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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第04編〈海域〉アビス

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第42話 一万年の号令

 ピィン、と、二度目が鳴った。

 澄んだ音だ。教会の鐘みたいに綺麗で、腹の底が冷える。


「なんの音!?」


「音を投げて、跳ね返りを聞いています。わたしたちの形を、測っているんです」


 ノアの声に、感情がない。こういうときのこの子は、機械の側に立って喋る。


「測ってどうする」


「排除の手順を、選びます」


 選び終わったらしい。

 通路の奥で、けたたましい警報が鳴りはじめた。天井の赤い灯が、規則正しく回りだす。一万年ぶりに仕事を思い出した艦の、寝ぼけまなこの怒りみたいだった。

 どこかで、ごうん、と重い音がした。

 続いて、水の音。


「区画注水です」


 ノアが、はっきり言った。


「侵入者は、溺れさせて排除する。この艦の手順は、それです」


 合理的だ。むかつくほど。

 足元を見ると、通路の床の格子から、黒い水がじわりと湧きあがってきていた。


「戻るぞ!」


 叫んで、俺は駆けだした。

 だが、通路の先で、隔壁が落ちてきた。分厚い鉄の板が、床までの隙間を残して、がしゃんと止まる。

 外れだ。来た道は、もう塞がった。


「反対!」


 リルが、艦の奥を指さす。奥は、下だ。艦は傾いて沈んでいるから、奥へ行くほど深くなる。水も、そっちから来る。

 それでも、開いている道はそこしかない。


 水は、もう膝まで来ていた。

 冷たい。強化服の中まで、じわじわと沁みてくる。

 その水の中に、最初の一人が浮いていた。

 人間だ。

 うつぶせに、通路の壁に引っかかっている。灰色の外套。ぼろぼろに乾いた手が、鉄の手すりを掴んだまま固まっていた。

 乾いた空気の中で、干からびていたんだろう。そこへ水が入って、浮いた。


「財団の連中か」


「ええ」


 その先に、もう一人。さらに奥に、二人。

 全員、同じ方向を向いていた。

 艦の、奥。下だ。誰も、逃げようとしていない。這ってでも、下へ行こうとした恰好のまま死んでいる。

 背筋が、ぞわりとした。

 こいつらは、逃げ遅れたんじゃない。行こうとしたんだ。もっと深いほうへ。


「――誰か」


 声がした。

 通路の脇の、細い扉。開けると、男が壁にもたれて座っていた。

 灰色の外套。頬がこけて、目が落ちくぼんでいる。膝の上に工具箱を抱えたまま、俺を見上げた。生きている。ぎりぎり、生きている。


「水を」


 水筒を口元にやると、男はほんの少しだけ飲んで、むせた。


「あんた、財団の人間か」


「回収官補佐、だ。三十七日、ここにいる」


 三十七日。艦の中の、一万年前の空気を吸って。


「仲間は、みんな行っちまった。呼ばれてな」


「呼ばれた?」


「隊長は、この艦のコアを抜いたんだ。持ち帰れば、財団は艦隊ごと手に入る、とな。抜いて、それを床に放り出して、下へ降りていった」


 男が、笑った。笑ったつもりの、ただの引きつりだった。


「宝より、歌のほうがよかったんだとよ」


「歌が、聞こえるんだよ。下から。とても、いい歌だ。あんたには、聞こえないか」


 俺は、首を振った。


「聞こえないなら、耳を塞いでろ。おれは、耳栓を打ちつけて、この部屋に閉じこもった。それで三十七日だ」


 男の手が、震えながら懐を探る。

 出てきたのは、金属の記録板だった。俺に押しつけてくる。


「持っていけ。……もう、うちの連中は帰ってこない」


 言い終える前に、男の手から力が抜けた。

 目は、開いたままだった。

 俺はその瞼を指で下ろしてやった。財団の犬だ。同情する義理はない。ないが、耳栓を打ちつけて三十七日耐えた男を、水に浮かせたままにする気にもなれなかった。


 艦橋は、その一つ下にあった。

 水は、腰まで来ている。

 円い部屋の中央に、旧文明の端末が立っていた。珊瑚に半分食われながら、まだ息をしている。画面の奥で、青白い光が明滅していた。

 俺は黒鴉を抜いて、その光に刃を当てた。

 言葉が、流れ込んでくる。


 ――記録。深度作戦群〈アビス=フリート〉。任務、封鎖。


 ――対象、海底施設〈ネレイス〉。


 封鎖。俺は、その言葉を頭の中で二度なぞった。


 ――封鎖の目的は、内側からの流出の阻止である。


 内側からの、流出。


 ――施設は、命令系統を喪失。生産は停止しない。


 ――我々は、出てくるものを沈める。すべて沈める。


 その前後に、途切れ途切れの断片が挟まっていた。


 ――生産物、規格外。


 ――個体、成長を継続。


 ――回収は不能である。


 規格外。成長を継続。

 旧文明の連中が、自分たちで作ったものを、自分たちの手に負えなくなった。よくある話だ。ただし、その「よくある話」を、こいつらは一万年、海の底で押さえつけてきた。

 背中が、冷たくなった。

 この艦隊は、俺たちを海の底へ入れないために撃ってたんじゃない。

 海の底の“何か”を、外へ出さないために撃ってたんだ。一万年、ずっと。


 ――燃料、残り三パーセント。休眠に入る。


 ――封鎖は、継続される。


 そこで、記録が途切れた。

 次の一行は、間が空いていた。


 ――一万年が経過した。上空より、招集信号を受信。


 ――封鎖任務、継続。


 ――全艦、砲の充電を再開する。


 ひと月前。

 塔の心臓も、砂の底の頭脳も、同じ声に叩き起こされた。そしてこいつらも、目を覚まして、一万年前の続きを始めた。

 律儀な連中だ。反吐が出るほど。

 記録の最後に、機械の言葉じゃないものが混じっていた。乗組員の、手書きの記録だ。


 ――帰れないことは、分かっている。


 ――だが、あれを海から出すわけにはいかない。


 ――誰か、いつか、これを読む者へ。すまない。


 俺はしばらく、その一行を見ていた。

 こいつらは、沈むと分かって沈んだのか。


「ご主人様」


 ノアが、端末の裏側を覗き込んでいた。


「管制コアが、ありません。抜かれています」


「抜かれた?」


 俺は、死んだ男から預かった記録板を、黒鴉の刃に触れさせた。

 財団の文字が、走った。


 ――旗艦以外の管制コアを回収。兵器の統制権は旗艦に集約されている。


 ――旗艦への侵入は不可能。撤収する。


 撤収して、この様か。

 だが、意味は分かった。この艦の端末は、もう空っぽだ。ここをいくらいじっても、あの光は止まらない。

 止めたきゃ、旗艦へ行け。そういうことだ。


 水が、胸まで来た。

 艦橋の扉が、ごうん、と閉じる。

 残った通路は、一本。もう水没している。


「泳ぐしかありません」


「泳げないってば!あたし、泳げないってば!」


 リルの声が、悲鳴に近い。杖を抱きしめて、壁に貼りつくみたいに後ずさっている。目が、完全に据わっていない。

 水は、もう肩だ。

 俺はリルの前に背を向けてしゃがんだ。


「乗れ」


「え」


「言っただろ。塞げなかったら、担いで浮くって」


 リルが、俺の背中にしがみついた。細い腕が、首に食い込む。震えている。


「息を止めろ。俺の背中から、絶対に手を離すな」


「――うん」


 水が、天井に届いた。


 水の中は、静かだった。

 ノアが先を行く。銀の刃が、閉じかけた隔壁の継ぎ目に差し込まれ、こじ開けられていく。ひと押しで、鉄が悲鳴を上げて割れた。この人形は、水の中でも一切、力が鈍らない。

 背中で、リルの心臓が、めちゃくちゃな速さで鳴っていた。

 角を曲がったところに、青白い球が浮いていた。

 機雷型だ。水の中では、こいつらのほうが速い。ふわりと向きを変えて、腹を割る。赤い光が溜まりはじめた。

 背中には、息を止めたリルがいる。跳べない。避ければ、爆風がこいつを潰す。

 片手で黒鴉を振った。水の抵抗で、刃が鈍い。届かない。

 その鼻先を、銀の影が横切った。

 ノアが球体を抱え込んで、そのまま横の区画へ放り込む。分厚い扉を蹴って閉じた瞬間、向こう側で衝撃が弾けた。鉄が、ぐわん、と歪む。

 水を通して、腹の底まで殴られた。

 振り返ったノアが、口だけを動かした。

 ――急いで。

 言われなくても、急ぐ。

 通路を蹴る。壁を掴む。曲がる。

 肺が焼ける。

 ハッチが見えた。俺たちが開けた、あのハッチだ。その向こうに、鯨号の灯りが滲んでいる。

 最後の三メートルを、蹴った。


 甲板の床に、三人まとめて転がり込んだ。

 水を吐く。咳き込む。天井が、ぐるぐる回っていた。

 リルが、俺の背中を叩いた。


「ばか!ばか!死ぬかと思った!」


「死んでねえだろ」


「泣いてないから!これ、海の水だから!」


 顔じゅう、水と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 ノアが、無言で毛布を二枚持ってきて、俺たちの頭からかぶせた。それから、リルの頭を、ぽん、と一度だけ叩いた。

 リルは毛布にくるまったまま、しばらく黙っていた。


「……ねえ。あの人たち、なんで下に行っちゃったの」


 財団の連中のことだ。


「歌が聞こえたんだとさ」


「あたしには、聞こえなかったよ」


「聞こえなくていい」


 俺は、リルの濡れた髪をがしがし拭いてやった。


「聞こえる耳より、聞こえない耳のほうが、たいてい長生きする」


 着替えてから、艦で拾った記録装置を解析台に置いた。

 青白い文字が、宙に滲んで並ぶ。


「乗組員の、私的な記録ですね」


 ノアが静かに読みあげる。

 海が濁りはじめた、という話だった。施設から漏れたものが魚を変え、その魚を食った魚が、また変わる。網にかかるのは、もう魚と呼べる形をしていない。

 一万年前の男が、そう書いている。

 喰らい魚だ。呼び名が違うだけで、同じものだ。

 あの村の海に湧いているのは、昨日今日の災いじゃない。一万年前にも同じことが起きて、この艦隊が蓋をして、いったん止まった。それだけの話だった。

 その蓋が、また開いた。


 鯨号を、艦の陰まで下げる。

 濡れた髪から水を垂らしながら、俺は舷窓の外を見ていた。

 艦隊の灯が、動いた。

 何十という青白い目玉が、いっせいに、同じ方向へ首を振る。

 その先に、一隻だけ、桁違いの塊があった。

 珊瑚に飲まれた、山みたいな影。ほかの艦の、三倍はある。

 旗艦だ。

 どっ、どっ、と、腹に響く音は、そこから来ていた。

 その珊瑚の山の一部が、ゆっくりと持ち上がる。

 鉄の板だ。艦の背に生えた、砲塔だったもの。錆と珊瑚をぼろぼろ撒き散らしながら、それが上を向いていく。

 あと何刻かすれば、また電気が溜まる。溜まれば、あの光が海面を裂く。村の連中は今夜も家に引っ込んで、息をひそめて朝を待つ。


「〈ネレイス〉」


 ノアが、ぽつりと言った。


「艦隊が封じている施設の名です。この海の底に、あります」


「海が狂った元凶か」


「おそらく」


 俺は濡れた前髪をかき上げた。

 外へ出すな、と一万年前の連中は言った。出したら、どうなるかは書いていない。書く必要がなかったんだろう。


「ノア。歌ってのは、まだ聞こえるか」


 ノアが、こちらを見た。

 いつもの、穏やかな顔で。今度は、嘘をつかなかった。


「――さっきより、大きくなっています」


「どこから聞こえる」


「下から。ずっと、下からです」

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