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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第04編〈海域〉アビス

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第41話 沈黙の艦隊

 夜明け前に、俺たちは潜った。

 浜には村の連中が総出で出ていた。誰も声を出さない。海に声を投げると、あいつらに聞こえる。この島の連中は、本気でそう信じている。

 マレナが無言で拳を突き出した。俺もそれに拳を合わせた。

 ナジは唇を結んだまま立っていた。行くな、とも、行け、とも言わない。ただ、こっちを見ていた。


 ハッチが閉まる。空気が、しん、と詰まった。


「潜航、はじめます」


 ノアの手が、舵輪の脇のレバーを引く。

 鯨号がゆっくり沈んでいく。窓の外で、白っぽい海面が頭の上へ遠ざかった。青が濃くなる。濃くなって、藍になる。


「うわ、うわ、うわ」


 リルが窓に貼りついたまま、同じ音を繰り返している。


「クロウ、水!水の中!」


「見りゃわかる」


「だって、水の中!」


 語彙が死んでる。

 もっとも、笑っていられたのは最初の百メートルまでだった。

 深く行くほど、光が減る。青が黒に近づいて、やがて外は何も見えなくなった。船体が、みし、と鳴る。骨を軋ませるみたいな音だ。


「今の、なに?」


「殻が、水の圧を受け止めている音です。正常ですよ」


「正常でも、怖いんだけど!」


 俺も同感だった。口には出さないが。


 タルガの海図は、正確だった。

 海溝の縁を、地面を這うみたいに進む。鯨号は魚のようには泳げない。海底に腹を擦らせて、のろのろと、歩くみたいに沈んでいく。

 推進の泡を、絞れるだけ絞る。当て布のおかげで、船体の音は外へ漏れない。

 灯りは点けない。ノアは音の反射だけを頼りに舵を切っている。


「ご主人様。上を」


 言われて、天井の小窓を見上げた。

 闇の中を、青白いものが、すうっと通り過ぎていった。

 光の筋だ。まっすぐで、ためらいがない。ずっと上の、海の表面へ向かって撃たれている。

 俺たちの、二十メートルばかり頭の上。

 誰もしゃべらなかった。リルなんて両手で口を押さえている。

 通り過ぎる。二本目。三本目。それきり、闇が戻った。

 途中、窓のすぐ外を、白いものがよぎった。

 骨板だ。喰らい魚の背中の、あのぎざぎざ。一匹じゃない。何十匹という影が、鯨号のまわりをゆっくり回っている。

 リルが杖に手をかけた。俺は、それを手で制した。

 やつらは、音を探している。当て布に包まれた鯨号は、こいつらにとってはただの岩だ。

 群れは、しばらく舐めるようにまとわりついて、それから、興味を失って散っていった。

 背中に、じっとり汗をかいていた。


「三発。今夜のぶんは、撃ち切ったかと」


 ノアの声が、いつもより硬い。


「溜めて、撃つ。溜まるまでは、あちらも撃てません。いまが、いちばん近づける時間です」


 撃った直後は、空っぽ。

 流木に腰かけた爺さんの、酒くさい証言が、こんなところで効いてくる。


 やがて、鯨号の灯りが点いた。

 闇に、白い円が広がる。その円の中に、それは現れた。


 船だ。


 鉄の船が、海の底に横たわっていた。

 腹の膨れた、まるっこい船体。それが、珊瑚に食われている。装甲の継ぎ目から赤や紫の枝が生え、砲塔だったものを飲み込んで、岩みたいな塊に変えていた。

 一隻じゃない。

 灯りを振ると、闇の奥から次の船が浮かび上がる。その隣にも。もっと奥にも。

 何十隻もある。船首をみんな同じ方向へ向けて、整然と並んでいた。

 沈んだんじゃない。並んで、待っている。


「〈アビス=フリート〉」


 ノアが、静かに言った。


「珊瑚に飲まれても、隊列を崩していません。ここは墓場ではありません。錨地です」


 停泊地。

 ぞっとした。死んだものは、並んだりしない。


 灯りの端に、別のものが引っかかった。

 珊瑚じゃない。船だった。俺たちの時代の船だ。真っ二つに裂けて、海底に突き刺さっている。焼け焦げた縁が、ぱっくり口を開けていた。

 灰色の塗料が、まだ残っている。


「財団の連中の船か」


 ノアが淡々と言う。

 財団は、正面から来たんだ。音を立てて、堂々と。それで、上から撃たれた。

 同情はしない。だが、これが答えだ。あの光は、確実に船を沈める。


 鯨号を、いちばん手前の艦の脇につけた。ここから先は、外へ出る。


「行くぞ」


 俺は〈黒鴉〉を腰に吊って、強化服の首元を締めた。旧文明製のこいつは、水の中でも問題なく動く。中の空気も、しばらくもつ。ノアの整備のおかげだ。

 リルが、青い顔で杖を握りしめた。


「あ、あたし、泳げないんだけど」


「泳ぐな。歩け。海の底にも、地面はある」


「そっか。地面か。うん、地面ならいける!」


 立ち直りが早い。


 海の底へ降りた。

 足が、砂に沈む。音が、遠い。自分の心臓の音だけが、やたら近くで鳴っている。

 珊瑚は、生きていた。艦の装甲から生えた赤や紫の枝が、水の中でゆっくりと開いては閉じる。一万年かけて、こいつらは鉄を食い、鉄の中で育った。

 ノアが、途中で足を止めた。

 黒い髪が、水の中で海草みたいに広がっている。彼女は顔を上げて、暗い水の奥を見ていた。ずっと奥の、底のほうを。


「どうした」


「――いえ」


 ノアは首を振って、また歩きだした。


「なにか、聞こえたか」


「いいえ。何も」


 嘘だ、と思った。だが、この場で問い詰めることじゃない。

 艦の腹に、ハッチがあった。円い、鉄の扉。継ぎ目には珊瑚が食い込み、まわりには、こじ開けようとした傷が無数に残っていた。四十年前の、若いタルガたちの爪痕だ。

 開くわけがない。こいつには、鍵がかかってる。物理の鍵じゃないほうの、鍵が。

 俺は、黒鴉の刃をハッチの中心に当てた。

 青白い光が、じわりと鉄に染みていく。刃の向こうから、硬くて規則正しい声が流れ込んできた。機械の言葉だ。

 ――照会。乗員コードを送れ。

 ――応答なし。封鎖を継続する。

 悪いな。今日は、開けさせてもらう。

 黒鴉が、その命令をなぞって、書き換える。封鎖継続を、解錠へ。

 ごぎん、と、一万年ぶんの錆が鳴った。

 ハッチが、開いた。


 中は、乾いていた。

 水が、一滴も入っていない。一万年、閉じこめられたままの空気だ。ライトを向けると、埃がゆっくり舞い上がった。

 狭い通路が奥へ続いている。手すり。壁を這うパイプ。床に金属の食器が転がっていた。寝台の毛布が、めくれた形のまま固まっている。

 一万年前、誰かがここで暮らしていた。


「ノア。空気は」


「吸えます。少し、古いですが」


 面を上げた。かび臭くて、鉄くさい。人が住んでいた家の匂いだ。人の気配だけが、そっくり抜け落ちている。

 リルがそっと食器を拾い上げた。


「……ごはんの途中、だったのかな」


 その足元に、写真立てらしきものが落ちていた。ガラスは割れ、中身は褪せて、もう何も見えない。

 壁には、落書きがあった。旧文明の文字で、名前が並んでいる。何人ぶんも。誰かが、寝台の脇の鉄板に、釘か何かで刻んだんだ。


「ここにいた人たちの名前です」


 ノアが、指先でそっとなぞった。


「帰ったら消す、というつもりで刻んだのだと思います。こういうものは、いつも、そうですから」


 通路の途中の小部屋で、リルが小さな箱を見つけた。手のひらに乗る、鈍く光る金属の塊だ。ノアが受け取って、裏返す。


「記録装置ですね。旧文明製で、生きています」


「読めるか」


「鯨号に持ち帰れば」


 俺は、それを黒匣に放り込んだ。

 外っ側は四十年前に浚われた。だが、この中は違う。ハッチが開かなかったから、誰も入れなかった。一万年、手つかずのままだ。

 つまり、この艦の腹の中身は、まるごと俺たちのもんだ。ありがたい話だが、ありがたすぎて薄気味が悪い。


 通路の奥で、珊瑚が動いた。

 いや、珊瑚じゃない。

 壁にへばりついた岩の塊が、ぼこりと膨らんで、内側から割れた。出てきたのは、丸い機械だ。人の頭ほどの球体に、珊瑚の枝が生えている。ふわりと浮いて、こっちを向いた。

 球体の腹が割れる。中で赤い光が溜まりはじめた。


「機雷型の警備機です。ご主人様、下がって――」


 言い終わる前に、俺は跳んでいた。

 黒鴉の一閃。球体が真っ二つになって、床に落ちる。赤い光が消える寸前、思いきり蹴り飛ばした。

 通路の先で、爆ぜた。

 衝撃で、壁の珊瑚がぼろぼろ剥がれ落ちる。耳が、しばらく鳴っていた。


「あっぶな!中で爆発する気!?」


「自爆型か。趣味が悪いな」


 剥がれた壁の裏から、二つ、三つと、同じ球体が這い出してくる。珊瑚に半分食われながら、それでも動く。一万年、この通路を守ってきたんだ。

 リルの光弾が、狭い通路を薙いだ。ノアの刃が、天井から落ちてきた一つを縦に割る。

 数えるほどの時間で、片がついた。

 俺は床の残骸をつま先でつついた。


「弱いな」


 本音だった。塔で殴り合ったヘヴィ・センチネルのほうが、よほど手強かった。こんなものが、この艦隊の兵隊か。

 いや、違うな。

 こいつらは兵隊じゃない。番犬だ。それも、艦の内側をうろつくだけの、留守番の番犬。

 本命は、外だ。夜ごと海面を撃ってる、あの兵器。それを動かしている、どこかの中枢。

 そのとき、足の裏に、伝わってきた。


 どっ。


 艦の、もっと奥。深い場所から。


 どっ。どっ。


 腹の底を、下から叩いてくる音だ。心臓の音。四十年前、タルガが聞いたという、あの音。

 壁のパイプが震えはじめた。天井から、錆がぱらぱら落ちてくる。


「ご主人様」


 ノアが、窓のない壁を見つめていた。その向こうは、海だ。


「艦隊が、目覚めました」


 外の暗い海に、灯がともっていた。

 一つ。二つ。十を数え、二十を超える。珊瑚に飲まれた艦隊の、青白い光がいっせいに灯っていく。

 こっちを、見ている。


 鼓膜の奥で、澄んだ音が鳴った。


 ピィン、と。



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