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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
〈幕間02〉

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第37話 灯りの夜

 その晩、アステライアは祭りだった。

 街じゅうの通りに、色とりどりの灯籠がぶら下がっている。夜だってのに、昼間みたいに明るい。屋台がずらりと軒を連ねていた。焼けた肉の匂いがする。甘い菓子の匂いもする。それが風に乗って、鼻先をくすぐった。どこかで、笛と太鼓が鳴っている。人波が川みたいに、通りをゆっくり流れていく。

 俺たちも、その流れに身を任せた。宿でだらだらするのも悪くはなかった。だが、リルがどうしても行きたいと聞かなかったのだ。まあ、たまにはこういうのも、いいもんだろう。砂ばかりの日々の、いい口直しだ。


「うわあ、すごい!ねえクロウ、あれ何?あの、光ってる飴!」


 リルが俺の袖をぐいぐい引っ張った。目がそこらの灯籠より、よっぽどきらきらしている。祭りとなると、こいつのはしゃぎっぷりは手がつけられない。まるで子どもだ。


「わかったわかった。買ってやるから、そう引っ張るな。腕が取れちまう」

 串に刺した飴細工を、一本買ってやった。リルは満面の笑みで、それを高く掲げる。灯りに透かすと、赤い飴が宝石みたいにきらめいた。


「見て見て、すっごくきれい!」


「ああ。まあ、お前が持つと、なおさら映えるな」


 つい、口が滑った。言ってから、しまった、と思う。リルがきょとんと目を丸くした。それから、ぼっと頬を赤く染める。


「な、なにそれ。クロウ、今日、なんか変だよ」


「……祭りの空気に、あてられたんだよ。忘れろ」


 柄にもないことを言うもんじゃない。俺はばつが悪くなって、そっぽを向いた。


「ふふ。ご主人様も、たまには素直でいらっしゃいますね」


 隣で、ノアが口元を隠して笑っている。こっちの失言を、しっかり聞かれていたらしい。まったく、逃げ場がない。


 三人で、賑やかな人混みをぶらぶら流した。

 金魚すくいの屋台で、リルが童心に返った。真剣な顔で、網を構える。だが、あいつは不器用だ。ものの数秒で、網を破いてしまった。「あーっ!」と、悔しそうな声を上げる。その様子が、なんとも可笑しくて、俺は思わず吹き出した。射的みたいに狙って撃つのは得意なくせに。こういう細かい手仕事は、からきしらしい。

 次は、綿菓子の屋台だ。リルが雲みたいにでかい綿菓子を買った。嬉しそうに頬張る。口の周りを、べたべたにしながら。ノアが苦笑して、手ぬぐいでそれを拭いてやった。まるで、聞かん坊の妹の世話を焼く姉さんだ。

 こういう、なんてことのない時間が、俺は嫌いじゃなかった。攻略すべき遺跡もない。襲ってくる化け物もいない。ただ、灯りの下を、気の置けない連中とあてもなく歩く。それだけのことが、やけに贅沢に思えた。砂漠の、あの水も飲めない心細い夜を思えば、なおさらだ。人ってのは、失って初めて、当たり前のありがたさに気づく。我ながら、単純なもんだよ。


 人波に押されて、ふと、リルが俺たちのそばを離れた。次の屋台が、気になったらしい。

 しばらく、俺とノアだけが、通りの端に取り残される。

 灯籠の淡い光がノアの横顔をやわらかく照らしていた。いつもの、穏やかな微笑み。だが、祭りの灯りのせいだろうか。今夜のノアはいつもより少しだけ大人びて見えた。綺麗だ。そう、素直に思った。


「ご主人様」


 ノアがぽつりと口を開いた。


「わたし、こうしてあなたとお祭りを歩ける日が来るなんて。拾っていただいた頃は、思ってもいませんでした」


「なんだよ、藪から棒に」


「あの頃のわたしは、自分が何者かもわからなくて。ただ、ずっと途方に暮れていました。行く当てもない。生きる意味もわからない。そんなわたしを、あなたは何も聞かずに拾ってくださった」


 ノアの声は、いつもよりずっとやわらかい。


「それが今は、こんなに賑やかな場所で、あなたとリルさんと笑っている。……幸せだな、と。ふと、そう思ったんです」


 俺はなんだか無性に面映くなって、頭をがしがし掻いた。こういうとき、気の利いた返しの一つもできやしない。


「大げさだな。ただの、そこらの祭りだぞ」


「ええ。ただの祭りです。でも、そのただの祭りが、わたしには宝物みたいに思えるんです。あなたのそばにいられる。それだけで、わたしは、じゅうぶん幸せなんです」


 ノアはそこで少しだけ頬を染めた。それから、まっすぐに俺を見て微笑む。

 その笑顔を真正面から向けられて、俺は柄にもなく、胸の奥がとくんと跳ねた。灯りのせいだ。祭りの、浮ついた空気のせいだ。俺は必死で、自分にそう言い訳した。だが、その言い訳が、あんまり役に立っていないことも、うすうす、わかってはいた。困ったもんだ。この歳になって、初心な小僧みたいじゃないか。


 と、そこへ。

 綿菓子を食べ終えたリルがぴょこんと戻ってきた。


「二人とも、なに話してたの?」

 

 無邪気に、そう聞いてくる。ノアが慌てて、俺から少し距離を取った。


「い、いえ。なんでもありませんよ。ねえ、ご主人様」


「あ、ああ。なんでもない。次は、どこ行くかって話だ」


 リルが俺とノアの顔を、じっと見比べた。それから、少しだけ、頬を膨らませる。


「なーんか、あやしい。二人だけ、ずるいよ」


 勘のいいやつだ。だが、こういうのは、鈍いふりをするに限る。俺はわざとらしく話を逸らした。


「ほら、あっちで、火吹きの大道芸をやってるぞ。見に行くか」


「わっ、見る見る!」

 

 リルの機嫌は、あっさり直った。こういう単純なところが、こいつの取り柄だ。

 広場の真ん中で、大道芸人が松明を振り回していた。口に含んだ油を、ぶわっと噴く。炎が夜空に、大きな花みたいに咲いた。見物人から、わあっと歓声が上がる。リルも目を輝かせて、手を叩いた。


「すごいすごい!クロウ、見た今の?」


「ああ、見たよ。派手なもんだな」

 

 炎に照らされたリルの横顔。その隣で笑うノアの顔。二人とも、心底楽しそうだった。俺はそのことが、なんだか無性に嬉しかった。この二人が笑っていられる。それだけで、砂の底で泥まみれになった甲斐もあったってものだ。こんな夜が、ずっと続けばいい。柄にもなく、そんなことを思っちまった。


 その、和やかな空気を。

 突然、断ち切る声が、割り込んできた。


「これはこれは。ずいぶんと、楽しそうな夜ですねえ、黒衣の」


 聞き覚えのある、涼しい声だった。

 振り返る。人混みの中に、一人、黒い外套の男が立っていた。仕立てのいい服。革の手袋。そして、あの薄っぺらい笑み。

 クレイスだった。

 背筋がすうっと冷えていく。カルナフで、砂の底に置き去りにしてきたはずの男が。よりにもよって、なぜ、この街にいる。


「あんた……なんで、こんなところに」


「ご挨拶ですねえ。決まっているでしょう。あなた方を、はるばる追ってきたんですよ」

 クレイスは悪びれもせず、にやりと笑った。見れば、その周りには、いつのまにか、揃いの装束の連れが数人。祭りの人波にさりげなく紛れて、じわりと、俺たちを取り囲みつつある。

 俺はさっと、リルとノアを背にかばった。祭りの浮かれた空気は、もう、どこかへ吹き飛んでいた。


「単刀直入に、申し上げましょうか」


 クレイスが手袋をはめた手を、すっと差し出す。


「あなたが、カルナフから持ち帰った、あるもの。あの、演算核の欠片を、我々に譲っていただきたい。もちろん、ただでとは言いません。正当な対価は、お支払いします。あなたが、一生、左うちわで遊んで暮らせるだけの、ね」


 叡核のことだ。ボズが、命がけで隠せとあれほど念を押した、あの結晶。やっぱり、こいつは、とっくに嗅ぎつけていたのだ。


「断る、って言ったら、どうする」


「おや、おや。もっと賢明な方だと、思っていたのですがね」

 

 クレイスの目が笑みの形のまま、すっと冷たく細くなる。


「ご覧の通り、これだけの人混みだ。もし、ここで、何か不幸な事故でも起きれば。巻き込まれるのは、あなた一人では済まないかもしれませんよ。たとえば、そこのお美しいお嬢さんや。あちらで、無邪気にはしゃいでいる、銀髪のお嬢さんがね」


 脅しだ。それも、ノアとリルを、露骨に引き合いに出しての。

 かっと、頭に血が上りかけた。手が勝手に、腰の黒鴉へ伸びる。

 だが、俺はその手をすんでのところで止めた。

 ここで下手に暴れれば、何の関係もない祭りの客たちを、巻き込んじまう。こいつは、それを百も承知で言ってるのだ。周りの人混みを、まるごと盾にしてやがる。反吐が出る。だが、こいつの言う通り、迂闊には動けなかった。


「ずいぶんと、汚い手を使うんだな」


「必要な手段を、選んでいるだけですよ。感傷は、捨てました。あなたのように、ね」

 

 感傷を捨てた、か。あいつは、カルナフの核でも、そう言っていた。機械も人も、ぜんぶただの道具。そういう生き方を、この男は選んだのだ。俺には、まっぴらな生き方だった。


「一つ、言っておく」


 俺は低い声で言った。


「結晶は、渡さない。金がどうこうって話じゃない。あれは、一万年も独りで頑張った奴が、最後に遺したもんだ。あんたみたいな男の、玩具にされてたまるか」

 

 クレイスの眉がぴくりと動いた。

 クレイスが一歩、詰め寄ってくる。連れの男たちも、じり、と包囲の輪を縮めた。

 俺はリルとノアを、じりじりと背にかばいながら、必死に頭を回転させた。

 どう、切り抜ける。この人混みの中で、こいつら全員を、どう相手取る。しかも、仲間を、一人も傷つけさせずにだ。

 打つ手がなかなか見つからない。じわじわと、追い詰められていく。冷や汗が、背中を伝った。

 その、時だった。

 クレイスの、すぐ背後の暗がり。そこで、何かが、ぎらり、と鋭く光った。

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