第27話 都市は考える
足元をぐるりと囲った光は、しばらくのあいだ、俺たちのまわりを舐めるみたいに這い回っていた。
なんというか、値踏みされてる気分だ。市場で品定めされる馬になった気分、とでも言えばいいか。あんまり、いい気はしない。
やがてその光が、すっと一本の線にまとまった。床を走った線は、目の前の通りをまっすぐ奥へと照らしていく。こっちへ来い、とでも言いたげに。
「……案内する気か?」
「いえ」
ノアが、目を細めた。
「観察、しているんだと思います。わたしたちは今、この街にとって、初めての“新しいもの”です。一万年ぶりに迷い込んだ、見慣れない数。それが何なのか、街は調べたがっている」
調べたがってる、ときたか。
ぞっとしない言い草だが、突っ立っていたって何も始まらない。腹をくくって、俺たちは光の道を歩き出した。
歩くほどに、街の唸りが大きくなっていく。
四角い建物の壁が、明滅する。床の溝を、青白い光が血みたいに流れていく。気のせいかと思ったが、俺が一歩進むたび、その流れがわずかに速くなる。気のせいじゃないな、これは。
「ねえ、ノアさん。これ、もしかして」
リルが、ぽつりと言った。珍しく、声が硬い。
「あたしたちが歩くと、この街、なんか、元気になってない?」
「ええ。気のせいではないでしょうね」
ノアは、壁の溝にそっと手をかざした。
「この街は、街そのものが、ひとつの大きな“考える機械”なんだと思います。通りも、建物も、この光の管も。何もかもが繋がって、延々と計算を続けている。そして、わたしたちが動いて、触れて、ここにいること。その全部が、この街にとっては、新しい材料になっているんです」
「材料」
「ええ。わたしたちが歩けば歩くほど、街は、計算を一歩ずつ進めてしまう」
俺は、足を止めかけた。
歩くだけで、こいつを目覚めさせちまう。なんて性悪な仕掛けだ。考えた奴の顔が見てみたい。じゃあ、どうしろってんだ。じっとしてたって、奥のことは何もわからない。進めば進むほど、敵に塩を送ることになる。まったく、墓荒らし稼業も、ずいぶん理不尽になったもんだ。
考え込んでいると、前のほうで、低い音が響いた。
壁が、動いた。
俺たちが来たばかりの道を塞ぐみたいに、床から、つるりとした壁がせり上がってくる。同時に、横手の壁が音もなく開いて、別の通路が口を開けた。
「おいおい。道が組み変わったぞ」
「考えるたびに、街が自分を作り変えているんです。さっき通ってきた道は、もう、どこにもありません」
帰り道が、消えた。
地の底の街は、生き物みたいに、自分をせっせと組み替え続けている。来たときの道順を覚えておく、なんて手は、これっぽっちも通じないわけだ。迷子になったら、それこそ一巻の終わり。骨も残らないだろうな。
「うわー、出られなくなるやつだ、これ!」
リルが、なぜか少し嬉しそうに言う。こういうとき、こいつは本当に頼もしい。気が知れないとも言うが。
開いた通路の先で、サラが、ぴたりと足を止めた。
ランプを持つ手が、小刻みに震えている。
「声が、近い」
そう絞り出した、その直後だった。
通りの両脇の建物から、ぬっと、影が現れた。
でかい。人の倍はある。鈍く光る装甲。腕の先に、ぎらつく刃。胴の中央で、赤い光がじりじりと脈打っている。
こいつは、見覚えがありすぎた。
「ヘヴィ・センチネルか」
アガートラの守護者級。あの塔で、俺たちをさんざん苦しめた上位個体だ。たった一体相手に、死にものぐるいで戦った、あの化け物。
それが今、通りの奥から、ぞろぞろと湧いて出てくる。二体、三体――いや、もっとだ。群れで。
……正直、肩透かしを食らった気分だった。あのときは、一体で手一杯だった。心臓が止まるかと思った。なのに今は、群れで出てこられても、不思議と肝が冷えない。俺たちも、ずいぶん遠くまで来たもんだ。しみじみする。
「ノア、サラを頼む。リル、左を任せた」
「わかった!」
リルが、杖を振り上げた。穂先に光が膨らんだかと思うと、それは砲弾になって、左手の三体をまとめて吹き飛ばした。装甲がひしゃげ、火花をまき散らして、壁に叩きつけられる。さっきまで街の連中を心配そうに眺めていた女の所業とは、とても思えない。
俺は黒鴉を抜いた。
青白い二刀の刃が伸びる。右から迫った一体の刃を弾いて、懐に潜り込み、胴の赤い光ごと斜めに斬り裂いた。手応えは、覚えている。けど、昔ほど重くない。星滴のおかげか、刃の伸びが一段鋭くなってる。これは、思った以上だ。ノアさまさまだな。
駆け抜けざまに、もう一体の脚を払う。崩れたところへ、二刀を交差させて心臓を突いた。
数分も、かからなかった。あとには、煙を上げた鉄屑が、通りに転がっているだけだ。
「ご主人様」
ノアが、倒れた一体を見下ろして、わずかに眉をひそめた。
「妙ですね。この子たち、動きが揃いすぎていました」
「揃いすぎ?」
「ええ。まるで、誰かが一体ずつ、糸で操っていたみたいに。てんでばらばらに襲っ
てくるんじゃなくて、お互いの隙を補い合うように動いていました。野良の警備機械の動きじゃありません」
言われてみりゃ、そうだ。
倒すのに苦労はしなかった。けど、こいつら、的確に俺たちの脇腹や背中を狙ってきた。まるで、戦場をぜんぶ上から眺めて、こうしろああしろと差配してる奴が、どこかにいるみたいに。この街そのものが、こいつらを動かしてたってのか。考えると、背中がうそ寒くなる。
息を整えながら、俺たちは奥へ進んだ。
しばらく行くと、床に、妙なものが転がっていた。
潰れた、金属の杭だ。何本も床に打ち込まれて、そこから太いケーブルが、壁の溝へと無理やり繋ぎ込まれている。やけに雑な仕事だ。旧文明の上品な代物じゃない。最近、誰かが力ずくで設置したもんだ。
「これ、財団か」
杭の一本に、見覚えのある印があった。灰色の円に、鍵と歯車。
「あいつら、別の道から、もう奥まで入り込んでるな。手回しのいいこって」
ノアが、ケーブルの繋ぎ目を、そっと指でなぞった。
「外から、無理やり信号を流し込んでいますね。この街の計算を、急がせようとしている。一刻も早く、答えを吐き出させたいんでしょう」
クレイスの言葉が、頭をよぎった。きちんと再起動させて差し上げましょう、と。あの、薄っぺらい笑み。
あいつらは、本気だ。この街を力ずくで叩き起こして、中身をぜんぶ引っこ抜いていく気でいる。街の水が、上の連中がどうなろうと、知ったことか、ってわけだ。
「クロウ」
リルの声が、いつもと違った。
振り向くと、リルが立ち止まっていた。胸元を、手で押さえている。
その手の下で、何かが青白く光っていた。
リルの、古い鍵だ。形見の、ペンダント。それが、ぼんやりと淡い光を放っている。街の溝と、寸分たがわぬ色で。
「どうした、それ」
「わかんない。急に、あったかくなって。それで、なんか……」
リルは、目をしばたたいた。困ったような、泣きそうな、なんとも言えない顔をしている。
「変なの。あたし、ここ、知ってる気がする。来たこともないのにさ。この光も、この匂いも。昔、どっかで……」
言いかけて、リルは、ふっと口をつぐんだ。
掴みかけた何かが、指の隙間から、するりと逃げていったみたいに。
「ごめん。なんでもない。気のせい、だよね。うん」
無理に、笑う。
俺は、何も言えなかった。
一年より前の記憶がない。気づいたら街外れに倒れていて、持っていたのは胸の鍵だけ。いつか、こいつはそう言っていた。その鍵が今、この旧文明の街に応えている。
ノアも、リルの鍵をじっと見ていた。その横顔に、ほんの一瞬、ずっと遠くの何かを見るような色がよぎる。けど、それもすぐに消えた。何か言いかけて、やめたみたいだった。
そのとき。
リルの鍵が、ひときわ強く、光った。
応えるみたいに、足元の溝が、ぱっと輝きを増す。光は、リルを中心に、波紋みたいに広がっていった。通りを伝い、建物を渡り、街のずっと奥へ。
「あ……」
サラが、息を呑んだ。
街の中心。建物の連なりの、はるか向こう。そこに、ひときわ高い、塔みたいな影が立っていた。今まで、暗くて見えなかったものだ。
その塔が、リルの鍵に呼ばれたみたいに、ぼう、と点いた。てっぺんから根元まで、青白い光が一息に灯る。
とたんに、街じゅうの唸りが、跳ね上がった。
明滅が、速くなる。溝を流れる光が、急流みたいに奔流になる。床が、びりびりと震えだした。
「声が!」
サラが、耳を押さえてしゃがみ込んだ。
「声が、変わった!さっきより、ずっと、必死で何かを、急いで終わらせようとしてる」
計算が、進んだ。一気にだ。
リルの鍵が、この街のどでかいスイッチを、うっかり押しちまったらしい。
そして、輝きを取り戻した中央の塔の、その根元。
何か、とてつもなくでかいものが、鈍い軋みを上げて、もぞりと動き出した。




