第08話 綻び
跳んだ。
リルと振り下ろされる大剣の、ちょうどあいだ。そこへ体ごと割り込む。
〈黒鴉〉の二本の刃を頭の上で交差させた。受けるんじゃない。受けたら、潰される。逸らすんだ。刃の腹にぎりぎりの角度で当てて、その軌道をほんの少しだけ横へずらす。
ガッ、と火花とも衝撃ともつかないものが全身を貫いた。
腕が痺れる。膝が地面にめり込む。それでも刃は逸れた。リルのすぐ脇を大剣がかすめて、轟音とともに床を叩き割る。
石の破片が、雨みたいに降ってきた。
「リル!今だ、下がれ!」
俺は空中のリルの腕をつかんで、力任せに自分の後ろへ放り投げた。乱暴で悪いけど、それしかなかった。
リルが受け身を取って、転がる。無事だ、とりあえずは無事。
俺は詰めていた息をようやく吐き出した。
けど、安心している暇はない。
守護者がまた刃を持ち上げる。砲塔もこっちを向いている。雑魚の群れは相変わらず際限なく湧き続けていた。
だめだ。
頭の隅で冷静なもう一人の俺がはっきり言った。
このまま殴り合っても、勝ち目はない。守護者は直るし雑魚は減らない。ノアは操られたまま。減っていくのは、こっちの体力と気力だけだ。さっき大剣を逸らした腕は、まだ痺れて感覚がない。あと何回、あれをまともに受けられるか。
力押しはなしだ。
なら頭を使うしかないけど、この四方八方から殺意が降ってくる状況じゃ考えごとなんてできやしない。
まず距離を取る。それからだ。
「リル!いったん引くぞ!こいつから離れる!」
「離れるって、どこに!?」
「どこでもいい!あのデカブツの手が届かないところまでだ!」
俺はリルの背を押して、空洞の端へ向かって走った。
壁際だ。さっき降りてきた階段とは反対側。そこに低い通路の口がぽっかり開いていた。整備用の坑道か、何かだろう。狭い。あの図体じゃ、入ってこられないだろう。
雑魚どもが追ってくる。
走りながら、振り向きざまに〈黒鴉〉を薙ぐ。先頭のウォッチドッグを、二体まとめて両断した。リルも後ろ向きに光弾をばらまいて、追っ手を削る。脚を狙って、転ばせ、後続の足止めにしていく。慣れたものだ。それでも、数が多い。倒しても倒しても、暗がりから新しい赤い目が湧いてくる。
俺たちはもつれ込むように、通路へ転がり込んだ。
息を切らしながら振り返る。
――守護者は、追ってこなかった。
いや。追えなかったんだ。
巨人は空洞の中ほどで、ぴたりと足を止めていた。こっちへ来ようと一歩を踏み出すと、背中の何十本ものケーブルがぴんと張りつめる。それ以上は進めない。まるで見えない鎖に繋がれているみたいに、巨体がそこで踏みとどまっていた。
そういうことか。
「リル、見ろ。あいつ心臓とケーブルで繋がってる。だから、あそこから遠くへは動けないんだ」
俺はようやく、まともに息ができた。
「あれの届く範囲の外なら、ひとまず安全だ。雑魚は来るけどな」
「たすかった。もう腕が、ぱんぱんだよ」
リルが壁にもたれて、ずるずると座り込んだ。汗だくだった。さっきまであんな化け物を一人で抑え込んでいたんだから、無理もない。前髪が汗で額に張りついて、肩で大きく息をしている。
追ってきた雑魚は、通路の細さが幸いした。一度に来られるのはせいぜい二、三体。リルが座ったまま放つ光弾と、俺が時おり振るう刃で、どうにか捌けた。
その合間に、俺は頭を回した。
守護者をどうにかしなきゃ、心臓には近づけない。けど、力じゃ無理だ。あいつは、心臓から力をもらっている。傷も力も、あの太いケーブル越しに、無尽蔵に補給される。
逆に言えば、だ。
心臓と守護者を繋ぐ線を断つか。あるいは心臓そのものを止めるか。どっちかができれば、あの巨人はただの鉄くずになる。
ケーブルを片っ端から斬る、ってのはどうだ。
俺は空洞のほうを覗いて、すぐに首を振った。だめだ。ケーブルは何十本もある。しかも太い。一本斬るのに何秒かかるか。そのあいだ、守護者の刃と砲塔が黙って見ているわけがない。それに、よく見るとケーブルの根元は、ぶ厚い装甲板で覆われていた。守るべき急所だってことくらい、向こうもちゃんと分かっているんだ。
なら、やっぱり心臓を直接止めるしかない。
問題はその心臓にどうやって取りつくか、だった。
ふと、通路の壁に古い操作盤みたいなものが埋まっているのが目に入った。分厚い埃をかぶっている。とっくに死んでいるかと思ったけど、隅っこで小さなランプが、かすかに明滅していた。生きてる。
俺は〈黒鴉〉の片方を、その操作盤の隙間にそっと差し込んだ。
〈黒鴉〉には旧時代の鍵がついている。機械の言葉を読んで、こじ開ける。今までもこうやって、いくつもの扉を黙らせてきた。
刃を伝って、青白い光の文字が、ちらちらと俺の頭に流れ込んでくる。古い塔の言葉だ。半分も読めない。それでも断片が、少しずつ像を結びはじめた。
施設の図面みたいなもの。塔のいちばん底。心臓メインフレームと、その真下に格納されていた守護者。両者を繋ぐ、太い給電の系統。
そして。
心臓の周りに、薄い膜みたいなものが描かれていた。障壁シールド。心臓を守る、見えない壁だ。さっき俺が刃を振りかぶったとき、妙な手応えで弾かれたのは、たぶんこいつのせいだった。あの膜がある限り、心臓には刃も届かない。〈黒鴉〉の鍵も通らない。
じゃあ、その膜はどうやったら消える。
流れてくる光の文字を、必死で目で追った。
給電。出力。優先順位。
断片の意味が、頭の中で一本につながっていく。
――心臓の力は、無限じゃない。守護者を動かして、傷を治して、おまけに自分の障壁シールドまで張る。その全部を、いっぺんにはまかないきれない。だから守護者が、いちばん力を食うことをするとき。たとえば、あの馬鹿でかい砲塔をぶっ放すとき。
心臓は、障壁シールドに回していた力を、根こそぎそっちへ振り向ける。
その、ほんの一瞬だけ。
心臓を守る膜が、薄くなる。消える。
「そういうことかよ」
俺は、操作盤から刃を引き抜いた。
光の文字がふっと、途切れる。頭の奥がじんと、痺れていた。
道筋が見えた。守護者があの砲塔を撃つ、その瞬間。心臓の守りが緩む。そこへ〈黒鴉〉をねじ込む。それしかない。
その、ときだった。
通路の入口のほうで、声がした。
「……ご主人、さま」
はっとして、振り向く。
ノアだった。
操られたまま、ふらりと、通路の口に立っている。ケーブルに引かれて、ここまで歩かされたんだろう。けど、その手の銀の刃は、だらりと下がっていた。
彼女の目が、青白い光と元の黒とのあいだで、ちかちかと揺れている。また、必死で抗っているんだ。心臓の命令に。
「あれが、撃つとき」
ノアの声は、切れ切れだった。喉から無理やり絞り出すみたいに、言葉を継ぐ。
「守りが、いちばん緩みます。わたしには、それが感じられる。繋がって、いるから」
ああ。
ノアにも見えているんだ。心臓と繋がれちまったせいで、こいつのいちばん奥の仕組みまで。俺があの図面から、やっとのことで読み取ったことを、ノアは肌で感じている。
そして、それを命令に逆らってまで、俺に教えてくれている。
「ノア、お前――」
「だから、合図します。撃つ瞬間に。わたしが」
言い終えると同時に、ノアの体が、びくんと跳ねた。目の光が、また青白く塗り潰されていく。心臓が、余計を喋った彼女を、力ずくで引き戻したんだ。
ノアの顔から、表情が消える。銀の刃を、また持ち上げる。
くそったれ。
でも、聞いた。確かに聞いた。あいつはこんなときでも、俺たちを勝たせようとしてる。だったら、その想いを無駄にはできない。
俺は、リルのほうを振り返った。
リルは、いつの間にか立ち上がっていた。汗だくのまま、けど、その目には、もうさっきまでの疲れの色はない。戦女神の目だ。今のやり取りは、ぜんぶ聞いていたらしい。
「クロウ。やること、決まったんでしょ!」
「ああ」
俺は頷いて、頭の中で手早く段取りを組んだ。
「リル。囮をたのむ。あのデカブツに砲塔を撃たせてくれ。派手に動いて撃たせたら、死ぬ気で躱せ。当たったら、ほんとに死ぬぞ」
「うわぁ、ひどい役回り。でも、あたし向きだね」
リルが、にっと笑った。怖いくらい頼もしい。
「砲塔が火を噴いた、その瞬間。心臓の守りが緩む。ノアが合図をくれる。俺はその隙に、心臓まで一気に走って〈黒鴉〉をぶち込む。それで終わりだ」
「ノアさんは?」
俺は、通路の口のノアを見た。表情のない顔で、また刃を構えている、ノアを。
「あいつは、心臓を止めれば勝手に解放される。それまでは、すまんが傷つけずにいなすしかない。お前の援護で、なんとかする」
われながら、無茶な作戦だった。
砲塔をわざと撃たせる。その極太のビームを、リルが躱しきる前提。心臓までの道を、操られたノアと、湧き続ける雑魚の中、走り抜ける前提。歯車が一個でも欠ければ、誰かが死ぬ。
それでも。
俺たちに残された道は、これっきりだった。
「行けるか、リル」
リルは杖をくるりと回して、肩に担いだ。
「決まってるでしょ。あたしを誰だと思ってんの」
その声は、もうこれっぽっちも震えていなかった。
俺は、笑った。脇腹の傷が、ずきりと痛む。けど不思議と、もう怖くはなかった。
通路の奥――空洞のほうから、心臓の鼓動が、どくん、どくんと響いてくる。あと少しだ。あの、一万年も独りきりで戦い続けてきた寂しい機械を止めてやる。ノアも、ちゃんと連れて帰る。
俺は、〈黒鴉〉を握り直した。
「よし。行くぞ」




