第03話 砲声の少女
鯨号を手に入れてヴェルクに帰ってから、三日が過ぎた。
その三日で俺たちはこれからどうするかをぼちぼち決めた。
当面の目的は、ノアの記憶の手がかりを探すこと。とはいえ、ヴェルクみたいな田舎じゃ旧文明の情報なんてたかが知れてる。だったら、でかい街に出るしかない。
俺は馴染みの店やギルドを回って、あちこち話を集めた。遺跡や遺物の噂、各地の景気。その中で、何度も名前が挙がる街があった。アステライア。大陸でも指折りの商業都市で、遺物も情報も人も桁違いに集まる場所だ。記憶の手がかりを探すなら、まずはあそこってわけだ。
行き先が決まれば、あとは出るだけだ。けど、その前に。
世話になった連中に挨拶くらいはしておきたかった。
まずは、ギルド。
「あら、クロウ。生きてたの。しばらく依頼も受けないで、何してたのよ」
受付のシャノンが、呆れ顔で言う。
「ちょっと長旅に出ることになってな。しばらく、ヴェルクを離れる。挨拶しとこうと思って」
「長旅?あんたが?ふうん。まあ、いいけど。死なない程度に頑張りなさいよ」
そっけない言い方のくせに、最後だけちょっと心配そうな目をした。こいつも、案外義理堅い。
それから、ガロの工房にも顔を出した。
「なんだ坊主、出てくのか」
親方は、鉄を打つ手を止めずに言った。
「ま、達者でな。装備がいかれたらどこの街でもいい腕のいい鍛冶を頼れ。そのメイドさんの服もたまには手入れしてやれよ」
「肌着扱いはやめろって本人が言ってたぞ」
「はは、違いねえ」
一通り、挨拶を済ませて。
次の日の朝、俺たちは鯨号でヴェルクを出た。
鯨号に揺られて、丸二日。
荒れ地を泳ぐ鉄の鯨は思ったより快適だった。揺れはするけど、寝床はあるし、飯も出る。ノアの飯は相変わらず反則みたいにうまい。ぐうたらな旅ってのも、性に合ってきたな。
三日目の昼前。地平線の向こうに、それは見えてきた。
「うわ、でかいな」
アステライア。大陸でも指折りの、でかい都市だ。
ヴェルクが田舎の物置だとしたら、こっちは博物館まるごと、って感じ。空に届きそうなビルが何本も立って、その合間を旧文明製の橋やら導管やらが這い回ってる。人も車も、桁違いに多い。遺物の流通量も、ハンターの数も、ヴェルクの比じゃない。噂に違わぬ、とんでもない街だ。
「すごい街ですね。空が、狭いです」
助手席のノアが窓に張りついて、ビルを見上げてる。
「鯨号は、街の外に停めとくか。さすがに、これで大通りは走れねえ」
「ふふ。そうですね。駐車違反では、済まなさそうです」
とはいえ、街の外に放置していくのも物騒だ。鯨号みたいなお宝、誰かに持っていかれたらたまらない。
「ご主人様。それなら、これを」
ノアがエプロンのポケットから、手のひらに載るくらいの黒い立方体を取り出した。
「なんだ、それ」
「黒匣」です。中が亜空間になっていて、大きなものもしまっておけます。鯨号ごと」
「は?このでかい鯨をその、サイコロみたいなのに?」
半信半疑で見てたら、黒匣が、ぼう、と淡く光った。次の瞬間、目の前の鯨号がすうっと光の粒になって、その小さな箱に吸い込まれていく。あとには、何も残らない。さっきまでの巨体が、嘘みたいに。
「旧文明、どうかしてるだろ、ほんと」
「ふふ。便利でしょう?」
ノアは黒匣を、ポケットにちょん、としまった。
ところが。
街の手前、外壁ぎわの検問所に近づいたあたりで、様子がおかしいのに気づいた。
黒い煙。人の悲鳴。逃げ惑う人波が、こっちへ向かって走ってくる。
「おいおい、なんだ?」
鯨号を急いで停めて、外に飛び出した。煙の向こうに、でかい影が見える。
オートマタだ。それも、でかい。家くらいある、多脚の旧時代の機械。検問所の建屋を踏み潰して、暴れてる。たぶん、遺跡から運び出された個体がなにかの拍子に起動して暴走したんだろう。たまにある話だ。たまにあるが、こいつはでかすぎる。逃げ遅れた連中が瓦礫の陰で腰を抜かしてた。
「ノア、あっちの人たちを頼む」
「はい。ご主人様こそ、ご無理はなさらず」
言うが早いか、駆け出そうとした。そのときだった。
光が、走った。
まっすぐな、白い光の筋。それが、暴れるオートマタの脚の一本を根元から撃ち抜いた。轟音。脚が、火花を散らして崩れる。
誰だ?
煙を裂いて、声がした。澄んだ、それでいて芯の通った、女の声。
「そこの人たち、下がってて!巻き込んじゃう!」
瓦礫の上に、人影が立ってた。
銀色の髪を横で一つに結んだ、若い女。歳は20前後。両手で、細長い杖みたいな遺物を構えてる。その先端に、光が渦を巻いて集まっていく。
「もう一回、止まってって言ったよね。聞いてくれないなら、しょうがない」
女の目つきが変わった。さっきまでの呑気そうな気配が、嘘みたいに。まっすぐで、退く気のまるでない目。
「いくよ。全力で、止める」
光弾が、連射された。
一発、二発、三発。狙いは、正確だった。関節、駆動部、装甲の継ぎ目。急所だけを的確に撃ち抜いていく。オートマタがよろめいた。それでも、巨体に物を言わせて太い腕を振り下ろす。瓦礫が爆ぜる。
俺も、いいかげん突っ立ってる場合じゃない。
「ノア!あの子の援護に回るぞ」
「かしこまりました」
地を蹴って、横合いから回り込む。〈黒鴉〉を抜いて、青白い光刃で機械の後ろ脚を一本、断った。バランスを崩して、巨体がぐらつく。ノアのほうは、もう逃げ遅れた連中を両脇に抱えて安全なとこまで運び終えてた。仕事が早い。
「あ、ありがとう!助かるっ」
銀髪の女が、こっちに気づいて笑った。それから、また前を向く。崩れた体勢のオートマタへ、容赦なく。
女は、退かなかった。むしろ踏み込んだ。腕の一撃を紙一重で避けて、ふところへ。至近で、杖の先を機械の胴の中心に突きつける。
「ごめんね。おやすみ」
ゼロ距離で、ひときわでかい光が放たれた。
オートマタの胴体が、内側からはじけ飛ぶ。
でかい図体が、ぐらりと傾いで地響きを立てて崩れ落ちた。
……すげえ。
俺は、思わず見惚れてた。あの巨体を、ほぼ一人で。しかも、正確に、容赦なく。あんなにかわいい顔して、やることがえげつない。
戦いが終わると、女は杖を下ろした。
それから、こっちを振り返って、ぱっと花が咲くみたいに笑った。
「わー、間に合ってよかったぁ!みんな、怪我ない?」
さっきの、容赦のない目つきは、どこへやら。にこにこの、人懐っこい笑顔だ。腰を抜かしてた連中に駆け寄って、「もう大丈夫だよ、立てる?」なんて、手を貸してる。
なんだ、この温度差。
戦ってるときは、まるで戦の女神みたいだったのに。今は、その辺の世話焼きなお姉ちゃんだ。
女が、こっちにも気づいてとことこ寄ってきた。
「あ、あなたたちも、手伝ってくれようとしてたよね?ありがとう!あ、あれ?見ない顔、旅の人?」
「ああ。今日、着いたとこだ。クロウ。こっちは、ノア」
「クロウさんと、ノアさんね!あたしはリル。このへんで、ハンターやってるの」
リルと名乗った女は、ぐいっと顔を近づけて人懐っこく笑った。距離が、近い。
「すっごい強そうだね、二人とも!ね、もしかして、アガートラ狙い?最近、それ目当てのハンター、よく来るんだ」
「アガートラ?」
「知らずに来たの? このへんで一番でかい遺跡だよ。沈黙の管制塔。まあ、入って帰ってこない人も、多いんだけどね」
リルは、けろっと物騒なことを言った。
ふと、気づいた。
ノアが、さっきからリルを――いや、リルの胸元を、じっと見てる。そこには、古びた、鍵の形をしたペンダントが揺れてた。
「どうした、ノア」
「……いえ。なんでも」
ノアは、首を振った。けど、その目が、何か言いたげに揺れた気がした。
リルは気づかず、自分のペンダントを指でつまんで笑う。
「これ?形見、なんだって。あたし、昔のこと、あんまり覚えてなくてさ。一年くらい前に、フラッとこの街に来たんだけど、それより前のことは、ぜんぜん覚えてないの。変でしょ?」
一年前。記憶がない。
なんだろう。どこかで聞いたような話だ。
「ねえ。二人とも、これからどうするの?宿、決まってる?」
「いや、まだ何も」
「じゃあ、案内してげる!あたし、この街なら詳しいんだ。お礼に――って、助けてもらったの、こっちか」
リルは、もうすっかり乗り気だった。先導するみたいに、くるっと背を向けて歩き出す。
俺は、ノアと顔を見合わせた。
「いい子そうだな」
「ええ。とても。……それに、放っておけない感じも、ご主人様と少し似ています」
「俺、あんなに撃ちまくらねえぞ」
「ふふ。そうですね」
賑やかなのが、また一人増えそうだ。俺たちは、リルの背中を追って、でかい街へ足を踏み入れた。
アステライアの中は、外から見た以上に騒がしかった。
石畳の大通りに、屋台がびっしり。串焼きの煙、知らない楽器の音、客引きの声。ビルの壁には、遺物を売り買いする店の看板がずらりと並んでる。リルは、その人混みを慣れた足取りで、すいすい縫っていく。
「こっちこっち! いい飯屋、知ってるんだ。お腹すいたでしょ?」
連れていかれたのは、大通りの裏の小さな食堂だった。リルは勝手知ったる様子で、串焼きやら煮込みやらをどっさり注文する。
「あたしのおごり!助けてもらったしね」
「いや、おごるのはこっちなんだけど」
「いいのいいの!ね、ノアさんも、遠慮しないで食べて」
「ふふ。では、いただきますね」
ノアは、リルが取り分けてくれた皿を受け取っておっとり微笑んだ。それから、自然な手つきで、リルの口元についたタレをひょいと拭いてやる。
「あらあら。たくさん食べるのは、いいことですけど。お行儀は、ほどほどに」
「うえっ。な、なんか、お母さんみたい」
「ふふ。よく言われます」
言われたことないだろ、それ。一万年も寝てたんだから。
リルは、よく食べて、よく喋った。アステライアの話、ハンターの噂話、最近見つけた変な遺物の話。気づけば、こっちの肩の力がすっかり抜けてた。一緒にいると、なんだか調子が出る。こういうやつだ。
「で、アガートラなんだけどさ」
串を片手に、リルが急に声を落とした。
「あそこ、旧文明の、でっかい管制塔の跡なの。お宝はどっさり眠ってる。けど、メインフレームが、まだ生きててね。侵入者を、旧時代の兵器で迎え撃ってくるんだ。さっきの、もっとヤバいのが、うようよ」
「さっきの、あれより?」
「うん。あたしも何回か挑んだけど、奥までは行けてないんだ。一人だと、限界があってさ」
リルは、串の先でテーブルに何か図を描きながら、唇を尖らせた。それから、ぱっと顔を上げて、にっこり笑う。
「ね。よかったら、三人で行かない?二人みたいに強い人と組めたら、奥まで行ける
気がするんだ」
ノアの記憶の手がかりも、ああいう大きな遺跡なら、何か眠ってるかもしれない。それに、こいつのことも、なんだかほっとけない。
俺は、ノアを見た。ノアは、やわらかく頷いた。
「いいぜ。乗った」
「ほんと!?やったぁ!」
リルが、ぱあっと顔を輝かせて両手を上げる。串が危うく俺の鼻先をかすめた。
「おっと。串、振り回すな」
「あ、ごめんごめん。えへへ」
三人ぶんの皿から、湯気が立っている。窓の外は、もうすっかり、アステライアの夜だった。




