第05話 鉄の番人
ウォッチドッグを蹴散らしてから、俺たちはさらに上を目指した。
下の階は、もう、めぼしいものは残っちゃいなかった。長い年月のあいだに、ハンターどもが漁り尽くしたんだろう。床も棚も引っかき回されたあとだらけだ。
上に行くにつれて拾えるものも少しは出てきた。といっても、どれもたかが知れてる。直せば使えそうな部品、状態のいい配線、用途のわからない小物。まとめて売れば、しばらくの食い扶持くらいにはなる。その程度だ。
リルが棚の奥から、手のひらほどの遺物を引っ張り出して、目を輝かせた。
「お、これ状態いいね。そこそこの値はつくよ」
「ま、小遣い稼ぎにはなるな」
「ふふ。塵も積もれば、ってやつ」
もっとも、ほんとに値の張る遺物なんてのは、こんな半端な場所には転がってない。そういうのは、まだ誰も踏み込んでない遺跡か、踏破されたためしのない最深部に、ひっそり眠ってるもんだ。命を捨てる覚悟がなけりゃ、たどり着けやしない。
それに、俺たちの目的は、宝探しじゃない。塔を黙らせることだ。小金はついでで十分さ。
問題は上がるほど空気がおかしくなっていったことだ。
探査珠の画面は、もう砂嵐みたいに真っ白だった。地形も敵の反応も、何も映らない。耳に当ててた通信機も、ざあざあと雑音を吐くばかりで、とっくに使い物にならない。
「完全に死んだな、文明の利器」
「ええ。ここから先は、目と勘だけです」
ノアが答える。その声がほんの少し遅れた。
さっきから、ノアの様子がよくなかった。
歩きながら時々足が止まる。何かに聞き入るみたいに宙を見てそれからはっと、我に返る。額に汗が浮いてた。機械のくせに汗をかくのか、と思ったけどたぶん汗じゃない。冷却の何かだ。
「ノア。やっぱり、お前きついんじゃないか」
「平気、ですよ。少し頭の中に知らない声が混ざるくらいで」
「知らない、声?」
「ええ。何か、命令のようなものが。遠くから、ずっと。気にしないでください」
気にするな、と言われて、気にしないわけがないだろ。
俺はノアの顔を、横からうかがった。いつものやわらかい笑み。だけど、その目の奥が、時々すうっと焦点をなくす。
嫌な予感がする。
リルも気づいていた。さりげなく、ノアの隣に位置を変えてる。何かあったら、すぐ支えられるように。口では呑気なことを言うくせに、こういうところは抜け目がない。
「ノアさん、無理しないでね。やばかったら言って」
「ふふ。ありがとう。でも平気ですよ」
平気、平気と、ノアは繰り返す。その繰り返しが、かえって危うく聞こえた。
俺は表向きいつも通りに軽口を叩いた。ノアを不安がらせたくなかった。
十二階のだだっ広いフロアで、先客に出くわした。
五、六人のハンターの一団。床に這いつくばって、壁の遺物を片端から引き剥がしてる。リーダーらしい髭面の男が、こっちに気づいて、じろりと見た。
「なんだ、てめえら。商会の手の者か?」
「いや。ギルドの依頼で、塔を鎮めに来た」
そう言った途端、男たちの空気が変わった。
「鎮める、だぁ?」
髭面が立ち上がる。
「冗談じゃねえ。この塔は宝の山だぞ。お宝が湧いて出る、打ち出の小槌だ。それを止めるだと?とんでもねえ話だ」
「お宝のついでに、外じゃ街が焼かれてるんだがな」
「知ったことか。俺たちは商会に雇われて、ここで稼いでる。塔が静かになったら、おまんまの食い上げだ。邪魔するなら――」
髭面が、腰の銃に手をかけた。
リルが、すっと前に出る。さっきまでの笑顔が消えていた。
「やめときなよ。あたしたち、けっこう強いよ」
静かな声だった。けど、それだけで空気がぴんと張りつめる。髭面はリルの目を見て、それから舌打ちして、手を引いた。
「ちっ。好きにしろ。だが覚えとけ。塔を止めて得するのは、ギルドと、お貴族様だけだ。俺たちみたいなのは干上がるんだよ」
男たちは、遺物を抱えて、別の階段へ消えていった。
力で片付く話じゃない。あいつらには、あいつらの暮らしがある。俺は後味の悪さを、飲み込んだ。
異変は、その直後だった。
フロアの奥の暗がりが動いた。
地響き。重い金属の足音。出てきたのは、でかかった。家くらいある。四本の腕。胴の真ん中で、赤い複眼がぎらついてる。〈ヘヴィ・センチネル〉。人形坑で一度やったやつの、同類だ。
あのときは、一人で軽く片付けた。けど、今は。
「来るぞ!散れ!」
四本の回転刃が、まとめて降ってくる。三人ばらばらに飛んで避けた。リルが即座に光弾を撃ち込む。俺は横から〈黒鴉〉で、腕の一本を断ちにかかった。
ノアも刃を抜いて踏み込んだ――その瞬間だった。
ノアの動きが、止まった。
ヘヴィ・センチネルの巨大な腕が、ノアの真上から振り下ろされる。なのにノアは避けない。棒立ちのまま、虚ろな目で宙を見てる。
「ノア!」
考えるより先に、体が動いた。地を蹴って、ノアの体を突き飛ばす。間一髪だった。鉄の腕が、さっきまでノアのいた床を叩き割る。破片が頬を切った。
「あ……ご主人様?」
ノアが我に返る。突き飛ばされて尻もちをついたまま、目を丸くしてた。状況が飲み込めてない顔だ。
「あとで説明する!今は下がってろ!」
俺は立ち上がりざま、ヘヴィ・センチネルに向き直った。
ノアが戦力外だ。だったら、二人でやるしかない。
「リル!派手にやれ!」
「言われなくても!」
リルの目が据わってた。あの戦女神の目だ。両手の杖に、ありったけの光をためていく。
「足、止めるね。――そこっ!」
光の砲弾が、ヘヴィ・センチネルの片脚を根元から吹き飛ばした。巨体が傾ぐ。その隙に、俺が懐へ潜り込む。落とせる腕を、片端から落としていく。一本、二本。最後の一本が、俺を潰そうと迫った。
「させない!」
リルの光弾が、その腕を横から撃ち抜く。動きが止まる。
俺は跳んだ。複眼のど真ん中に、〈黒鴉〉の刃を突き立てる。
ヘヴィ・センチネルが、断末魔みたいな低い音を立てて崩れ落ちた。
肩で息をする。
危なかった。一人なら、どうってことのない相手だ。でも、仲間を庇いながらだと、勝手が違う。ましてや、その仲間がいつああなるか分からないとなると、なおさらだ。
ノアは、壁にもたれて座ってた。膝の上で、手を握りしめてる。さっきの放心が嘘みたいに、今ははっきりした目で俺を見上げた。けど、その顔には、初めて見る怯えの色があった。
「ごめんなさい。わたし、邪魔になってしまって」
「謝るな。お前のせいじゃない」
俺は、ノアの隣にしゃがんだ。
「この塔の電波だろ。お前をおかしくしてるのは」
「たぶん。さっきの一瞬、わたし、自分が誰だか分からなくなって。何か大きなものに、手を引かれるみたいで」
ノアの声が震えてた。あの、何があっても動じないノアが、だ。
これ以上、上へ行くのはまずい。
上がるほど、電波は強くなる。ノアが保たない。かといって、湧いてくるオートマタを、ここで延々相手にし続けるわけにもいかない。
行き詰まった。
そのときだ。リルが、フロアの隅で声を上げた。
「ね、ちょっと来て!これ、まだ生きてるみたい」
壁際の、古い端末だった。割れた画面が明滅しながら、かろうじて文字を吐き出してる。旧文明の文字だ。
「読めるか、ノア」
「……少しなら」
ノアが、画面に手をかざす。指先が震えてた。たどたどしく、それを訳していく。
「これは、この塔の運用記録です。最後に出された命令は、一万年前――大崩壊の、その日のもの」
「何て書いてある」
「『ネットワーク防衛プロトコル、発動』。『全区画、敵性勢力の侵入を確認』。『迎撃を継続せよ』。この命令を最後に、塔の心臓はずっと眠っていたようです。電力を絞った、待機状態で」
「眠ってた?じゃあ、今まで塔が静かだったのは」
「ええ。心臓がほとんど止まっていたから、塔は無害でした。だからこそ、これまで大勢のハンターが、たいした危険もなく、下の階を漁ってこられたんです」
なるほど。道理で、下層はあんなに綺麗に荒らされてたわけだ。
「で、何が変わった」
「ここです。三月ほど前――何かのきっかけで、心臓が、再起動しています」
ノアの指が、明滅する一行を、なぞった。
「目を覚ました心臓は、一万年前の最後の命令を、そっくりそのまま、また実行し始めた。『迎撃を継続せよ』。だから今ごろになって、オートマタが湧き出して、外の街を襲い始めたんです」
三月前。支部長が言ってた、オートマタが暴れ出した時期と、ぴたり重なる。
長いこと死んだふりをしてた機械が、つい最近寝ぼけたまま目を覚まして――一万年前の戦争を、また勝手に始めた。
「……何だってまた、今さら目を覚ましたんだ」
「分かりません。それを知るには、心臓のところまで降りてみないと」
上の宝じゃない。止めるべきものは、地下にある。
たった一人でとっくに終わった戦争を、続けているなんて律儀すぎていっそ哀れに思えた。
「かわいそうに」
ノアが、ぽつりと言った。獣のときと、同じ顔だった。自分も機械だからか、ノアは時々こういう連中にやさしい。
俺は立ち上がった。
「決まりだな。上じゃない。降りるぞ、地下へ」
リルは杖を肩に担いで、振り返る。
「よし、行こ!大元をぶっ叩いて、黙らせてやる。話はそれからね」
俺たちは、塔の底へ降りていった。




