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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第04編〈海域〉アビス

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第80話 帰ってきた街

 壊れた神さまに会いに行く。

 朝の高原でそう決めたのが、半日ほど前のことだ。

 それから半日。俺は食堂の卓に頬杖をついて、ノアが差し出した帳面を、眺めていた。


「もう一度、言ってくれ」


「はい。食料の残りが、四日分です」


「四日か」


「水はもう少し保ちますが、動力の余りも心もとありません。ついでに申し上げますと、財布のほうも」


「言うな」


 サーレでの半月で、俺たちはあらかたを食い潰していた。眠り続ける村に居座って、栄養剤の材料を分けてやったりしていれば、まあ、そうもなる。あのときは、金の勘定などしている場合ではなかった。ロレインが一人で背負っていたものを、少しでも肩代わりしてやりたかった。それだけだ。

 だが北の果てまでは、ノアの見立てで、二十日とも三月ともつかない。四日分の干し肉で神さまに会いに行くというのは、いくらなんでも、無理がある。


「アステライアだ」


 俺が言うと、卓の向かいで、リルがぱっと顔を上げた。


「え、街?帰るの?」


「補給しないと、三日で干からびる。それに、北のことを知ってる奴がいるかもしれん。あそこは、大陸じゅうの探索者が集まる街だからな」


「やった!あたし、風呂入りたい!あと肉!」


「順番が逆じゃないか」


「肉が先でもいいよ」


 ノアが小さく息を漏らして、帳面を、閉じた。


「では、戻りましょう。三日ほどで着きます」


 鯨号が、ゆっくりと南へ動き出した。


 北の空は、しばらくお預けだ。だが、あの号令はいまも鳴りやんでいない。ノアは受け取り続けているし、俺の胸にも、うっすらとした焦りが、居座っている。急がなければならないのに、まず飯の心配をしている。世界を救うというのは、思っていたよりずいぶん所帯じみた仕事だった。


 三日後の昼、ようやくアステライアが見えた。

 サーレでは、生きている人間の声が、村に少ししかなかった。ここには、それが何万とある。同じ世界の景色とは思えない。だが、あの村がこうなるはずだったのだ。眠らずに済んでいれば、畑を耕して、市を開いて、子どもが、走り回る。そういう当たり前のほうへ、ようやく戻れるはずだった。

 いま、瓦礫のなかで、あいつらは、それをやり直している。


「クロウ、良い匂いする!」


 リルが鼻をひくつかせて、手すりから身を乗り出した。


「もう少しで着くから我慢しろ」


「はーい!」


 到着するとまず、匂いに殴られた。焼けた油と、香辛料と、汗と、湿った石畳の匂い。それが人いきれと一緒くたになって、通りの端から端まで、詰まっている。荷運びの怒鳴り声。値切りの応酬。どこかの店先で鳴っている、調子外れの笛。路地の奥からは、鍛冶の槌が、休みなく響いてきた。

 半月ぶりの喧騒だった。うるさい。だが、耳が痛くなるほどのこの騒がしさが、いまは、やけにありがたかった。

 石畳は日を吸って照り返し、歩いているだけで、足の裏が熱くなる。人にぶつかりながら三歩進むたび、袖を引かれて、何かを売りつけられる。子どもが二人、俺の脇をすり抜けて、笑いながら走っていった。財布の紐を確かめる。まだあった。

 通りの半ばで、パン屋のおかみが顔を上げて手を振ってきた。半月ぶりだね、と大声で言われて、こちらも片手を上げて返す。名前は、知らない。だがこの街では、それで十分に通じる。

 リルは案の定、その先の串焼きの屋台に、捕まっていた。


「おじさん、これ三本!」


「銅貨六枚だ」


「え、前は五枚だったじゃん」


「肉が上がってんだよ、嬢ちゃん。北の街道で何かあったらしい」


 値切りを諦めたリルが、串を三本まとめて受け取って戻ってくる。その途中でも、

 二度ほど声をかけられていた。荷車を押していた老人と、洗い物を抱えた娘。どちらにも、あいつは名前で呼ばれている。寄る辺のなかった頃から、この街はずっと、こいつの街だった。

 俺は財布の口を睨みつけてから、渋々と銅貨を数えた。手のひらに残ったものを見て、思わず、声が出そうになる。二桁だ。かつては動力炉の核を掘り当てた男が、いまは、串焼き三本で唸っている。


「ご主人様」


 ノアが横から、書きつけた紙を、そっと差し出した。


「補給の一覧です。日持ちのする食料、水、動力の予備、それから外套と手袋。北へ向かうなら、いまの装備では足りません。宿代と、鯨号の外板の張り替えも入れてあります」


「張り替え?」


「サーレの光を浴びた側が、薄く焼けています。まだ動けますが、そのままでは長くもちません」


 言われて、俺は、あの真っ白な一撃を思い出した。塔ごと村を薙ぎ払ったあの光の、端をかすっただけであれだ。じかに浴びていたら、俺たちは今ごろ、灰も残っていない。


「いくらだ」


 ノアが紙の端の数字を指した。俺は目を細めた。


「財布の中身の、ざっと十二倍だな」


「はい」


「稼ぐか」


「はい」


「宿は、いつものところでよろしいですか」


「やった!」


 リルが串を振り回して跳ねた。危ないからやめろ。

 二本目にかぶりつきながら、リルが横から、口を挟んだ。


「星滴、売っちゃえば?」


「売れるか。あれは街ひとつ吹き飛ばせる代物だぞ。ボズの爺さんですら、値がつけられんと言って手を振ったんだ」


 あの一粒を売り払えば、たしかに、一生遊んで暮らせる。だが同時に、それを買える相手というのは、この世界にそう多くない。金と人手を無尽蔵に持っていて、旧文明の力を、片端からかき集めている連中。灰色の円に、鍵と歯車。あの紋章が、頭の隅をよぎった。


「まあ、そのあたりも含めて、まずは報告だ」


 俺は串の最後のひと切れを口に放り込んで、丘の上の塔を、見上げた。


 探索者ギルド、アステライア支部。

 両開きの扉を押すと、いつもの喧騒が、押し寄せてきた。奥の酒場からは、昼間だというのに、麦酒と揚げ物の匂いが流れてくる。受付の前には順番待ちの列。掲示板には依頼票が幾重にも貼り重なって、端が、めくれ上がっていた。下水のネズミ退治。隊商の護衛。行方知れずの息子を探してほしいという、震えた字の一枚。

 壁際では、若い探索者の一団が地図を広げて、言い争っていた。そのうちの一人が俺に気づいて、肘で、隣をつつく。ざわりと、その一角だけ声が小さくなった。

 なんてことのない眺めだ。だが、この当たり前を守るために、俺たちはあの村へ行ったのだと思うと、少しだけ息がしやすくなった。

 受付で名を告げると、すぐに、奥へ通された。

 支部長の部屋は、相変わらず紙の山だった。灰色の髪の女が、書類の向こうから、顔を上げる。狼の耳が、こちらを向いてぴくりと動いた。腕の古傷は、袖から半分だけ覗いている。


「戻ったか。半月も音沙汰がないから、どこかで野垂れ死んだかと思ったぞ」


「そっちのほうがよかったかもな。報酬の出ない仕事だった」


 俺は椅子に腰を下ろして、サーレのことを、話した。

 霧の高原の、眠り続ける村。半径のうちで眠れば夢に繋がれること。夢のなかで甦る死者。痩せていく体。たった一人で鈴を鳴らし続けていた娘。塔の中枢と、その中枢が本気で村を幸せにしようとしていたこと。

 そして最後に、光の柱が塔ごと村を薙ぎ払ったこと。

 話し終わるころには、支部長は書類から完全に手を離していた。


「村人は」


「全員生きてる。家は残らなかったがな」


「そうか」


 女はしばらく黙ってから、指で、机を二度叩いた。


「依頼票は出ていない。ギルドとしては、払ってやれる金はない」


「わかってる。勝手に首を突っ込んだんだ」


「だが、記録には残す。塔の名も、位置も、起きたことも全部だ。それから、その娘の名も書いておけ。村を半月保たせたのは、そいつの手柄だろう」


 思わず、俺は口の端を持ち上げた。この人は、こういうところがある。


「支部長。ひとつ訊きたい。北の果てに、天と地を繋ぐ古い塔があるって話を、聞いたことは」


「天の座、とか呼ばれるやつか」


 こちらが驚いた。


「知ってるのか」


「名前だけだ」


「行った者の話は、一度も聞いたことがない。北の山脈から先は、ギルドの地図が白紙だ。あの向こうへ入った隊商は、この三月で三つ。どれも戻っていない」


 三つ。俺は口のなかで、その数を転がした。


「もっとも、そんなものは昔からの話だ。北は昔から人が消える。問題は、そっちじゃない」


 支部長は立ち上がって、机の脇の棚から、紐で括った紙束を、引き抜いた。どさりと、俺の前に置く。


「この三月ぶんの、各地からの異変報告だ。読め」


 束を開いた。

 東の湖のほとりで、水底から灯りが漏れはじめた。西の炭鉱で、掘り当てた扉が内側から開いた。南の漁村では、沖に沈んでいたはずの何かが、夜ごと同じ音を鳴らしている。北の峠道では、道端に埋もれていた石柱が、勝手に立ち上がった。

 どれも、ひと月前までは静かに眠っていたものだ。

 紙をめくる指が、途中で止まった。数が、あまりに多い。


「妙だとは思っていた。だが、こう並べても、意味がわからんかった」


「お前の話を聞いて、ようやく形になった。サーレの塔と同じものが、世界じゅうで目を覚ましかけているんだな」


 答える前に、喉の奥が詰まった。

 俺たちが半月かけて、命がけで一つ止めた。その一つと同じものが、この紙束のなかに、何十と並んでいる。


「で、お前はどうする」


 支部長の声が、上から降ってきた。

 俺は、紙束から目を上げられずにいた。一枚ずつ止めていては、とても間に合わない。ひとつ止めるのに半月かかって、それでも村はひとつ焼けた。この束を全部片づけるころには、朝を迎えられる村が、この世界にいくつ残っているのだろう。


「元から止める」


 やっと、それだけ答えた。

 女はしばらく俺を見ていたが、やがて椅子に腰を下ろして、机の引き出しに手をかけた。


「なら、見せておきたいものがある」

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