第04話 沈黙の塔
翌朝。リルに叩き起こされた。
宿の扉をどんどん叩く音で、目が覚めた。出てみたら、もう身支度を終えたリルがにこにこ立ってる。元気なやつだ、ほんと。
「おはよ!ギルド行こ。アガートラのこと、支部長に話を通しておいたから」
「話が早いな」
ノアは、もう起きてて、俺の上着の埃をぱっぱと払ってた。
アステライアのギルド支部は、ヴェルクのそれとは桁が違った。
でかい吹き抜けの広間に、ハンターがごった返してる。壁一面の依頼票。掲示板の前では、怒鳴り合いに近い交渉。受付に並ぶ列だけで、十人はいる。
その奥の、一段高い部屋に、支部長はいた。
女だった。獣人の。背が高い。俺より、頭半分は上だ。灰色の髪に、頭の上でぴんと立った狼みたいな耳。鋭い目。片方の腕に、古い傷の痕が何本も走ってる。一目で、ただの事務方じゃないと分かった。元は、相当やったクチだ。
「あんたがクロウね。リルから聞いてる」
支部長は、椅子に深く座ったままこっちを値踏みするみたいに見た。それから、ノアを見てほんの少し目を細める。
「ずいぶん珍しい連れが、いるじゃないか」
「世話焼きのメイドだ。気にしないでくれ」
ノアがにっこり会釈する。支部長はそれ以上は突っ込まなかった。喋らないが、何かに気づいた目だ。さすがと言うべきか。
「単刀直入に言う。アガートラを鎮めてほしい」
支部長は、机に一枚の地図を広げた。街外れの塔の周辺図だ。赤い印が、点々と打ってある。
「ここ3か月ばかり、塔からオートマタが湧いて出るようになった。昨日、街の門で暴れたのもその一体だ。外縁の集落が、もう三つばかり焼かれてる。避難民が街に流れ込んで、てんやわんやだよ」
「物騒だな」
「物騒で済めばいい。あの塔は、東西の交易路の近くに立ってる。あそこをオートマタがうろつくようになったら、隊商は通れない。交易が止まれば、この街は半年で干上がってしまう」
支部長が、机を、こつこつと指で叩いた。
「湧いてくるのを片端から潰してもらうだけでも助かる。だが、それじゃもぐら叩きだ。できるなら、湧いてくる大元を止めてほしい。塔のいちばん奥にあるはずの、心臓ってやつをね」
大元。塔の心臓。
話がでかくなってきたな。
ちなみに、と俺は訊いてみた。
「これまで、誰もその心臓ってのに、たどり着いてないのか?」
「何組も潜ったよ」支部長は短く言った。「腕利きもいたが、上の階の電磁障
害ではぐれて、迷って。半分も戻ってこない。戻ってきた連中も、口を揃えて言うのさ。『あの塔は静かすぎて、おかしくなる』ってね」
静かすぎて、おかしくなる。
なんとも、嫌な言い回しだ。
「ま、簡単じゃないのは分かってる。報酬は弾むよ。それと、ひとつ言っておくとね」
支部長は、少し声を落とした。
「商会の連中は、塔を“宝の山”だと思ってる。鎮められちゃ困る、って手合いもいる。塔を《《神の遺産》》だと崇めて、手を出すなと騒ぐ一派もね。あんたらが動けば、面白く思わない奴も出てくる。そこは、覚えておきな」
力で叩けば済む話じゃない、ってことか。面倒な街だ。
支部長は、最後にリルを見た。
「リル。あんたも行くのかい」
「うん!あたし、こういうの得意だし」
「……無茶は、するんじゃないよ」
その言い方に、ほんの少し引っかかるものがあった。ただの心配にしては、なんだか含みがある。支部長は、リルの胸元の鍵をちらと見た気がした。けど、それ以上は何も言わなかった。
塔は、街の外れに立っていた。
いや、立っているなんてもんじゃない。
空に、刺さっていた。
てっぺんが、見えない。雲を突き抜けてる。継ぎ目のない、灰色の、馬鹿みたいに高い塔。沈黙の管制塔。昔は大陸じゅうの物の流れをここで束ねていたんだと、ノアが言った。
近づくと、嫌でも気づくことがある。
静かなんだ。
これだけでかい機械の塊が不気味なくらいしんとしてる。風の音しかしない。なのに――耳をすますと、足の裏に、微かな振動が伝わってくる。地の底で、何かが低く脈打ってるみたいな。死んだふりをした、でかい獣の心臓の音みたいに。
「生きてる、って感じだな。こいつ」
「ええ。眠ってはいません。たぶん、ずっと動いています」
ノアが塔を見上げて、ぽつりと言った。
塔のふもとには粗末な天幕が、いくつも張られていた。
避難民だ。オートマタに集落を焼かれて、行き場をなくした連中。子どもを抱えた女が、こっちをすがるような目で見てた。リルが足を止めて近くにいた老人に何か声をかけてる。「大丈夫だよ、あたしたちがなんとかするから」って。柄にもなく、胸がちくりとした。
と、その天幕の陰から、痩せた男が、ふらりと出てきた。
「やめておけ」
ぎょろりとした目で、俺たちを睨む。
「あの塔は、神の遺産だ。罰当たりどもが。手を出せば、災いがもっと降りかかるぞ」
男は、それだけ言うと、塔に向かって何やら拝み始めた。
「……信心深いことだな」
「ああいう人も、いるんだよ」
リルが肩をすくめた。
「塔のおかげで食えてる、って人もいるしね。みんながみんな、鎮めてほしいわけじゃないの」
支部長の言ってた通りだ。力で、すぱっと、とはいかない。
俺は、避難民の天幕をもう一度だけ振り返って、塔へ向き直った。
塔の根元のぽっかり空いた入口から中へ入った。
外の静けさが嘘みたいに、内側は広かった。吹き抜けの大広間。何百年分かの埃。崩れたエスカレーター。ところどころに、古い遺物が無造作に転がってる。拾えば、少しは値がつきそうなやつだ。リルが、目を輝かせた。
「見て見て!上に行くほどいいのが落ちてるはずだよ!」
「物騒な塔の物騒な宝探しってわけか」
俺は手元の探査珠を起動した。地形と、敵の反応を映してくれる便利な遺物だ。が。画面が、ざらついた。表示が、ちらちら乱れてる。
「あれ。調子、悪いな」
「電磁障害です」
ノアが言った。
「上の階ほど、強くなります。端末も、通信も、探査も――この塔の中では、だんだん使えなくなっていきます。最後は、自分の目と耳だけが頼りになります」
「うへえ。文明の利器が台無しだ」
まあ、こういう遺跡もある。腹をくくるしかない。
崩れた階段を上へ上へと登っていく。
階が上がるごとに捨て置かれた遺物は、確かに上等になっていった。リルが、めぼしいのをひょいひょい拾って腰の袋に放り込む。手慣れたもんだ。
「リル、おここ何回も来てるって言ってたな」
「うん。でも、いつも五階くらいで引き返してた。それより上は、一人だときつくてさ」
ノアは無言で周りを見回してた。さっきから、口数が少ない。
「ノア、平気か?」
「ええ。少し頭の奥がざわつくくらいで。平気ですよ」
平気、と言うわりに、その声がいつもよりほんの少し硬かった。
異変は、三つ目の階を上がった踊り場で起きた。
天井の暗がりで、かちりと音がした。赤い光がひとつ、ふたつと灯る。
それが、降ってきた。
犬くらいの、四つ足の機械。背中に、丸い砲口。塔の番犬だ。一体、二体――いや、もっといる。暗がりの奥で、次々と赤い目が灯っていく。
「お出ましか」
「あたし、左いくね!」
リルは、もう駆け出してる。杖を構えて、光弾を立て続けに撃ち込む。一体、二体。正確に頭の砲口を潰していく。容赦がない。
俺も、右へ。〈黒鴉〉を抜いて、飛びかかってきた一体を、真っ二つ。返す刃で、もう一体の足を薙ぐ。ノアは、俺たちの背中を守るように立って、回り込もうとした個体を銀の刃で的確に始末してた。
三人。連携は、思ったより、いい。
最後の一体を、リルの光弾が撃ち抜いて――踊り場が静かになった。
「よし、こんなもんかな」
リルが、額の汗を拭って、にっと笑う。さっきまでの鋭い顔が、もういつもの調子に戻ってる。
ほんと、器用なやつだ。
だが、突然ノアの様子がおかしくなった。
刃をしまおうとして――その手が、止まってる。指先が小刻みに震えてた。視線がどこでもない一点を見てる。いつものやわらかい笑みが、すうっと抜け落ちて。
「ノア?」
声をかけても、反応がない。
「おい、ノア。どうした」
肩に手を置く。びくっと、ノアの体が跳ねた。それから、瞬きを何度かして。ゆっくり、こっちに焦点が戻ってくる。
「……あら。ごめんなさい。少し、ぼうっとしてしまって」
「ぼうっと、って。お前、本当に大丈夫か?」
「ええ。そうですね、たぶんこの党の電波が強いんです」
ノアは、笑ってごまかすみたいに刃をしまった。けど、その笑みの端が、ほんの少し強張ってた。
電磁障害は、端末を狂わせる。
だったら、旧文明の機械であるこいつには、どう響くんだ。
その答えを、俺はまだ知らない。
塔は、相変わらずしんと静まり返ってた。ずっと上の階の暗がりで、また赤い光が、ひとつ灯った気がした。




