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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第01編〈沈黙の管制塔〉アガートラ

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第09話 賭け

 俺たちは、坑道を飛び出した。

 外は相変わらずの地獄だった。

 ドーム状の地下空洞。床には数えきれないオートマタが、赤い目を灯してうごめいている。その中央に心臓メインフレーム。そしてその手前に、塔の二階分はある巨人――守護者が、どっしりとこっちを見下ろしていた。

 まっさきに動いたのは、リルだった。

 俺の前を風みたいに駆け抜けて、彼女は雑魚の群れのど真ん中へ、自分から飛び込んでいく。


「おーい、デカブツ!こっち向きなさいよ!」


 杖を振り上げて守護者の顔めがけて光弾を立て続けに叩き込む。挑発だ。派手で、的としてはこれ以上ない。

 守護者の巨大な頭が、ぎろりとリルを向いた。

 それまで俺たちの坑道へ殺到しかけていた雑魚どもも、号令でもかかったみたいに、いっせいに彼女のほうへ向き直る。

 よし。ぜんぶ引きつけてくれてる。

 俺は息を殺して壁の影を伝い、空洞の端をぐるりと回り込んだ。

 目指すのは守護者の背後。心臓メインフレームはすぐそこだ。あそこへの最短距離を、頭の中で線を引く。砲塔が火を噴いて守りが緩む、その一瞬。そのあいだに雑魚の隙間を縫って駆け抜けられる位置。そこに身を潜めた。

 息を整える。

 あとは、リルがあいつに砲塔を撃たせるのを待つだけだ。

 リルの戦いは、見ていてぞくぞくするものだった。

 守護者の大剣が、唸りをあげて振り下ろされる。リルはそれを、紙一重で躱す。床が轟音とともに割れる。砕けた床石の破片を、彼女は足場にして蹴り、さらに高く跳んだ。空中で身をひねって、守護者の胸の青白い光へ、至近から光弾を撃ち込む。

 効いてない。装甲が火花を散らすだけだ。

 だけど、それでいい。狙いはダメージなんかじゃない。怒らせることだ。なりふり構わず本気で、こっちを潰しにこさせること。

 着地と同時に、足元へ群がってきた雑魚を薙ぎ払う。振り向きざまの一撃で、二体、三体とまとめて吹き飛ばす。その動きには、淀みがない。化け物の相手をしながら、雑魚の処理まで片手間でこなしてる。

 守護者が、苛立ったように、大剣を横薙ぎに払った。空洞の壁すれすれを、巨大な刃が、ぶうんと薙いでいく。リルは、それをしゃがんで躱した。頭の上を、刃が通り過ぎる。すぐに跳ね起きて、また走り出す。立ち止まったら終わりだ。あいつの一撃は、掠っただけでも命にかかわる。

 それでも、リルは笑っていた。

 怖がるどころか、楽しんでさえいる。横合いから飛びかかってきた雑魚を見もせずに、杖の石突きで撃ち抜く。たいしたもんだ。あんな細い体のどこにあれだけの力が詰まってるんだか。

 けど、雑魚の数は容赦なかった。倒しても倒しても新手が湧いて、じわじわとリルを取り囲んでいく。守護者の相手をしながらこの物量をさばくのは、いくらあいつでも、そう長くは保たない。汗だくの横顔から、さすがに余裕の色が、薄れはじめていた。

 早く決めなきゃ。胸の奥で、焦りがちりちりと音を立てる。リルが先に潰れちまう。


「そんなトロいんじゃ、当たんないよー!」


 リルの煽りが、空洞いっぱいに響き渡った。

 守護者の動きが、変わった。

 大剣を、いったん後ろへ引く。代わりに、背中の砲塔が、ぐん、と持ち上がった。黒い砲口が、ゆっくりと、跳び回るリルを捉えていく。先端の奥で、青白い光が渦を巻いて、急速に収束していく。

 来る。

 あの、ヘヴィ・センチネルを消し炭にする極太のビームだ。

 歓喜とも恐怖ともつかない衝動が、腹の底から突き上げてくる。これだ。これを待っていた。

 俺は、地を蹴るその瞬間を、ぎりぎりまでこらえた。

 早すぎたら、だめだ。守りはまだ固い。砲塔が火を噴く、その刹那じゃなきゃ意味がない。膜が消えるのは、ほんの一瞬なんだから。

 空中のリルが、こっちをちらりと見た。

 目が、合う。

 彼女は、にやりと笑った。準備はいい、と。あんたの仕事は、ちゃんとお膳立てしてあげる、と。

 そして。

 砲塔が、火を噴いた。


「今です!」


 ノアの声が、ほとばしった。

 操られているはずの、ノアの口から。植えつけられた命令を、無理やり引きちぎって。たったその一言だけを、彼女は渾身の力で絞り出したんだ。

 同時だった。

 極太の青白い光の柱が、リルめがけて走る。

 リルが、ぎりぎりで横っ跳びに躱した。光は、彼女がついさっきまでいた空間をごっそり貫いて、奥の壁を岩ごとどろりと溶かす。すさまじい熱だ。リルの銀の髪の先が、ちりっと焦げていた。

 けど、躱した。無事だ。

 そして、その一瞬。

 心臓を覆っていた、あの薄い青白い膜が――ふっと揺らいで、消えた。

 守りが、緩んだ。

 今だ!

 俺は、弾かれたみたいに地を蹴った。

 心臓まで、一直線。雑魚なんて、もう目に入らない。横から突っ込んでくるウォッチドッグを、肩で弾き飛ばす。足にしがみつこうとしたもう一体を、踏みつけて越える。行く手をふさぐ群れの隙間を、紙一重で縫っていく。一体の爪が、肩の装甲を、ガリッと削った。構うもんか。痛みも衝撃も、ぜんぶ後回しだ。今はただ、前へ。あの光の中心だけを、見ていればいい。

 近づく。心臓の青白い光が、ぐんぐん大きくなる。さっきまであれだけ遠かった距離が、みるみる縮んでいく。鼓動が、肌を直接震わせた。骨まで響く重低音が、俺の足を急かす。

 〈黒鴉〉の切っ先は、もう、その光の中心を捉えていた。

 届く。

 間に合う。

 あと、数歩。

 この一万年、誰にも止められなかった塔の心臓を消し炭にする。そいつに今、ようやく、俺の刃が――

 その刹那だった。

 俺の目の前に、ふわり、と影が滑り込んだ。

 ノアだった。

 操られたノアが、心臓を庇うみたいに両腕をいっぱいに広げて、俺と心臓のちょうどあいだに立ちはだかった。

 その手には、まだ銀の刃が握られている。けど、そんなものより。

 彼女の体そのものが、盾になっていた。

 心臓メインフレームのやつが。最後の最後で、ノアを自分の前に引きずり出したんだ。

 〈黒鴉〉が、止まった。

 俺が、止めてしまった。

 あと半歩。あと、たった半歩で、心臓メインフレームに届いていた。けど、その半歩の先に、ノアがいる。

 斬れるか。

 無理だ。斬れるわけがない。たとえ、その一撃でこの戦いの何もかもが終わるとしても。できるわけが、なかった。

 迷ったのは、ほんの一瞬。

 まばたきひとつ、ぶんのためらい。

 でも、この戦場で、一瞬のためらいは命取りだった。

 心臓の膜が――戻った。

 砲塔の火が、消えていく。役目を終えた砲が、低い駆動音とともに沈黙する。心臓メインフレームは、その砲塔へ回していた力を、また根こそぎ、自分の守りへ引き戻したんだ。

 薄れていた膜が、ふたたび青白く、分厚く、心臓を包み込んでいく。

 間に合わ、なかった。

 突き出した〈黒鴉〉の刃が、その膜に、ばちん、と弾かれた。腕の付け根まで、しびれが走り抜ける。

 しくじった。

 賭けに、負けた。

 一度きりの好機を、俺は、自分の手で潰しちまった。

 そして、はっと気づいたときには。

 俺は、この空洞でいちばんまずい場所に、いた。

 守護者の足元。心臓メインフレームの、目の前。

 後ろを振り返る。退路は、雑魚の群れでぎっしり塞がっていた。リルは――さっきの砲撃を躱したばかりで、空洞のずっと反対側だ。雑魚の壁の、向こう。すぐには来られない。

 頭の上で、影が動いた。

 見上げる。

 守護者が、大剣を高々と振りかぶっていた。その狙いは、もうリルじゃない。動きを止めた、俺だ。

 そして、すぐ目の前では。

 操られたノアが、無表情のまま、だらりと下げていた銀の刃を、ゆっくりと持ち上げ、構え直す。

 挟まれた。

 上から、デカブツの大剣。前から、ノアの刃。

 どっちを避けても、よけた先に、もう片方が待っている。

 ――けど。

 ここで終わってたまるか。

 頭が、猛烈な速さで回転する。大剣を横っ跳びで躱せば、ノアの刃の間合いだ。ノアを突き飛ばして抜ければ、大剣の餌食。両方を同時には、躱せない。普通なら。

 なら、普通じゃない手を探すしかない。脇腹の傷が、熱を持って脈打つ。指が、〈黒鴉〉の柄を握り直した。まだだ。まだ、終わっちゃいない。


「クロウ――!!」

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