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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第03編〈砂中の演算都市〉カルナフ

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第30話 読めない一手

 尾が、振り下ろされた。

 俺は考えるより先に、地を蹴っていた。逃げ道は塞がれてる。なら、塞いだ本体に体ごと突っ込むしかない。針が床を抉った瞬間、その鼻先をかすめて、俺は蠍の脇を転がり抜けた。装甲が肩を削っていく。痛い。けど、生きてる。今はそれで御の字だ。


「ノア、リル、退くぞ!いったん仕切り直しだ!」


 返事は、なかった。代わりに、リルの砲撃が、蠍の横っ面で炸裂した。怒り任せの、めちゃくちゃな一発。それで一拍、やつの動きが鈍る。その隙に、ノアがサラを抱えて、開いたばかりの脇道へ飛び込んだ。俺とリルも、転がるみたいに後を追う。

 背後で、また壁がせり上がる音がした。蠍と俺たちのあいだに、街が間仕切りを立てていく。追ってくる気配は、すぐには、ない。たぶん、こいつにとって俺たちは、もう逃げ場のない獲物だ。慌てて追う必要もない、ってわけだろう。腹立たしいが、おかげで息はつける。

 脇道を抜けた先は、ぽっかりと天井の高い、広間みたいな空間だった。

 壁際に、半分崩れた機械の残骸が積み上がっている。古い、旧文明の残骸だ。蠍の連中とは、毛色が違う。とっくに死んで、動かなくなった代物。隠れて息を整えるには、ちょうどいい。

 俺は、崩れた柱に背中を預けて、ずるずると座り込んだ。強化服の肩が、嫌な音を立てる。脇腹も、じんじん痛む。さんざんな目に遭ってるな、今日は。


「クロウ、傷!」


「かすり傷だよ。っていうほどかすってもないけどな。装甲がだいぶ持ってかれただけだ」


 リルも、髪を一房焦がして、息を切らしていた。ノアの腕の中で、サラは真っ青な顔をして、それでも気丈に頷いてみせる。聞き手の娘も、肝が据わってきたじゃないか。

 ひと息ついて、俺は天井を仰いだ。

 さて、どうしたもんか。

 あの蠍は、まともにやり合っちゃいけない相手だ。斬っても撃っても、ぜんぶ読まれる。一度見せた手は、即座に潰される。おまけに砂の中を泳いで、どこからでも突き上げてくる。街が地形を変えてやつに味方し、戦えば戦うほど、相手は賢く、強くなる。ついでに、上の水もごくごく飲まれていく。考えれば考えるほど、勝ち目が見えてこない。頭が痛くなってくる。


「ご主人様」


 ノアが、静かに口を開いた。


「あの蠍は、それ自体が考えているわけではありません。考えているのは、この街です。街が、わたしたちの動きを残らず読み解いて、最適な“答え”を、あの体に送っている。だから、わたしたちの手が、ことごとく先回りされるんです」


「ああ、それはわかった。けど、わかったところで、どうしようもないだろ。相手は街まるごとだ。こっちの手が全部読まれてんなら、打つ手なんざ――」


 そこまで言って、俺は、ふと口をつぐんだ。

 全部、読まれてる。

 本当に、そうだったか?


「……いや、待てよ」


 俺は、さっきの戦いを、頭の中で巻き戻した。あの、嫌な手応えの中で、一度だけ。たった一度だけ、引っかかったものがあった。


「リル。お前、さっき、やけくそで撃っただろ。狙いもへったくれもない、めちゃくちゃな一発」


「え?う、うん。だって、もう、むしゃくしゃして」


「あれが当たったとき。蠍のやつ、一瞬、動きが狂った。覚えてるか」


 リルが、きょとんとした。


「そう、だっけ?」


「ああ。間違いない。あれだけ正確に避けてた蠍が、お前の出鱈目な一発にだけは、対応が遅れた。脚をもつれさせてた」


 言いながら、頭の中で、形になっていく。

 あの蠍は、計算で動いてる。俺たちの動きを読んで、次に何が来るかを割り出して、先回りする。剣の角度。砲撃の軌道。逃げる方向。ぜんぶ、こっちの“いつもの手”だから、読める。型がある動きは、読まれる。

 だったら。


「読めないんだよ」


 俺は、ひとりごちた。


「計算で読めないものが、あいつの弱点だ。狙いを定めた一撃は、読まれる。けど、本人にすら、どこへ飛ぶかわからない出鱈目な一発は――計算しようがない」


 ノアが、ゆっくりと、頷いた。


「ええ。理屈は通ります。あの街は、規則性のあるものなら、何でも読み解いてしまう。けれど、規則そのものを持たない動き、まったくの出鱈目には、答えの出しようがありません」


「つまり、あたしの撃ち方が雑だったのが、よかったってこと?」


 リルが、なんとも言えない顔をした。褒められてるのか、けなされてるのか、自分でも判断がつかないらしい。


「胸を張れ。お前のその、何も考えてない感じが、今日ばかりは最強の武器だ」


「……それ、絶対、褒めてないよね?」


 まあ、半分は褒めてる。残り半分は、まあ、いつものことだ。

 だが、それだけじゃ、足りない。

 たとえリルの出鱈目で蠍を一瞬狂わせられても、あいつ自身は、すぐに立て直す。一瞬の隙を作れても、致命傷には届かない。何より、あの蠍は、街に繋がってる限り、いくらでも体勢を立て直せる。倒すべきは、蠍じゃない。蠍を動かしてる、街そのものだ。


「ノア。蠍を動かしてるのが街なら。その街の計算を、止めるか、邪魔するかできれば、蠍も動けなくなるんじゃないか」


「理屈の上では。ただ、街の計算を完全に止めるには、結局、いちばん奥――あの中央の塔の、核まで行き着かなければなりません。そこへ行くには、蠍を抜けないといけない。堂々巡りです」


 堂々巡り、か。さんざんだな。

 俺は、頭をがしがし掻いた。蠍を倒すには街を止めるしかない。街を止めるには蠍を抜けるしかない。どっちが先だ、って話になっちまう。

 そのとき、壁際の残骸を、じっと見ていたノアが、ふと、顔を上げた。


「……いえ。完全に止める必要は、ないのかもしれません」


「あ?」


「考えてみてください。今この街は、二つのことを、同時にやっています。ひとつは、本来の目的――例の、巨大な計算。もうひとつは、わたしたちを排除するために、蠍を細かく操ること。膨大な計算をしながら、同時に、あれだけ精密に蠍を動かしている」


 ノアの目が、きらりと光った。世話焼きのお姉さんが、職人の顔になる瞬間だ。


「では、もし。その計算のほうに、わざと、とんでもない負荷をかけてやったら、どうでしょう。街の“頭”を、本来の計算だけで手一杯にさせてしまえば――蠍を動かすほうに、回す余裕がなくなる」


 俺は、思わず身を起こした。


「蠍が、馬鹿になるってことか」


「下品な言い方をすれば、そうですね。街が、自分の計算に夢中で、蠍の操作まで、手が回らなくなる。そうなれば、蠍の動きは、ずっと単純になります。あの、嫌な“読み”も、鈍くなるはずです」


 なるほど。

 全部を止めるんじゃない。あいつの“頭”を、片方の仕事で溢れさせてやればいい。一度に二つのことをやらせて、片方を、おろそかにさせる。

 けど、問題は、どうやって、その負荷をかけるかだ。


「ノア、心当たりは?」


「……ひとつ、気がかりなことが」


 ノアが、ためらいがちに、リルを見た。正確には、リルの胸元を。

 そこで、淡い光を放っている、古い鍵。


「リルさんの、その鍵。あれが街に応えたとき、計算が一気に進みました。あの鍵は、この街にとって、ただの“入力”じゃない。もっと深いところに、直接、触れている。まるで――鍵が、扉を開けるみたいに」


 リルが、自分の胸元を見下ろした。


「これが?」


「ええ。もしかすると、あなたの鍵を使えば、街の計算を、こちらから揺さぶれるのかもしれません。一気に負荷をかけて、街の“頭”を、溢れさせる。……ただ」


 ノアの声が、わずかに沈んだ。


「それが、街にどう作用するのか、わたしにも読めません。下手をすれば、計算をもっと急がせて、水を飲む速度を、上げてしまうかもしれない。あなたの鍵に、何が起きるかも、わかりません」


 俺は、リルを見た。

 リルは、鍵を、きゅっと握り込んでいた。さっきまで街の連中を心配してた顔でも、戦いに挑む苛烈な顔でもない。なんだか、迷子の子どもみたいな、心細げな顔をしている。


「あたしの、これが。鍵」


 ぽつりと、リルが言った。


「ねえ、クロウ。あたし、やっぱり、変だよね。記憶もないし、この鍵がなんなのかもわからない。それなのに、こんな旧文明の街が、あたしのことを知ってるみたいに、応えてくる」


「リル」


「怖いんだ。正直。これを使ったら、あたし、何か……取り返しのつかないこと、しちゃう気がして」


 俺は、立ち上がった。肩がぎしりと鳴ったが、構わず、リルの前に立った。


「お前が何者だろうと、その鍵が何だろうと、知ったこっちゃない」


 できるだけ、いつもの調子で言った。


「俺たちが知ってるのは、お前が、めちゃくちゃ撃ちまくる、頼れる相棒だってこと。それだけで、十分だろ。鍵の謎なんざ、街を止めて、サラの水を取り戻して、それから、ゆっくり一緒に解いてやる。アガートラのときも、そう言っただろ。一緒に探してやるって」


 リルが、俺を見上げた。


「……でも、失敗したら」


「したら、そんときは、俺が何とかする。出鱈目に剣振り回して、力ずくでな。お前のおかげで、出鱈目が一番強いって、さっき学んだとこだ」


 リルの顔が、ふっと、ほどけた。心細げな色が、すうっと引いていく。


「もう。なにそれ。あたしの真似?」


「弟子入りだよ。出鱈目剣術の」


 リルが、ぷっと吹き出した。ようやく、いつものリルの顔だ。


「……わかった。やってみる。あたしの鍵で、この街、引っ掻き回してやる」


「その意気だ」


 ノアが、傍らで、やわらかく微笑んでいた。サラも、強張っていた頬を、少しだけ緩めている。

 作戦が、固まってきた。

 まず、リルの鍵で、街の計算に思いきり負荷をかける。街の“頭”が、本来の計算で手一杯になれば、蠍への“読み”が鈍る。そこを、リルの出鱈目な砲撃と、俺の連携で、押さえ込む。蠍が単純になってる隙に、中央の塔の核まで、突っ走る。そして、街の計算そのものを、止める。

 欠点だらけの作戦だ。鍵がどう作用するか、わからない。負荷が足りるかも、わからない。蠍が、どこまで鈍るかも、やってみないとわからない。賭けの要素が、多すぎる。

 けど、ほかに、手はない。


「ノアは、リルの鍵が暴走しないよう、そばで見ててくれ。サラ、お前は――」


「わたしも、行きます」


 サラが、きっぱりと言った。さっきまで真っ青だった娘が、まっすぐな目で、俺を

 見ている。


「わたし、声が聴けます。街が、何を考えてるか、近くにいれば、わかる。みんなより、ずっと早く。きっと、役に立てます」


 危ない、と言いかけて、やめた。この娘の目は、もう、決まってる。それに、聴き手の力は、確かに、喉から手が出るほど欲しい。


「わかった。けど、無理だけはするな。やばいと思ったら、すぐ言え」


「はい」


 俺は、黒鴉を握り直した。刃の青白い光が、薄暗い広間を照らす。星滴のおかげで、いつもより、ずっと鋭い。


「よし。なら、行くか。あの分からず屋の番犬に、出鱈目ってもんを、たっぷり教えてやろうぜ」


 リルが、杖を肩に担いで、にっと笑った。


「任せて。あたし、出鱈目だけは、得意だから」


「そこは、もうちょっと、申し訳なさそうにしてくれ」


 軽口を叩きながら、俺たちは立ち上がった。

 仕切り直しだ。今度は、こっちが、仕掛ける番だった。

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