表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第04編〈海域〉アビス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/88

第60話 門、開く

 三方から、緑が迫ってくる。

 俺は蔓を斬り続けた。だが、斬った先から、また新しいのが湧いてくる。何本斬っても、きりがない。テオはもう、闇の奥に半分呑まれかけていた。門は、ぶ厚い蔓の壁の向こうだ。歌も効かない。力も届かない。逃げ場が、じりじりと狭まっていく。

 考えろ。考えるんだ。

 息が上がり、汗が目に沁みた。だが、頭の隅で、さっきノアが言った一言が引っかかっていた。

 歌は、命令の“切れ端”だと。

 切れ端ということは、本物の命令が、どこかにちゃんとあるということだ。あの歌は、そのなれの果てにすぎない。長い時のなかで擦り切れて、“襲うな”としか言えなくなった、ぼろぼろの言葉。だが、もっとちゃんとした命令を、こいつに伝えられたら、どうだ。

 “襲うな”じゃない。“そいつを放せ”。“道を空けろ”。そうはっきり命令できたなら。


「ノア!あの板の言葉を使えば、もっと細かい命令が出せるか!」


 すぐ傍らで蔓を払っていたノアが、はっと目を上げた。その黒い瞳の奥が、鋭く光る。


「……できるかもしれません。あの文字は、命令そのもの。ミスラさんの歌は、そのほんの一部です。正しい言葉を、正しい順で、この庭に届けられれば」


「なら、やる! どうすりゃいい!」


「言葉を、庭守に直接ぶつけるのです。ただ口で歌うだけでは届きません。もっと深く。あれのいちばんの芯に、じかに」


 芯に、直接。

 その言葉で、俺は右手に握ったものを思い出した。

 黒鴉だ。旧文明の機械に触れ、その命令を覗き、書き換える鍵。これまで、いくつもの遺跡の“頭”を、こいつで黙らせてきた。庭守が旧文明の造ったものなら、こいつでなら届くはずだ。


「俺があいつの芯に、これを突き立てる。ノア、お前は俺に言葉を教えてくれ。刃を通して、庭守に命令を流し込む」


 我ながら、無茶な賭けだった。あの荒れ狂う庭守の、ど真ん中に飛び込むのだ。だが、ほかに手はもう残っていない。


「リル、ミスラ!道を作ってくれ! なんとしても、俺をあいつの根元まで行かせろ!」


「任せてよ!」


「わかった!精いっぱい、あいつを鈍らせてみせる」


 言うが早いか、ミスラが歌いはじめた。荒ぶる庭守に向かって、あらんかぎりの声を張り上げる。

 効き目は、さっきまでとは比べ物にならないほど薄い。それでも、まったくの無駄ではなかった。歌が届くたびに、庭守の動きが、ほんの一瞬、たしかに鈍る。

 その一瞬を、リルが逃さなかった。

 杖から、細い光が次々と放たれる。かつての、あの薙ぎ払う撃ち方じゃない。一本、また一本と、俺の進む道を塞ぐ蔓だけを、狙って撃ち抜いていく。森を焼く心配のない、狙い澄ました一撃だ。あの力任せだった砲撃が、いつの間にか、こんな芸当を身につけていた。

 ミスラが歌い、リルが撃ち、ノアが払う。三人が、それぞれのやり方で、俺のために道をこじ開けてくれている。ここでしくじるわけには、いかなかった。

 撃ち抜かれた蔓が、ばらばらと崩れ落ちる。そこに、俺一人ぶんの細い道ができた。

 俺は走った。

 歌に鈍り、光に撃ち抜かれた蔓の、その狭い隙間を、身をよじって縫っていく。目指すは、ただ一点。広間の中央で脈打つ、庭守の巨大な幹だ。

 背中に庭守の視線を感じる。だが、振り返る余裕はない。前だけを見て走る。あと少し。あの幹まで、あと少しだ。

 だが、残った蔓が、いっせいに俺めがけて殺到してきた。びゅっと空を裂く音。とっさに身を伏せると、鞭のような一撃が、俺の頭のすぐ上をかすめていった。

 しまった、と思ったその時。

 俺の前に、黒い影が割り込んだ。

 ノアだった。俺を庇うように前へ出て、両手の刃で、迫りくる蔓を片端から払い落としていく。眠り毒の霧の中でも、その舞うような動きは、少しも乱れない。機械の体は、毒も眠りも寄せつけないのだ。


「ご主人様、今のうちに!」


「――おう!」


 ノアが空けた、ほんのわずかな隙間を、俺は駆け抜けた。

 そして、庭守の幹に飛びついた。

 黒鴉を逆手に握りしめる。脈打つ幹の、いちばん深いところにある根へ、渾身の力で突き立てた。

 その瞬間だった。

 刃を通して、俺の頭の中へ、途方もない奔流が流れ込んできた。

 頭の中を、古い命令が洪水みたいに満たしていく。育てろ。増やせ。庭を完成させろ。住人の帰還に備えろ。どれもこれも、壊れて行き場を失った、命令の残骸だった。

 その命令の隙間に、切れ切れの古い記憶が混じっていた。青い空。笑う人々。手入れの行き届いた、美しい庭。壁の絵で見た、あの景色だ。庭守は、それを取り戻そうとしていた。だが、住人は二度と帰ってこなかった。

 その奔流の、いちばん奥。

 そこで、この庭ぜんぶは、たった一人、途方に暮れて立ち尽くしていた。

 誰も帰ってこない庭を、命じられたとおりに育て続けて。一万年。それだけの時を、たった一人で。ずっと、次の指図を待ちながら。だが、誰も、何も、命じてはくれなかった。だから、こいつは、覚えている最後の命令に、ただしがみつくしかなかったのだ。育てろ、と。増やせ、と。

 俺は、思わず奥歯を噛みしめた。

 こいつは、化け物なんかじゃなかった。迷子だ。途方もなく大きな、寂しい迷子なんだ。

 殺すのは、簡単だ。だが、それは違う。こいつが待っていたのは、殺してくれる敵じゃない。導いてくれる庭師だ。だったら、俺がそれになってやる。今だけでも。


「ノア! 言葉を教えてくれ!」


「復唱してください、ご主人様!」


 ノアが叫び、あの古い言葉を口にした。俺には意味のわからない、けれど、ミスラの歌とどこか同じ響きを持った旋律を。

 俺は、それを必死になぞった。刃を通して、庭守の芯の、いちばん深くへ送り込む。

 我、庭師なり。

 なぜだろう。口にした瞬間、その言葉の意味が、はっきりとわかった。刃を伝って、意味そのものが、俺の中へ流れ込んでくる。

 園を預かる者、帰還せり。手入れを引き継ぐ者、ここにあり。ゆえに、道を空けよ。

 庭守の動きが、止まった。

 真っ赤に燃えていた頭の光が、ゆっくりと色を変えていく。赤が橙になり、橙が淡い緑に変わる。荒れ狂っていた無数の蔓が、張り詰めた糸がふっと緩むように、力を失っていった。

 そして、庭守が俺を見た。いや、俺たちみんなを。

 その“目”に、もう敵意はなかった。ずっと待ち続けていた何かを、ようやく見つけた。そんな静かな光が、そこには灯っていた。

 次の瞬間、テオを締め上げていた蔓が、ふっと緩んだ。

 だらりとしたテオの体が、大事な苗でも扱うように、蔓の手でそっと地面へ下ろされる。気を失ってはいるが、その胸は、たしかに上下していた。息がある。生きている。あの繭に変えられる、寸前で。


「テオ!」


 テオは、ぐったりしたまま動かない。だが、ミスラが呼びかけると、その瞼がかすかに震えた。生きている。ミスラの目に、ほっと涙がにじんだ。

 そして、庭守が動いた。今度は、俺たちを襲うためじゃない。

 その山のような巨体が、ゆっくりと脇へ退いていく。固く閉ざした門の前を、明け渡すように。一万年ものあいだ守り続けてきた、その門を。まるで、長いこと待ちわびた主を、迎え入れるように。

 ずずん、と、腹に響く重い音がした。

 誰も触れていないのに、固く閉ざされていた巨大な扉が、ひとりでに開きはじめる。その隙間から、目もくらむほどのまばゆい光が溢れ出した。

 その光の奥に、脈打つ大きな影があった。都市の心臓だ。この庭ぜんぶを生かし、そして狂わせている、本当の“何か”。


 ヴィリディス。


 ふいに、その名が頭に浮かんだ。ノアが教えたわけじゃない。刃を通して、庭守の記憶から流れ込んできた名だ。名前があるということは、こいつにも、そう呼んで大切にしてくれた者が、いた頃があったということだ。

 俺は幹から黒鴉を引き抜き、深く息を吐き出した。全身が、汗でぐっしょり濡れている。

 だが、やった。道は、開いた。

 開け放たれた門の、その奥へ、俺たちは足を踏み出す。

 庭守は、もう動かない。ただ静かに、俺たちを見送っている。あいつは、最初から敵なんかじゃなかった。ただ、庭師の帰りを信じて待ち続けていた、忠実な門番。それだけのことだったのだ。


「行くぞ」


 俺はみんなを見た。ノアも、リルも、ミスラも、力強く頷く。気を失ったテオは、ミスラが背に負った。


「クロウ、今の、かっこよかった」


 照れくさい。俺は鼻を鳴らした。だが悪い気はしなかった。こんな時に軽口を叩けるのは、こいつのおかげだ。

 都市の心臓は、もうすぐそこだ。この長い長い緑の墓所の、いちばん奥。

 あの奥に、この森を狂わせた元凶がいる。だが、たぶん、それも庭守と同じだ。悪意なんてない。ただ壊れて、止まれなくなっただけの、哀れな何か。ならば、やることは決まっている。止めるんじゃない。もう一度、正しく動かしてやる。庭師として。

 俺は光の中へ、大きく一歩を踏み込んだ。

 庭師のいない庭に、ようやく、庭師が帰ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ