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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第01編〈沈黙の管制塔〉アガートラ

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第05話 鉄の番人

 ウォッチドッグを蹴散らしてから、俺たちはさらに上を目指した。

 下の階は、もう、めぼしいものは残っちゃいなかった。長い年月のあいだに、ハンターどもが漁り尽くしたんだろう。床も棚も引っかき回されたあとだらけだ。

 上に行くにつれて拾えるものも少しは出てきた。といっても、どれもたかが知れてる。直せば使えそうな部品、状態のいい配線、用途のわからない小物。まとめて売れば、しばらくの食い扶持くらいにはなる。その程度だ。

 リルが棚の奥から、手のひらほどの遺物を引っ張り出して、目を輝かせた。


「お、これ状態いいね。そこそこの値はつくよ」


「ま、小遣い稼ぎにはなるな」


「ふふ。塵も積もれば、ってやつ」


 もっとも、ほんとに値の張る遺物なんてのは、こんな半端な場所には転がってない。そういうのは、まだ誰も踏み込んでない遺跡か、踏破されたためしのない最深部に、ひっそり眠ってるもんだ。命を捨てる覚悟がなけりゃ、たどり着けやしない。

 それに、俺たちの目的は、宝探しじゃない。塔を黙らせることだ。小金はついでで十分さ。

 問題は上がるほど空気がおかしくなっていったことだ。

 探査珠の画面は、もう砂嵐みたいに真っ白だった。地形も敵の反応も、何も映らない。耳に当ててた通信機も、ざあざあと雑音を吐くばかりで、とっくに使い物にならない。


「完全に死んだな、文明の利器」


「ええ。ここから先は、目と勘だけです」


 ノアが答える。その声がほんの少し遅れた。


 さっきから、ノアの様子がよくなかった。

 歩きながら時々足が止まる。何かに聞き入るみたいに宙を見てそれからはっと、我に返る。額に汗が浮いてた。機械のくせに汗をかくのか、と思ったけどたぶん汗じゃない。冷却の何かだ。


「ノア。やっぱり、お前きついんじゃないか」


「平気、ですよ。少し頭の中に知らない声が混ざるくらいで」


「知らない、声?」


「ええ。何か、命令のようなものが。遠くから、ずっと。気にしないでください」


 気にするな、と言われて、気にしないわけがないだろ。

 俺はノアの顔を、横からうかがった。いつものやわらかい笑み。だけど、その目の奥が、時々すうっと焦点をなくす。

 嫌な予感がする。

 リルも気づいていた。さりげなく、ノアの隣に位置を変えてる。何かあったら、すぐ支えられるように。口では呑気なことを言うくせに、こういうところは抜け目がない。


「ノアさん、無理しないでね。やばかったら言って」


「ふふ。ありがとう。でも平気ですよ」


 平気、平気と、ノアは繰り返す。その繰り返しが、かえって危うく聞こえた。

 俺は表向きいつも通りに軽口を叩いた。ノアを不安がらせたくなかった。


 十二階のだだっ広いフロアで、先客に出くわした。

 五、六人のハンターの一団。床に這いつくばって、壁の遺物を片端から引き剥がしてる。リーダーらしい髭面の男が、こっちに気づいて、じろりと見た。


「なんだ、てめえら。商会の手の者か?」


「いや。ギルドの依頼で、塔を鎮めに来た」


 そう言った途端、男たちの空気が変わった。


「鎮める、だぁ?」


 髭面が立ち上がる。


「冗談じゃねえ。この塔は宝の山だぞ。お宝が湧いて出る、打ち出の小槌だ。それを止めるだと?とんでもねえ話だ」


「お宝のついでに、外じゃ街が焼かれてるんだがな」


「知ったことか。俺たちは商会に雇われて、ここで稼いでる。塔が静かになったら、おまんまの食い上げだ。邪魔するなら――」


 髭面が、腰の銃に手をかけた。

 リルが、すっと前に出る。さっきまでの笑顔が消えていた。


「やめときなよ。あたしたち、けっこう強いよ」


 静かな声だった。けど、それだけで空気がぴんと張りつめる。髭面はリルの目を見て、それから舌打ちして、手を引いた。


「ちっ。好きにしろ。だが覚えとけ。塔を止めて得するのは、ギルドと、お貴族様だけだ。俺たちみたいなのは干上がるんだよ」


 男たちは、遺物を抱えて、別の階段へ消えていった。

 力で片付く話じゃない。あいつらには、あいつらの暮らしがある。俺は後味の悪さを、飲み込んだ。


 異変は、その直後だった。

 フロアの奥の暗がりが動いた。

 地響き。重い金属の足音。出てきたのは、でかかった。家くらいある。四本の腕。胴の真ん中で、赤い複眼がぎらついてる。〈ヘヴィ・センチネル〉。人形坑で一度やったやつの、同類だ。

 あのときは、一人で軽く片付けた。けど、今は。


「来るぞ!散れ!」


 四本の回転刃が、まとめて降ってくる。三人ばらばらに飛んで避けた。リルが即座に光弾を撃ち込む。俺は横から〈黒鴉〉で、腕の一本を断ちにかかった。

 ノアも刃を抜いて踏み込んだ――その瞬間だった。

 ノアの動きが、止まった。

 ヘヴィ・センチネルの巨大な腕が、ノアの真上から振り下ろされる。なのにノアは避けない。棒立ちのまま、虚ろな目で宙を見てる。


「ノア!」


 考えるより先に、体が動いた。地を蹴って、ノアの体を突き飛ばす。間一髪だった。鉄の腕が、さっきまでノアのいた床を叩き割る。破片が頬を切った。


「あ……ご主人様?」


 ノアが我に返る。突き飛ばされて尻もちをついたまま、目を丸くしてた。状況が飲み込めてない顔だ。


「あとで説明する!今は下がってろ!」


 俺は立ち上がりざま、ヘヴィ・センチネルに向き直った。


 ノアが戦力外だ。だったら、二人でやるしかない。


「リル!派手にやれ!」


「言われなくても!」


 リルの目が据わってた。あの戦女神の目だ。両手の杖に、ありったけの光をためていく。


「足、止めるね。――そこっ!」


 光の砲弾が、ヘヴィ・センチネルの片脚を根元から吹き飛ばした。巨体が傾ぐ。その隙に、俺が懐へ潜り込む。落とせる腕を、片端から落としていく。一本、二本。最後の一本が、俺を潰そうと迫った。


「させない!」


 リルの光弾が、その腕を横から撃ち抜く。動きが止まる。

 俺は跳んだ。複眼のど真ん中に、〈黒鴉〉の刃を突き立てる。

 ヘヴィ・センチネルが、断末魔みたいな低い音を立てて崩れ落ちた。


 肩で息をする。

 危なかった。一人なら、どうってことのない相手だ。でも、仲間を庇いながらだと、勝手が違う。ましてや、その仲間がいつああなるか分からないとなると、なおさらだ。

 ノアは、壁にもたれて座ってた。膝の上で、手を握りしめてる。さっきの放心が嘘みたいに、今ははっきりした目で俺を見上げた。けど、その顔には、初めて見る怯えの色があった。


「ごめんなさい。わたし、邪魔になってしまって」


「謝るな。お前のせいじゃない」


 俺は、ノアの隣にしゃがんだ。


「この塔の電波だろ。お前をおかしくしてるのは」


「たぶん。さっきの一瞬、わたし、自分が誰だか分からなくなって。何か大きなものに、手を引かれるみたいで」


 ノアの声が震えてた。あの、何があっても動じないノアが、だ。

 これ以上、上へ行くのはまずい。

 上がるほど、電波は強くなる。ノアが保たない。かといって、湧いてくるオートマタを、ここで延々相手にし続けるわけにもいかない。

 行き詰まった。

 そのときだ。リルが、フロアの隅で声を上げた。


「ね、ちょっと来て!これ、まだ生きてるみたい」


 壁際の、古い端末だった。割れた画面が明滅しながら、かろうじて文字を吐き出してる。旧文明の文字だ。


「読めるか、ノア」


「……少しなら」


 ノアが、画面に手をかざす。指先が震えてた。たどたどしく、それを訳していく。


「これは、この塔の運用記録です。最後に出された命令は、一万年前――大崩壊の、その日のもの」


「何て書いてある」


「『ネットワーク防衛プロトコル、発動』。『全区画、敵性勢力の侵入を確認』。『迎撃を継続せよ』。この命令を最後に、塔の心臓はずっと眠っていたようです。電力を絞った、待機状態で」


「眠ってた?じゃあ、今まで塔が静かだったのは」


「ええ。心臓がほとんど止まっていたから、塔は無害でした。だからこそ、これまで大勢のハンターが、たいした危険もなく、下の階を漁ってこられたんです」


 なるほど。道理で、下層はあんなに綺麗に荒らされてたわけだ。


「で、何が変わった」


「ここです。三月ほど前――何かのきっかけで、心臓メイン・フレームが、再起動しています」


 ノアの指が、明滅する一行を、なぞった。

「目を覚ました心臓メイン・フレームは、一万年前の最後の命令を、そっくりそのまま、また実行し始めた。『迎撃を継続せよ』。だから今ごろになって、オートマタが湧き出して、外の街を襲い始めたんです」


 三月前。支部長が言ってた、オートマタが暴れ出した時期と、ぴたり重なる。

 長いこと死んだふりをしてた機械が、つい最近寝ぼけたまま目を覚まして――一万年前の戦争を、また勝手に始めた。


「……何だってまた、今さら目を覚ましたんだ」


「分かりません。それを知るには、心臓のところまで降りてみないと」


 上の宝じゃない。止めるべきものは、地下にある。

 たった一人でとっくに終わった戦争を、続けているなんて律儀すぎていっそ哀れに思えた。


「かわいそうに」


 ノアが、ぽつりと言った。獣のときと、同じ顔だった。自分も機械だからか、ノアは時々こういう連中にやさしい。


 俺は立ち上がった。


「決まりだな。上じゃない。降りるぞ、地下へ」


 リルは杖を肩に担いで、振り返る。


「よし、行こ!大元をぶっ叩いて、黙らせてやる。話はそれからね」


 俺たちは、塔の底へ降りていった。

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