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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第03編〈砂中の演算都市〉カルナフ

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第28話 乾く井戸

 中央の塔の根元で、でかい影が、のっそりと身を起こした。

 遠い。暗い。輪郭までは、よく見えない。けど、でかさだけは、嫌でも伝わってくる。建物の何個分だ、あれは。その影が一歩を踏み出すたび、地の底の街が、地震みたいに揺れた。床のつなぎ目から、砂がぱらぱらとこぼれてくる。


「クロウ、あれ……」


「ああ。見えてるよ。嫌でもな」


 まともに正面からやり合う相手じゃない。少なくとも、丸腰同然の今は。


「退くぞ。横道だ」


 俺はサラの腕を引いて、脇の建物へ飛び込んだ。ノアとリルが続く。背後でまた壁がせり上がって、通りを塞いでいく音がした。あのでかぶつと俺たちのあいだに、街が親切に間仕切りを立ててくれた――わけがない。ただの計算の都合だろう。けど、おかげでひと息つけたのは確かだ。


「声が、まだ急いでます」


 サラが、胸を押さえて、荒い息をついた。


「さっきより、ずっと。何かを急いで終わらせようとして……まるで、間に合わないって、焦ってるみたいで」


 焦ってる、か。機械が、だ。

 リルの鍵が、何かのスイッチを押しちまった。それで計算が一気に進んだ。今この街は、一万年止まってた時計の針を、猛烈な勢いで取り戻そうとしている。その先に何が待ってるのか。それが、さっぱりわからないのが、薄気味悪い。

 息を整える間も、ろくになかった。

 建物の奥の闇から、かさかさ、と乾いた音がした。

 影が、湧いてくる。

 今度はヘヴィ・センチネルじゃない。もっと細っこい。脚が、何本もある。蜘蛛みたいに壁を這い、天井を伝って、四方から迫ってきた。胴の赤い光が、せかせかと明滅している。


「うわ、気色悪いのが来た!」


 リルが、杖を構えた。

 多脚の群れは、さっきの連中より、ずっと素早かった。一体が囮みたいに飛び込んできたかと思うと、その隙に別の二体が背後へ回り込もうとする。連携が、いやらしい。さっきの大味なヘヴィ・センチネルとは、出来が違う。

 俺は黒鴉で正面の一体を斬り捨て、振り向きざまに、回り込んだ二体を払った。けど、すぐ次が来る。さっきの大掃除みたいには、いかない。


「ノア、サラから離れるな!」


「はい!」


 ノアが、メイド服の袖から細い刃を抜いて、サラに迫った一体を、音もなく断ち割った。優雅な手つきは崩さないまま、やることは容赦がない。相変わらず、頼もしいやら、おっかないやらだ。

 リルが、狭い通路で砲撃をぶっ放す。光の奔流が、群れをまとめて焼き払った。壁が、じゅっと焦げる。

 数分。今度は、さっきよりだいぶ汗をかいた。

 最後の一体を踏み潰して、俺は息を吐いた。強化服の肩に、薄く引っ掻かれた痕がある。たいした傷じゃない。けど、この街は確実に、さっきより牙を剥いてきてる。じわじわとだ。


「強くなってる」


 リルが、ぽつりと言った。いつもの軽口じゃない。


「あたしたちが進むたびに。この街、どんどん本気になってってるよ」


 その通りだった。

 歩けば、計算が進む。計算が進めば、街が目覚める。目覚めれば、敵が強くなる。進むことが、そのまま自分の首を絞めていく。順番に並べてみると、つくづく、ろくでもない理屈だ。

 それでも、奥へ進むしかない。

 しばらく行くと、音が、変わった。

 機械の唸りに混じって、別の音が聞こえてくる。低く、絶え間ない、ごうごうという響き。

 水の、音だ。

 通路を抜けた先に、でかい縦穴が口を開けていた。その壁面を、太い管が何本も這っている。旧文明の、つるりとした管だ。その中を、水が、ものすごい勢いで――下へ、下へと、吸い込まれていた。


「これ、水が流れ込んでるのか」


「ええ」


 ノアが、縦穴の縁にしゃがんで、管の一本に手を当てた。


「上から、下へ。街の、もっと奥へと引き込まれています。それも、とんでもない量と速さで」


「なんでだ。地下に、川でもあるのか」


「いえ。逆です。これは、飲んでいるんです」


 ノアが、顔を上げた。いつもの穏やかさの中に、固いものが混じっている。


「この街は、考えるとき、ひどく熱を持ちます。一万年も眠っていた機械が、いきなり全力で計算を始めたら、たちまち焼け焦げてしまう。だから、水で冷やす。地面に染み込んだ水を、根こそぎ吸い上げて、自分の熱を冷ますための水にしているんです」


「地面の、水……」


 俺は、嫌な予感に、喉が詰まった。


「それって、まさか」


「はい」


 ノアが、静かに言った。


「あの、オアシスの水です」


 サラが、息を止めた。

 縦穴に吸い込まれていく水を、目を見開いて見つめている。


「これ、ハザルの水なの?あたしたちの、井戸の?」


「ええ。残念だけど」


 ノアの声は、いつもより、ずっと優しかった。だからこそ、残酷に響いた。


「この街が計算を進めるほど、上の水は吸い取られていきます。井戸が涸れたのも、泉が引いたのも、これが理由。神さまが怒ったからじゃありません。この街が、目を覚ますために――上の街の命の水を、飲み干しているんです」


 俺は、奥歯を噛んだ。

 神さまの声を、何百年もありがたがってきた。その同じ神さまが、今、自分たちの水をごくごくと飲み干している。サラには、それが、どんなふうに聞こえてるんだろうな。聞き手のこいつには。


「このまま計算が終わるまで進めば」


 俺は、わかりきった答えを、口にした。


「上のオアシスは、どうなる」


「干上がります」


 ノアは、ためらわなかった。


「最後の一滴までね。ハザルは、二度と水の戻らない、ただの砂の街になります」


 縦穴の縁に、見覚えのあるものが転がっていた。

 潰れた金属の杭。太いケーブル。そして、その脇に。

 黒い外套を着た男が、ひとり倒れていた。

 財団の連中だ。胸に、灰色の紋章。けど、ぴくりとも動かない。脇腹が、ざっくり裂けている。あの多脚の群れに、やられたんだろう。すぐ近くに、もう一人。こっちも、こと切れていた。


「……あいつら」


 リルが、息を呑んだ。

 ケーブルは、まだ生きていた。びりびりと、信号を街へ流し込み続けている。倒れた男たちの先で、誰かがこれを設置して、起動を急がせていた。仲間がこうして死んでも、おかまいなしに、だ。

 クレイスの顔が、頭をよぎった。あの、薄い笑み。

 あいつは、ここで仲間が死ぬのを、最初から織り込み済みだったんだ。装置さえ起こせれば、それでいい。手駒の一人や二人、痛くも痒くもない。機械も、人も、あの男にとっては、どっちも同じ“資産”ってわけだ。考えただけで、虫唾が走る。


「クロウ」


 リルが、縦穴の縁で、立ち止まっていた。

 胸元の鍵が、また、ぼんやりと光っている。流れ落ちる水を、じっと見つめていた。


「あたしさ、なんか、変なんだ。この水の音、聞いてると」


 リルの声が、揺れた。


「どっかで、こうやって、ぬくぬくと水に包まれて、ずっと眠ってた気がする。あったかくて、静かでさ。誰かが、守ってくれてて。ずっと、ずっと昔に」


 言いかけて、リルは首を振った。


「やだな、あたし。なんで、こんなこと。今、そんな場合じゃないのにね」


 無理に笑って、リルは、鍵をぎゅっと握り込んだ。

 ぬくぬくと、水に包まれて眠っていた。その言葉が、なぜだか、妙に胸に引っかかった。けど、今は、それを追いかけてる暇がない。

 俺は、何も言わずに、リルの頭に、ぽんと手を置いた。それだけ、しておいた。気の利いたことの一つも言ってやれないのは、我ながら、情けないけどな。

 退路は、ない。

 いや、退こうと思えば、退けなくはない。来た道は塞がれたが、サラなら、別の声をたどって、上まで戻れるかもしれない。

 けど、それじゃ駄目だ。

 俺たちが逃げ帰れば、財団は、仲間の死体を踏み越えて、起動を急がせ続ける。やがて計算は終わって、街は答えを吐き出して、上のオアシスは一滴残らず干上がる。サラの街は、墓場になる。

 止めるなら、奥へ行くしかない。あの、街の真ん中の塔。声の、いちばん深いところ。そこまで行って、この計算そのものを止める。

 でも、そこへ行くには――。


「ご主人様」


 ノアが、すっと立ち上がった。

 その視線が、俺たちの背後へ向いていた。今、抜けてきたばかりの通路の、奥へと。

 地響きが、近い。

 さっきまで、ずっと遠くにいたはずの、あのでかい影。

 それが、いつのまにか。

 壁の、すぐ向こうまで来ていた。

 ずん、と地が揺れる。目の前の壁が、押し潰されるみたいに軋んだ。つるりとした表面に、亀裂が走る。その亀裂の奥で、ひとつ、でかい光が、ぎろりと、こっちを向いた。

 街が、寄越したんだ。迷い込んだ“新しい数”を、消すために。

 とっておきの、いちばん強いやつを。

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