戦を思いつき、戦うよりも先に、自分の作品を完成させなければならないといった謎の使命感を帯びてしまった彼は塗料を探し始めるも無論、そんなものはこの白黒世界に存在するわけがない。
『くっーーは、早くして彩人!!』
「少し待ってくれ...!!」
なんとか致命傷を負わずに済んでいる彼女だが、時間稼ぎもかなりギリギリになってきている。紅葉が陥落するのも時間の問題となってきている最中、彼の目に入ったのはボロボロになった自分の腕だ。
無数に切り刻まれた切創を目の当たりにし、痛いはずなのに泣かず、動けているのはアドレナリンが出ているからだろうか、なんて冷静に考える彼の目にとんでもない液体が映る。
ーー血液だ。それも「アカ色」の
「こ、これだ!オレの最後のピースは!!」
それはまさしく、煉獄の炎のような激情のアカ色ーー否、赤色だ。この世界で唯一自ずから生み出すことができる色は、最も近く、最も身近に存在していた。
彼の傷だらけの素肌を、筆の毛先で撫でてみるーーさすれば、一本一本の毛に滲み、その赤に染めあげられる。
色がもたらされ、選択肢として与えるならば、芸術家が成す最後の工程はーーー〝彩色〟だ。
白黒世界を生きる芸術家ーー否、世界に色をもたらす彩色師は、アカ色を、赤色とした。
「赤色は燃え滾る炎の如く、とても温かい。もはや熱い。赤に彩られたものには、熱気を感じる」
刹那ーー彼が筆先を己が描いたモノクロの剣へと撫でおろす。白黒に赤き一線が克明に描かれ、波紋状にそれが広がっていく。
脅威のスピードで広がり続ける赤は、その明度、彩度ーー曰くは色彩は変わることがなく、まるで増殖していくかのよう。
生まれるはーー赫き刃。神々しく光り輝く古代の宝物を、遥かに凌駕する赫灼とした刀身。
「ーー完成した!!この世界で、俺の、俺だけの武器だ!」
柄を持ち、剥き出しの赤き刀身を見せびらかすように高らかに持ち上げる。かのブリテンの王が、相応たる剣を抜刀した時、きっと彼もしらしめるよう、掲げただろう。
太陽の如く、紅き輝きはその地の全ての注目を集める。紅葉と謎の刺客との壮絶な間合いさえも、静寂をもたらしている。
双方がーー見慣れぬ其れに目を取られている。
未知の新たなる概念を注視する刺客と、対するはーー彼女が着る赤いジャージと同じ色に、再び見えんとす紅葉の憧れの眼差し
「紅葉ーー!!離れろぉぉー!!!」
『其れがーー君の策ってわけね!!』
刹那、紅葉が嬉々とした顔でこの戦闘におけるかつてないほどの活力を見せながら一瞬で刺客との間合いを開く。
其れを追随せんと、刺客が地を踏み込むも、其れを読んでいるかのように彼が赤き刃を持ちながら突進する。
「はぁぁぁ!!!」
ボォォォォォーーーッン!
刹那ーー刀身を振るう。その軌跡には赤き煉獄の炎が具現化され、その形を上回る射程の斬撃と化した。刀身の間合いを完璧に読み、刺客はその身を後ろに飛ばすも、紅蓮の刃があっさりと、刺客の胴を捉えた。
まさしく炎舞。この世界で、初めての〝赤い〟炎はーー紅葉の記憶に根強く定着するには充分だった。
[あ゛がーー]
血反吐を吐くと同時、業火が刺客を包み込む。遺体さえも其処で滅却処分してしまう程の高火力。
初めて見る、実際に動いている事象に色がついている状況ーー紅葉は、燃え上がる刺客を見て、何か感じたところがあるのだろう。彼の顔を見て、一呼吸おいて一言。
『赤ってーー綺麗ね』
最終局面における怒涛の撃破。呆気なさすぎるも、彼が得た力があまりにも強大すぎた。
未だ赤く輝く刀身を見つめながら、彼は同意の言葉を飛ばす。
「これが、赤色の美しさだぜ」
6話を読んでいただきありがとうございます。
最後はまさか一撃で倒してしまいました。
次は刺客が誰だったのか、今後のキーポイントになります




