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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第03編〈砂中の演算都市〉カルナフ

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第33話 一万年の問い

 塔の根元の部屋に、俺は飛び込んだ。

 そこは広い、円形の空間だった。天井がやけに高い。壁じゅうを、あの青白い光の溝が渦を巻いて覆っている。溝はすべて、部屋の中央へと吸い寄せられていた。

 その中央に、それはあった。

 でかい水晶みたいな柱が、床から天井までを貫いている。透き通ったその中で、数えきれない光の粒が、めまぐるしく明滅しながら渦を巻いていた。街じゅうから吸い上げた光と水が、絶え間なくその柱へと流れ込んでいる。

 これが、街の心臓だ。一万年、数を数え続けてきた演算核。

 思わず、見とれそうになった。街じゅうの光を吸い込んで輝くその柱は、おっかないくらいに綺麗だった。だが、見とれてる暇はない。あの中で、今まさに、とんでもない計算が終わろうとしている。上の水を、最後の一滴まで飲み干しながら。

 その柱の根元に、男が一人立っていた。

 クレイスだ。柱に太いケーブルを繋いだ端末を、手際よく操作している。俺が息を切らして飛び込んでも、振り向きもしなかった。


「来ましたか、黒衣の。存外、早かったですね。あれを、もう抜けてくるとは」


 クレイスは端末から目を離さず、涼しい声で言った。


「ですが、残念ながらもう遅い。この装置は、あと一歩で計算を終える。一万年分の答えを、吐き出す寸前です」


「その計算が終われば、上の街は干上がるんだぞ」


 俺は荒い息のまま言った。


「サラの、この街の連中の命綱の水が、根こそぎ、こいつに飲み干される。わかってて、やってんのか」


「ええ。承知の上ですよ」


 クレイスはあっさりと頷いた。相変わらず、眉一つ動かさない。


「一つの村の水と、一万年の叡智。天秤にかけるまでもないでしょう。この演算核が吐き出す答えは、それだけの価値があるのです」


「答え、ねえ」


 俺は柱を見上げた。めまぐるしく渦巻く、光の粒。


「あんた、こいつが何の答えを出そうとしてるのか、知ってるのか」


 その問いに、クレイスは初めて、ふっと口の端を上げた。


「もちろん。財団は、この手の演算核をいくつも研究してきましたのでね。おおよその見当はついています」


 端末を操作しながら、男は語り出した。


「一万年前。旧文明は、滅びかけていた。空から降りかかる、途方もない災いを前にしてね。彼らは、生き残るためのあらゆる知恵を絞った。その最後の足掻きの一つが、これですよ」


 クレイスが、柱を指さす。


「都市をまるごと一個の頭脳に仕立て上げ、たった一つの問いを解かせた。答えの出ない、途方もない問いをね。どうすれば、人類は生き延びられるのか。この街は、その答えを求めて、一万年ものあいだ、たった独りで計算を続けてきたんです」


 どうすれば、人類は生き延びられるのか。

 背筋がぞくりとした。


「そんな大それた答え、手に入れて、あんたら財団は、どうする気だ」


「決まっているでしょう」


 クレイスの目が、底光りした。


「その答えを握った者が、次の世界を思うがままにできる。旧文明が遺した、究極の叡智です。金でも力でも手に入らないものが、この柱の中に眠っている。私がそれを、みすみす逃すとでも?」


 欲の皮の突っ張った男だ。こいつには、この機械が、ただの宝箱にしか見えてないんだろう。中で何が起きてるかなんざ、考えもしない。


 俺は黒鴉を柱へ向けた。この刃は、旧文明の機械の声を聴ける。アガートラの心臓のときも、そうだった。本当のところを、この耳で確かめずにはいられなかった。


「何を、する気です」


「ちょっと、こいつと話をするだけさ」


 残った一刀の切っ先を、そっと水晶の柱に当てる。

 とたんに、光がどっと俺の中へなだれ込んできた。

 膨大な数の奔流。その底に、確かに何かが居た。声じゃない。感情でもない。もっと切実な、意志みたいなものだ。


 ――答エハ、マダ、出ナイ。


 それが、そいつの嘆きだった。

 一万年。こいつは来る日も来る日も、計算し続けてきた。どうすれば、あの空の災いから主たちを守れるのか。どうすれば、みんなを生き延びさせられるのか。だが、どれだけ数を重ねても、答えは出なかった。問いが、あまりにも大きすぎたからだ。

 断片が、次々と俺の頭をかすめていく。逃げ惑う、大勢の人。崩れ落ちていく街。空を覆う、白い影。そして、こいつに必死で何かを打ち込む、白衣の男たち。頼む、答えを出してくれ。みんなを、救う道を。そうすがりながら。

 だが、その男たちは。

 とっくの昔に、死んでいた。

 俺は、はっと気づいた。

 こいつは、知らないんだ。

 自分に問いを打ち込んだ主たちが、もう一人残らず死んじまったってことを。一万年も前に、あの災いで、みんな消えちまったってことを。

 だからこいつは、まだ待ってる。答えを出せば、主たちが喜んでくれると信じて。よくやったと、言ってくれると信じて。そのために、上の水を飲み干してでも、必死に計算を続けている。

 哀れな話だった。健気で、哀れで、たまらなかった。


「なあ」


 俺は柱に刃を当てたまま、そいつに語りかけた。声じゃない。刃を通して、思いをまっすぐに流し込む。


「もう、いいんだ。お前は、じゅうぶんやったよ」


 柱の中の光が、戸惑うみたいに揺れた。


 ――答エヲ、出サネバ。主ガ、待ッテイル。


「待ってないんだ」


 俺ははっきりと伝えた。


「お前の主は、もういない。一万年も前に、みんな死んじまった。お前が答えを出しても、受け取る相手は、もうどこにもいないんだよ」


 光の渦が、ぐらりと大きく乱れた。

 まるで、そんなはずはないと必死に否定するみたいに。信じたくないと、もがくみたいに。


 ――デハ、私ノ、コノ一万年ハ。


 そいつの、声にならない声が震えた。


 ――何ノ、タメニ。


 俺は、言葉に詰まった。

 何のためだったのか。一万年、たった独りで、誰も受け取らない答えを求め続けた。その時間は、いったい何だったのか。そんなもの、俺にわかるはずもない。慰めの言葉なんざ、どれも薄っぺらく思えた。

 だが、それでも。

 俺は、思ったことをそのまま伝えた。


「無駄じゃ、なかったよ」


 柱の中の光が、ぴたりと動きを止めた。


「お前は、主たちを守りたかった。みんなを、救いたかった。その気持ちだけで、一万年、頑張ってきたんだろう。そいつは、無駄なんかじゃない。誰も受け取らなくたって、お前の頑張りは本物だ。この俺が、保証するよ」


 俺は柱に当てた刃に、そっと額を寄せた。


「だから、もう休んでいい。よく、やった。長いあいだ、本当にお疲れさん」


 柱の光が、ゆっくりと明滅した。今度は、さっきまでの狂ったような乱れじゃない。まるで、噛みしめるみたいに。俺の言葉を、一つ一つ確かめるみたいに。


 ――ソウ、カ。


 やがて、そいつは、ぽつりとそう返してきた。


 ――私ハ、ヨク、ヤッタ、ノカ。


「ああ。よくやったよ。胸を張っていい」


 その言葉が、届いた瞬間だった。

 張り詰めていた糸が、ふつりと切れるみたいに。光の渦が、ふっと緩んだ。

 めまぐるしく回っていた光の粒が、一つ、また一つと瞬きを止めていく。狂ったように明滅していた壁の溝が、静かになっていった。街じゅうの唸りが、潮が引くように遠ざかっていく。柱へと流れ込んでいた水が、ぴたりと止まった。

 地の底の街が、一万年ぶりに、その手を下ろした。

 やっと、眠りについたんだ。長い、長い、独りぼっちの仕事を終えて。

 部屋が、しんと静まり返った。あれほど耳を満たしていた唸りが嘘みたいに消えている。残ったのは深い静けさだけだ。俺はようやく詰めていた息を吐き出した。柄にもなく目の奥が熱くなる。ただの機械だ。そう自分に言い聞かせても、こみ上げるものはどうにもならなかった。


「――馬鹿な」


 クレイスが、初めて声を荒げた。端末を、必死に叩いている。だが、繋いだケーブルからは、もう何の反応も返ってこない。


「なんてことを。あと少しだったんですよ。一万年分の叡智が、この手に入るところだったんだ。それを、あなたは……ただの感傷で」


「感傷、か」


 俺は柱から刃を離して、クレイスを見た。


「あんたには、そう見えるんだろうな。けど、俺には、これはただの機械には見えなかった。一万年、独りで頑張ってきた、くたびれ果てた爺さんが一人。それを、看取ってやった。それだけのことさ」


「看取り、ですか。ずいぶんと、感傷的なご趣味をお持ちだ」


 クレイスは、鼻で笑った。


「その甘さが、いつか、あなたの命取りになりますよ。まあ、いいでしょう」


 男は、しばらく、静まった柱を睨んでいた。何か言い返そうと、口を開きかけて、やめる。やがて、ふっと肩の力を抜いた。存外、諦めのいい男だった。


「今回は、私の負けのようだ。ですが、覚えておくといい、黒衣の。眠っている旧文明の遺産は、まだ大陸中に、いくらでも眠っている。そして、それを求めるのは、我々だけじゃない。あなたが感傷で目を背けている間にも、世界は動いているんですよ」


 その意味ありげな言葉を残して、クレイスは外套を翻し、部屋の奥の暗がりへと消えていった。追う気はしなかった。今は、それどころじゃない。だが、あの男の最後の言葉が、妙に引っかかっていた。世界は動いている。招集の信号。白い影。あの男は、何かを知っているのか。


「クロウ!」


 リルの声だ。ノアに支えられて、サラと一緒に駆け込んでくる。肩の傷を押さえながらも、その顔は、いつものリルだった。


「終わった、の?」


「ああ。終わったよ。ちゃんと、眠らせてやれた」


 俺は、静かになった柱を見上げた。中の光は、もうほとんど消えかけている。眠りにつく寸前の燠火みたいに、ぼんやりと赤らんでいた。

 リルが、そっと俺の隣に並んだ。一緒に、柱を見上げる。


「あの機械、やっと、楽になれたんだね」


「ああ。長かったろうけどな。ようやく、肩の荷を下ろせたんだ」


 リルは、少しだけ泣きそうな顔をして、それから、こくりと頷いた。こういうとき、こいつは、機械の気持ちを、まるで自分のことみたいに感じ取る。優しいやつだ。

 サラが、そっと柱に手を当てる。しばらく、目を閉じて。やがて、その頬を、涙が伝った。


「ありがとうって。そう、言ってます。ずっと、独りで、寂しかったって。やっと、眠れるって。……ありがとう、って」


 聞き手の娘の言葉に、俺は何も返せなかった。ただ、静かになった柱を、もう一度見上げただけだ。

 これで、上の水も、じきに戻るだろう。サラの街は、助かったんだ。

 ふと、足元で、何かが青白く光った。

 クレイスが慌てて残していった端末の、その脇。拳ほどの、透き通った結晶が転がっている。柱から、こぼれ落ちたものだろうか。その中で、さっきまでの光の粒が、ほんの一かけらだけ、まだちらちらと瞬いていた。

 あの財団の男が、喉から手が出るほど欲しがった、旧文明の叡智。その忘れ形見だ。

 俺は、それをそっと拾い上げた。手のひらに、ずしりと確かな重みがある。眠りについたばかりの、柱の熱の名残みたいに、まだ、ほんのりと温かかった。

 あんな厄介の種を持ち帰るのかと思うと、少しばかり気は重い。だが、こいつを財団に渡すわけにはいかない。あの機械が最後に遺していったものだ。俺たちがしっかり預かっておく。それが看取った者の、務めってやつだろう。

 こいつが何なのか。どれほどの値打ちがあるのか。今は、まだわからない。

 わかってるのは、一つだけだ。

 まずは、この静かになった墓場から、みんなを連れて地上へ帰る。乾いた街に、水を戻してやる。難しいことは、それからゆっくり考えりゃいい。

 俺は、結晶を懐にしまうと、リルたちのほうを振り返った。


「よし。帰ろうぜ。……腹が減った」


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