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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第03編〈砂中の演算都市〉カルナフ

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第31話 出鱈目の砲手

 広間を出ると、蠍はまだそこにいた。

 俺たちが逃げ込んだ脇道の出口、その正面。八本の脚を畳んで、低く身を伏せている。逃げた獲物が巣穴から這い出してくるのを、じっと待ち構えてやがったのだ。気の長い番犬だよ、まったく。腹の下からは相変わらず青白い光の管が何本も伸びて、街の血を吸い上げている。こっちが顔を出した瞬間、節だらけの尾がぴくりと持ち上がった。


「来たぞ。打ち合わせ通りだ」


 俺は黒鴉を構えた。

 作戦は単純だ。リルが鍵で街の計算に負荷をかけ、蠍の“読み”を鈍らせる。鈍ったところを出鱈目な砲撃と俺の連携で押さえ込んで、その隙に中央の塔の核まで突っ走る。単純だが、賭けの要素が多すぎる。鍵がどう作用するかも、負荷が足りるかも、やってみなけりゃわからない。

 けど、ぐだぐだ言ってる暇はなかった。上の水はこうしてる今も、滝みたいに飲まれ続けてるんだ。サラの街が、一刻ごとに干上がっていく。


「ノア、サラを頼む。何があっても、その子から離れるな」


「かしこまりました」


 ノアがサラの前に、すっと立つ。メイド服の袖から、いつもの細い刃をのぞかせて。これで後ろは、ひとまず心配ない。


「リル、頼む」


「うん!」


 リルが胸元の鍵を両手で握り込んだ。

 目をぎゅっとつぶる。その小さな手の中で、古い鍵がじわりと青白い光を強めていった。街じゅうを這う溝と、寸分たがわぬ色だ。


「街さん。ちょっとだけ、お邪魔するよ」


 リルが囁いた。

 次の瞬間、光がはじけた。

 鍵から放たれた光が、足元の溝へとざあっと流れ込んでいく。波紋みたいに通りを伝い、建物を渡り、街じゅうへ広がった。とたんに街の唸りが跳ね上がる。明滅がめちゃくちゃに乱れだした。規則正しかった光の流れが、急にあっちへこっちへと暴れ出す。でかい水たまりに、いきなり石を投げ込んだみたいに。


「サラ、どうだ!」


「効いてます!」


 俺のすぐ後ろで、サラが叫んだ。胸を押さえ、顔をしかめながら、それでもはっきりと。


「街が混乱してます!いろんな計算がいちどに押し寄せて、処理が追いついてない!今です!」


 効いた。

 見ると、蠍の動きが目に見えてぎこちなくなっていた。さっきまでの、油を差したみたいになめらかな殺意が、嘘みたいに消えている。脚の運びがばらばらだ。尾の構えも、どこか頼りない。街がこいつを操る余裕を、なくしたのだ。


「リル!撃て!いつもの出鱈目でな!」


「言われなくても!」


 リルが杖を振り上げた。

 狙いなんざ、つけやしない。穂先に膨らんだ光を、ただめちゃくちゃにぶっ放す。一発、二発、三発。あっちへ、こっちへ、てんでばらばらの方向へ。壁が抉れ、床が爆ぜ、天井から砂がこぼれ落ちる。我ながら、味方の砲撃が一番怖いなんてのは、なかなかできる経験じゃない。けど、今はそれでいい。出鱈目こそが、こいつの天敵なんだ。

 その滅茶苦茶な弾幕が、ぎこちなくなった蠍をまともに捉えた。

 今までなら楽々避けていたはずの一撃が、装甲を続けざまに抉る。蠍がよろめいた。砂の中へ潜ろうとして、タイミングをしくじり、無様にたたらを踏む。読みが利いてない。どこへ飛んでくるかわからない弾を、計算しきれずにまともに食らってやがる。


「いいぞ、その調子だ!考えるな、感じろってやつだ!」


「なにそれ!でも、わかる気がする!」


 俺は駆け出した。

 蠍が弾幕に気を取られてる隙に、懐へ潜り込む。いつもなら踏み込む寸前に尾で潰されてた間合いだ。けど、今の蠍は俺の動きを読みきれない。尾の反応がワンテンポ遅れた。その一拍を、逃さず突く。

 黒鴉の二刀が、蠍の脚の付け根を深々と斬り裂いた。星滴で研ぎ澄まされた刃が、ぶ厚い装甲を豆腐みたいに断つ。脚が一本、火花を散らしてもげ落ちた。残った脚で体を支えようとして、蠍が大きく傾く。

 蠍が初めて、悲鳴みたいな駆動音を上げる。


「やった!ねえクロウ、あたしたち、けっこうやれてるんじゃない?」


「調子に乗るな。けど、まあ――悪くは、ない流れだ」


 塔のほうへ、ちらと目をやった。今なら、蠍が傾いてる隙に、核まで突っ走れるかもしれない。そう思って一歩踏み出した瞬間、行く手の床がぐぐっとせり上がった。つるりとした壁が、塔への道を塞いでいく。蠍が手こずってる間も、街そのものはちゃんと俺たちを核から遠ざけてやがるのだ。抜け目がない。

 なら、もう一押しだ。脚をあと何本か削いで、蠍ごと動きを止めてから、力ずくで壁をぶち抜く。そう、頭の隅で算盤を弾いた。

 けど、その算盤が嫌な音を立てた。

 嫌な予感が、ちりっと背中を走る。

 うまくいきすぎてる。こういうときが、決まって一番危ない。長年の墓荒らし稼業で、嫌ってほど身に染みた勘だ。


 その予感は、ものの数秒で当たった。


「ご主人様!」


 ノアの、鋭い声が飛んだ。

 俺ははっとして、リルのほうを振り向いた。

 リルの様子がおかしい。鍵を握ったまま、その場に膝をついている。顔から血の気が引いて、歯を食いしばっていた。


「リル!」


「だ、大丈夫っ。でも、変なんだ。鍵が、勝手に。あたしの中の、何かを、ぐいぐい引っ張ってくる!」


 リルの胸元で、鍵がもはや彼女の手に余る勢いで光り輝いていた。リルが流し込もうとしてる力を、はるかに超えて。まるで堰を切ったみたいに、際限なく。

 そして、リルの瞳が、ふっと焦点を失った。


「……あれ。なに、これ。だれかの、声がする」


 うわごとみたいに、リルが呟いた。


「やわらかいベッド。白い天井。だれかが、あたしの手を、ぎゅって握って、ごめんね、って、泣いてる。なんで。なんで、泣いてるの」


 鍵が引っ張り出したのは、力だけじゃなかった。こいつの奥底に沈んでた何かまで、無理やり浚い上げてる。失くしたはずの、記憶のかけらを。


「リル!戻ってこい!こっちを見ろ!」


 俺が怒鳴ると、リルははっと目を見開いた。焦点が戻る。けど、その顔は、見たことがないくらい心細げに歪んでいた。


「クロウ。あたし、今、なにか――」


「あとだ!今は、目の前に集中しろ!」


「サラ、街は!」


「まずいです」


 サラが耳を押さえて、悲鳴を上げた。


「混乱が、収まってきてます。うん、違う!街がリルさんの鍵を、逆に利用し始めたんです!押し寄せた計算を力ずくで片付けるために、処理の速度をどんどん上げてる!」


 最悪の、誤算だった。

 負荷をかけて街を溢れさせるつもりが、街は、その溢れた計算を力ずくで処理しきるために、ギアを上げやがった。リルの鍵から流れ込む力を、計算を加速させる燃料に変えている。叩いたつもりが、餌をくれてやったわけだ。


「上の水を飲む速度が、跳ね上がってます!」


 サラの顔が絶望に歪んだ。


「このままじゃ、計算が終わるまで保たない!オアシスが、あっという間に干上がっちゃう!」


 くそ。

 俺たちが計算を止めようとしたことが、まるごと裏目に出た。街を揺さぶったせいで、かえって終わりを早めちまった。よかれと思って井戸の底を蹴り壊した、間抜けな鼠みたいなもんだ。


 しかも、面倒はそれだけじゃ済まなかった。

 加速した街の演算が、再び蠍へと流れ込んでいく。

 ぎこちなかった蠍の動きが、みるみる滑らかさを取り戻していった。もげた脚の傷口から青白い光が滲み出して、失われた脚がじわじわと再生されていく。傾いていた巨体が、ゆっくりと、また低く構え直す。街が計算を取り戻すと同時に、こいつへの“読み”も操作も、何もかもが元に戻っていくのだ。

 リルの出鱈目が、もう効かない。

 加速した街は、リルの滅茶苦茶な砲撃すら片端から計算し尽くして、つるりといなし始めた。さっきまで面白いように当たっていた弾が、また空を切っていく。しかも肝心のリルは、鍵に力を吸われて、まともに狙いもつけられない有様だ。


「嘘でしょ。なんで、なんでなの!」


 リルが青ざめた顔で、それでも杖を構え直す。けど、もう、彼女自身が鍵に力を吸われて、ふらついていた。立っているのが、やっとだ。

 形勢が、きれいにひっくり返った。

 ほんの一瞬の優勢から、一気に最悪へと。


 そして、間の悪いことに。

 塔の方角から、別の音が轟いた。

 地鳴りとは違う。何か、でかい機構が起動する、嫌な音だ。

 サラがはっとして、塔のほうを見上げた。


「中央の核に、あの財団の人たちがたどり着いた!無理やり、接続してます!」


 クレイス。

 あの男がとうとう、いちばん奥にたどり着いたのだ。俺たちが蠍に手こずってる、ちょうどその隙に。

 核に直接ケーブルを繋いで、起動をもっと加速させようとしている。街の演算を限界まで引き上げて、答えを力ずくで吐き出させるために。仲間の死体を踏み越えてまで欲しがった“資産”だ。何が何でも手に入れる気らしい。たいした執念だよ。


「街が、すごく喜んでるみたいに聞こえます」


 サラが、震える声で言った。


「やっと答えが出せる、やっと役目が終わるって。だから、もう止まってくれない。あの人たちと、あたしたちが、二人がかりで、終わりへ背中を押しちゃってるんです」


 皮肉な話だった。止めようとした俺たちと、起こそうとした財団。狙いは正反対なのに、二人して、この街を終わりへと走らせてる。

 二重の加速だった。リルの鍵で乱れた街が、自分で立て直そうとして速まり、そこへ財団が、核から鞭を入れる。

 街が軋みを上げて、暴走を始めた。

 壁が不規則にせり上がっては崩れ、床が波打つ。溝を流れる光がもはや制御を失って、あちこちで火花みたいに弾けていた。地の底の街が、まるごと悲鳴を上げているみたいだった。


「クロウ、どうするの!?」


 リルがふらつきながら、叫んだ。

 蠍は再び、完全な狩り手に戻っていた。再生したばかりの脚で地を蹴って、こっちへ迫ってくる。背後の塔では財団が核を煽り、街は暴走し、上の水は滝みたいに飲み込まれていく。リルは鍵に力を吸われて、満足に動けない。

 ノアは崩れかけたリルを片腕で抱え、もう片方の手で迫る瓦礫を斬り払っていた。いつもの穏やかな顔は、もうどこにもない。サラはその足元で耳を押さえ、唇を噛んで震えている。誰も、余裕なんざありゃしない。頭上では、せり上がった壁が、また別の形に崩れ落ちていく。足場が、一秒ごとに変わっていく。

 四方、八方、ふさがってる。

 考えろ。

 俺は奥歯を噛んだ。退路はない。時間もない。仲間は消耗しきってる。じゃあ、どうする。逃げるか。いや、逃げ場なんざ、どこにもありゃしない。

 道はひとつだけだ。蠍を抜けて、塔へ、核へ突っ込む。クレイスを止めて、街の暴走を、根元からぶった斬る。それしか、ない。

 けど、そのためには、まず目の前の蠍を突破しなきゃならない。読みを取り戻した、あの分からず屋の化け物を。一人で囮になって、こいつの気を引きつけて。その隙に、誰かが核へ。いや、駄目だ。リルは動けない。ノアはサラを抱えてる。結局、全部、俺がやるしかない。一人で、だ。

 腹をくくった。久しぶりだな、この感覚は。誰も連れてない、ソロのときの覚悟ってやつだ。


「ノア!リルを頼む。俺が蠍の気を引く!その隙に――」


 言い終える、その前だった。

 迫っていた蠍の尾が、ぐん、と伸びた。

 俺へ、じゃない。

 膝をついて、無防備に光り輝いている、リルへ。

 街がはじき出した“答え”は、明白だった。今いちばんの脅威は、鍵で街を引っ掻き回す、リル。ならば、まっさきにそれを潰せ。冷たい計算が、そう結論を出していた。


「リル――!」


 俺は地を蹴った。けど、間に合わない。距離が、ありすぎる。ノアがリルへ飛びつこうとする。それも、わずかに遠い。サラの悲鳴が、やけに遠くで響いた。

 青白い針が、光の尾を引いて、まっすぐリルの胸へと振り下ろされた。



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