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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第01編〈沈黙の管制塔〉アガートラ

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第04話 沈黙の塔

 翌朝。リルに叩き起こされた。

 宿の扉をどんどん叩く音で、目が覚めた。出てみたら、もう身支度を終えたリルがにこにこ立ってる。元気なやつだ、ほんと。


「おはよ!ギルド行こ。アガートラのこと、支部長に話を通しておいたから」


「話が早いな」


 ノアは、もう起きてて、俺の上着の埃をぱっぱと払ってた。


 アステライアのギルド支部は、ヴェルクのそれとは桁が違った。

 でかい吹き抜けの広間に、ハンターがごった返してる。壁一面の依頼票。掲示板の前では、怒鳴り合いに近い交渉。受付に並ぶ列だけで、十人はいる。

 その奥の、一段高い部屋に、支部長はいた。

 女だった。獣人の。背が高い。俺より、頭半分は上だ。灰色の髪に、頭の上でぴんと立った狼みたいな耳。鋭い目。片方の腕に、古い傷の痕が何本も走ってる。一目で、ただの事務方じゃないと分かった。元は、相当やったクチだ。


「あんたがクロウね。リルから聞いてる」


 支部長は、椅子に深く座ったままこっちを値踏みするみたいに見た。それから、ノアを見てほんの少し目を細める。


「ずいぶん珍しい連れが、いるじゃないか」


「世話焼きのメイドだ。気にしないでくれ」


 ノアがにっこり会釈する。支部長はそれ以上は突っ込まなかった。喋らないが、何かに気づいた目だ。さすがと言うべきか。


「単刀直入に言う。アガートラを鎮めてほしい」


 支部長は、机に一枚の地図を広げた。街外れの塔の周辺図だ。赤い印が、点々と打ってある。


「ここ3か月ばかり、塔からオートマタが湧いて出るようになった。昨日、街の門で暴れたのもその一体だ。外縁の集落が、もう三つばかり焼かれてる。避難民が街に流れ込んで、てんやわんやだよ」


「物騒だな」


「物騒で済めばいい。あの塔は、東西の交易路の近くに立ってる。あそこをオートマタがうろつくようになったら、隊商は通れない。交易が止まれば、この街は半年で干上がってしまう」


 支部長が、机を、こつこつと指で叩いた。


「湧いてくるのを片端から潰してもらうだけでも助かる。だが、それじゃもぐら叩きだ。できるなら、湧いてくる大元を止めてほしい。塔のいちばん奥にあるはずの、心臓ってやつをね」


 大元。塔の心臓。

 話がでかくなってきたな。

 ちなみに、と俺は訊いてみた。


「これまで、誰もその心臓ってのに、たどり着いてないのか?」


「何組も潜ったよ」支部長は短く言った。「腕利きもいたが、上の階の電磁障

 害ではぐれて、迷って。半分も戻ってこない。戻ってきた連中も、口を揃えて言うのさ。『あの塔は静かすぎて、おかしくなる』ってね」


 静かすぎて、おかしくなる。

 なんとも、嫌な言い回しだ。


「ま、簡単じゃないのは分かってる。報酬は弾むよ。それと、ひとつ言っておくとね」


 支部長は、少し声を落とした。


「商会の連中は、塔を“宝の山”だと思ってる。鎮められちゃ困る、って手合いもいる。塔を《《神の遺産》》だと崇めて、手を出すなと騒ぐ一派もね。あんたらが動けば、面白く思わない奴も出てくる。そこは、覚えておきな」


 力で叩けば済む話じゃない、ってことか。面倒な街だ。

 支部長は、最後にリルを見た。


「リル。あんたも行くのかい」


「うん!あたし、こういうの得意だし」


「……無茶は、するんじゃないよ」


 その言い方に、ほんの少し引っかかるものがあった。ただの心配にしては、なんだか含みがある。支部長は、リルの胸元の鍵をちらと見た気がした。けど、それ以上は何も言わなかった。


 塔は、街の外れに立っていた。

 いや、立っているなんてもんじゃない。

 空に、刺さっていた。

 てっぺんが、見えない。雲を突き抜けてる。継ぎ目のない、灰色の、馬鹿みたいに高い塔。沈黙の管制塔アガートラ。昔は大陸じゅうの物の流れをここで束ねていたんだと、ノアが言った。

 近づくと、嫌でも気づくことがある。

 静かなんだ。

 これだけでかい機械の塊が不気味なくらいしんとしてる。風の音しかしない。なのに――耳をすますと、足の裏に、微かな振動が伝わってくる。地の底で、何かが低く脈打ってるみたいな。死んだふりをした、でかい獣の心臓の音みたいに。


「生きてる、って感じだな。こいつ」


「ええ。眠ってはいません。たぶん、ずっと動いています」


 ノアが塔を見上げて、ぽつりと言った。


 塔のふもとには粗末な天幕が、いくつも張られていた。

 避難民だ。オートマタに集落を焼かれて、行き場をなくした連中。子どもを抱えた女が、こっちをすがるような目で見てた。リルが足を止めて近くにいた老人に何か声をかけてる。「大丈夫だよ、あたしたちがなんとかするから」って。柄にもなく、胸がちくりとした。

 と、その天幕の陰から、痩せた男が、ふらりと出てきた。


「やめておけ」


 ぎょろりとした目で、俺たちを睨む。


「あの塔は、神の遺産だ。罰当たりどもが。手を出せば、災いがもっと降りかかるぞ」


 男は、それだけ言うと、塔に向かって何やら拝み始めた。


「……信心深いことだな」


「ああいう人も、いるんだよ」


 リルが肩をすくめた。


「塔のおかげで食えてる、って人もいるしね。みんながみんな、鎮めてほしいわけじゃないの」


 支部長の言ってた通りだ。力で、すぱっと、とはいかない。

 俺は、避難民の天幕をもう一度だけ振り返って、塔へ向き直った。


 塔の根元のぽっかり空いた入口から中へ入った。

 外の静けさが嘘みたいに、内側は広かった。吹き抜けの大広間。何百年分かの埃。崩れたエスカレーター。ところどころに、古い遺物が無造作に転がってる。拾えば、少しは値がつきそうなやつだ。リルが、目を輝かせた。


「見て見て!上に行くほどいいのが落ちてるはずだよ!」


「物騒な塔の物騒な宝探しってわけか」


 俺は手元の探査珠を起動した。地形と、敵の反応を映してくれる便利な遺物だ。が。画面が、ざらついた。表示が、ちらちら乱れてる。


「あれ。調子、悪いな」


「電磁障害です」


 ノアが言った。


「上の階ほど、強くなります。端末も、通信も、探査も――この塔の中では、だんだん使えなくなっていきます。最後は、自分の目と耳だけが頼りになります」


「うへえ。文明の利器が台無しだ」


 まあ、こういう遺跡もある。腹をくくるしかない。

 崩れた階段を上へ上へと登っていく。

 階が上がるごとに捨て置かれた遺物は、確かに上等になっていった。リルが、めぼしいのをひょいひょい拾って腰の袋に放り込む。手慣れたもんだ。


「リル、おここ何回も来てるって言ってたな」


「うん。でも、いつも五階くらいで引き返してた。それより上は、一人だときつくてさ」


 ノアは無言で周りを見回してた。さっきから、口数が少ない。


「ノア、平気か?」


「ええ。少し頭の奥がざわつくくらいで。平気ですよ」


 平気、と言うわりに、その声がいつもよりほんの少し硬かった。


 異変は、三つ目の階を上がった踊り場で起きた。

 天井の暗がりで、かちりと音がした。赤い光がひとつ、ふたつと灯る。

 それが、降ってきた。

 犬くらいの、四つ足の機械。背中に、丸い砲口。塔の番犬ウォッチドッグだ。一体、二体――いや、もっといる。暗がりの奥で、次々と赤い目が灯っていく。


「お出ましか」


「あたし、左いくね!」


 リルは、もう駆け出してる。杖を構えて、光弾を立て続けに撃ち込む。一体、二体。正確に頭の砲口を潰していく。容赦がない。

 俺も、右へ。〈黒鴉〉を抜いて、飛びかかってきた一体を、真っ二つ。返す刃で、もう一体の足を薙ぐ。ノアは、俺たちの背中を守るように立って、回り込もうとした個体を銀の刃で的確に始末してた。

 三人。連携は、思ったより、いい。

 最後の一体を、リルの光弾が撃ち抜いて――踊り場が静かになった。


「よし、こんなもんかな」


 リルが、額の汗を拭って、にっと笑う。さっきまでの鋭い顔が、もういつもの調子に戻ってる。

 ほんと、器用なやつだ。


 だが、突然ノアの様子がおかしくなった。

 刃をしまおうとして――その手が、止まってる。指先が小刻みに震えてた。視線がどこでもない一点を見てる。いつものやわらかい笑みが、すうっと抜け落ちて。


「ノア?」


 声をかけても、反応がない。


「おい、ノア。どうした」


 肩に手を置く。びくっと、ノアの体が跳ねた。それから、瞬きを何度かして。ゆっくり、こっちに焦点が戻ってくる。


「……あら。ごめんなさい。少し、ぼうっとしてしまって」


「ぼうっと、って。お前、本当に大丈夫か?」


「ええ。そうですね、たぶんこの党の電波が強いんです」


 ノアは、笑ってごまかすみたいに刃をしまった。けど、その笑みの端が、ほんの少し強張ってた。

 電磁障害は、端末を狂わせる。

 だったら、旧文明の機械であるこいつには、どう響くんだ。

 その答えを、俺はまだ知らない。

 塔は、相変わらずしんと静まり返ってた。ずっと上の階の暗がりで、また赤い光が、ひとつ灯った気がした。


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