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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
〈幕間02〉

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第35話 久しぶりの街

 砂の海を抜けて、三日。

 鯨号の窓の外に、久しぶりの緑と、石造りの街並みが見えてきた。俺は操縦席で、思いきり伸びをした。凝り固まった背中が、ぱきぱきと鳴る。

 アステライア。大陸でも指折りの、でかいハンター都市だ。何百万もの人間が暮らし、世界中から遺跡荒らしが集まってくる。リルが、旅に出る前まで根城にしていた街でもある。ここへ来れば飯もうまいし、寝床も快適。おまけに、なんでも揃う。砂漠でさんざん乾いた身には、天国みたいな場所だ。


「うわー、帰ってきたって感じ!」


 助手席のリルが、窓に張りついて声を上げた。あの砂漠じゃ、底抜けに明るいこいつも、さすがに少しは応えたらしい。まあ、あの照りつける日差しと、飲み水の心細さは、俺だってもう勘弁だ。しばらくは砂を見るのも、御免こうむりたい。


「ノアさんノアさん、今夜のごはん、何?」


 リルが後ろの席のノアを振り返る。目がきらきらしていた。


「そうですね。砂ばかりでしたから、瑞々しいものを、たくさん召し上がっていただきましょう。市場でいいお野菜を仕入れて、それから、川魚なんかも焼きましょうか」


「やった!あたし、こんがり焼いたやつがいい!」


 リルが両手を上げて、はしゃいだ。三日前まで、干からびた顔で砂を睨んでいたのが、嘘みたいな元気だ。現金なもんだよ、まったく。

 だが、その元気が、ふっと途切れる瞬間がある。

 さっきまで魚だ肉だと騒いでいたリルが、いつのまにか、口をつぐんでいた。窓の外を、何を見るでもなく眺めている。指が、無意識に、胸元の鍵をなぞっていた。

 カルナフで、あいつが見た、あの断片のせいだ。白い天井。やわらかいベッド。誰かが手を握って、泣いていた。掴もうとすると、すぐに指の間から逃げていく、切れ端みたいな記憶。あれ以来、リルは時々こうして、ここじゃないどこか遠くへ、行ってしまう。

 声をかけるべきか、迷った。けど、やめておいた。

 ……いや。無理にほじくり返して、いい話じゃない。あいつの中で、何かが繋がりかけてるのは、わかる。けど、それは、あいつ自身のペースで手繰るしかないもんだ。今の俺にできるのは、隣でいつも通りにしてやることくらいだ。旨い飯を食わせて、あったかい寝床で寝かせて。難しいことは、それからでいい。


 街の外れの、いつもの駐機場に鯨号を停めて、黒匣にしまった。手のひら大の黒い箱に、あのでかい我が家が、すうっと吸い込まれていく。何度見ても、狐につままれたような気分になる仕掛けだ。旧文明の連中は、いったいどういう頭で、こんなものを作ったんだか。

 門をくぐると、街の喧騒がどっと押し寄せてきた。

 行き交う人の波。物売りが声を張り上げ、荷車の車輪がきしむ。あちこちの酒場から、笑い声と怒鳴り声が漏れてくる。砂漠の、あの耳が痛くなるような静けさとは大違いだ。生きてる街ってのは、こういう、うるさいくらいの活気があるもんだ。この雑多な喧騒が、今はやけに心地よかった。


「よう、黒衣の!しばらく見なかったな。今度は、どこの砂の底に潜ってきたんだ?」


「まあ、そんなとこだ。爺さん、とりあえず三本くれ。景気づけにな」


「あいよ。相変わらず、別嬪さん二人連れとは、羨ましいこった」


 炭火で炙りたての串を頬張りながら、俺たちは人混みを縫って歩いた。焦げた脂の匂いと、香辛料の刺激。ああ、これだ、この味だ。砂を噛むような携行食を三日も続けたあとだと、涙が出そうなくらい、うまい。

 リルはもう、二本目を平らげている。ノアは上品に、一本をちびちびとやっていた。

 この街に来るのも、もう何度目になるだろうな。最初は、俺ひとりだった。それが、いつのまにか隣にメイドがいて、後ろで、銀髪の相棒が串を頬張ってる。ソロが気楽でいいなんて、偉そうに言ってた頃が、遠い昔みたいだ。人生ってのは、どこでどう転ぶか、本当にわからない。


 串を食い終えた頃、ふと、妙なことに気づいた。

 街の空気が、どこか、ざわついている。

 活気があるのは、いつものことだ。けど、それとは、少し違う。酒場の軒先や、ギルドの掲示板の前で、ハンターたちが、深刻な顔で額を突き合わせている。景気のいい儲け話をしてる顔じゃない。何か良くない噂を、ひそひそとやり取りしてる顔だ。


「なあ、あんたら。もう聞いたか」


 串屋の親父が、声を落として身を乗り出してきた。


「近ごろ、妙なんだよ。あちこちの遺跡が、いっせいに騒がしくなってるって話さ」


「騒がしく?」


「ああ。ずっと死んでたはずの古い遺跡で、急に機械が動き出したり、オートマタが溢れ出したり。一つや二つの話じゃない。大陸のあっちこっちで、同じ時期に、いっせいにだ。潜ってた連中が、慌てて逃げ帰ってきてる。気味が悪いって、もっぱらの噂よ」


 俺は串の最後の一切れを、ゆっくり噛んだ。

 いっせいに、同じ時期に。死んだはずの機械が、目を覚ます。

 カルナフの地の底で、俺が感じたやつと、同じだ。誰かが遠くから信号を送って、眠った機械を、片端から揺り起こしてる。あれは、あの砂の街だけの話じゃなかったのか。大陸中で、同じことが起きてる。

 その“誰か”の正体に、俺はうっすら、見当がついていた。白い影。人こそが災いだと断じた、あれだ。背筋が、じわりと寒くなる。けど、それは顔には出さなかった。せっかく帰ってきたんだ。今夜くらいは、この物騒な話を、頭の隅に押しやっておきたい。


「ご主人様。難しいお顔をなさる前に、まずは買い出しですよ」


 ノアが俺の袖を、そっと引いた。いつもの穏やかな声で。考え込みかけた俺を、やんわり日常へ引き戻すみたいに。

 俺は頭を掻いて、苦笑した。まったく、こいつには敵わない。


 夕暮れの市場は、店じまい前の、最後のひと稼ぎでごった返していた。色とりどりの野菜が、山と積まれている。氷を敷いた台には、丸々と太った魚。焼きたてのパンの匂いが、鼻をくすぐった。砂漠じゃ、金を積んだって手に入らなかったものが、ここには当たり前みたいに転がっている。

 ノアは慣れた手つきで店を回り、野菜や魚を選んでいった。指先で身をつついて、鮮度を確かめる。値切るときは、にっこり笑って、けど一歩も引かない。この街の海千山千の商人相手に、まるで負けていない。旧文明の王族に仕えてたってのは、伊達じゃないらしい。


「クロウ、クロウ!これ見て、この果物、すっごく甘いんだよ!あたし、昔よく買ってたの!」


 リルが赤い果実を、両手いっぱいに抱えて駆け寄ってきた。銀髪のサイドテールが、ぴょこぴょこ跳ねている。この街は、こいつの庭だ。どの店がうまいか、どこの親父が気前がいいか、全部知っている。


「わかったわかった。好きなだけ買え。今日は、俺の奢りだ」


「ほんと?やった!」


 銭のことなんざ、もう気にする必要もない。砂の底で拾った、あのとんでもない宝のことを思い出して、俺はひそかに、口の端を上げた。あれの本当の値打ちを知ったら、この市場が丸ごと買えちまうくらいだ。まあ、そんなことは、口が裂けても言えないけどな。


 買い出しを終えて、俺たちは街外れへ戻り、鯨号を出した。

 夜。拡張された広い船内に、ノアの作る夕飯の匂いが満ちていた。焼けた魚の香ばしさ。野菜の甘い湯気。三日ぶりの、まともな飯だ。

 テーブルを囲んで、俺たちは久しぶりの晩餐にありついた。リルは頬にご飯粒をつけて、リスみたいに口いっぱいに頬張っている。相変わらずの食いっぷりだ。ノアはそんなリルを、目を細めて眺めていた。まるで、聞かん坊の妹を見る姉さんみたいな顔で。

 あったかい飯を、気の置けない連中と囲む。ただ、それだけのことだ。けど、砂漠のあの心細い夜を思うと、この当たり前が、やけにありがたく感じられた。

 飯のあと、リルは腹がくちくなったのか、ソファでうとうとし始めた。ノアがそっと、毛布をかけてやる。


「よく、眠っていますね」


 ノアが囁くように言った。


「砂漠では、ずっと気を張っていましたから。この子も、疲れていたのでしょう」


「ああ。……あいつの記憶のことも、あるしな」


 俺が呟くと、ノアは少しだけ、目を伏せた。


「わたしにも、覚えのある心細さです。自分が何者なのか、わからないというのは」


 ノアもまた、記憶の一部を失っている。リルと、対みたいなものだ。俺はこの穏やかなメイドの横顔を、そっと見た。こいつもこいつで、思い出せない何かを、静かに抱えている。


「まあ、焦るなよ。記憶だろうと、鍵の謎だろうと。一緒に、ゆっくり手繰りゃいい。俺たちには、時間だけはたっぷりあるんだ」


 ノアはふっと、微笑んだ。灯りに照らされたその顔は、いつもより少しだけ、やわらかく見えた。


「はい。ご主人様が、そう言ってくださると、心強いです」


 窓の外では、アステライアの夜景が、宝石をばら撒いたみたいにきらめいていた。

 この賑やかな街のどこかで、良くない何かが、静かに動き始めている。遺跡が目覚め、白い影が、何かを企んでいる。そんな予感は、確かに、胸の底にあった。財団のことも、リルの記憶のことも、片づけなきゃならない宿題は、山ほどある。

 けど、今夜だけは、忘れておくことにした。

 うとうとするリルの寝顔と、湯気の立つ茶と、隣で微笑むメイド。まずは、この久しぶりの我が家のあったかさを、たっぷり味わっておこう。難しいことは、また明日からでいい。



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