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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第03編〈砂中の演算都市〉カルナフ

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第27話 都市は考える

 足元をぐるりと囲った光は、しばらくのあいだ、俺たちのまわりを舐めるみたいに這い回っていた。

 なんというか、値踏みされてる気分だ。市場で品定めされる馬になった気分、とでも言えばいいか。あんまり、いい気はしない。

 やがてその光が、すっと一本の線にまとまった。床を走った線は、目の前の通りをまっすぐ奥へと照らしていく。こっちへ来い、とでも言いたげに。


「……案内する気か?」


「いえ」


 ノアが、目を細めた。


「観察、しているんだと思います。わたしたちは今、この街にとって、初めての“新しいもの”です。一万年ぶりに迷い込んだ、見慣れない数。それが何なのか、街は調べたがっている」


 調べたがってる、ときたか。

 ぞっとしない言い草だが、突っ立っていたって何も始まらない。腹をくくって、俺たちは光の道を歩き出した。

 歩くほどに、街の唸りが大きくなっていく。

 四角い建物の壁が、明滅する。床の溝を、青白い光が血みたいに流れていく。気のせいかと思ったが、俺が一歩進むたび、その流れがわずかに速くなる。気のせいじゃないな、これは。


「ねえ、ノアさん。これ、もしかして」


 リルが、ぽつりと言った。珍しく、声が硬い。


「あたしたちが歩くと、この街、なんか、元気になってない?」


「ええ。気のせいではないでしょうね」


 ノアは、壁の溝にそっと手をかざした。


「この街は、街そのものが、ひとつの大きな“考える機械”なんだと思います。通りも、建物も、この光の管も。何もかもが繋がって、延々と計算を続けている。そして、わたしたちが動いて、触れて、ここにいること。その全部が、この街にとっては、新しい材料になっているんです」


「材料」


「ええ。わたしたちが歩けば歩くほど、街は、計算を一歩ずつ進めてしまう」


 俺は、足を止めかけた。

 歩くだけで、こいつを目覚めさせちまう。なんて性悪な仕掛けだ。考えた奴の顔が見てみたい。じゃあ、どうしろってんだ。じっとしてたって、奥のことは何もわからない。進めば進むほど、敵に塩を送ることになる。まったく、墓荒らし稼業も、ずいぶん理不尽になったもんだ。

 考え込んでいると、前のほうで、低い音が響いた。

 壁が、動いた。

 俺たちが来たばかりの道を塞ぐみたいに、床から、つるりとした壁がせり上がってくる。同時に、横手の壁が音もなく開いて、別の通路が口を開けた。


「おいおい。道が組み変わったぞ」


「考えるたびに、街が自分を作り変えているんです。さっき通ってきた道は、もう、どこにもありません」


 帰り道が、消えた。

 地の底の街は、生き物みたいに、自分をせっせと組み替え続けている。来たときの道順を覚えておく、なんて手は、これっぽっちも通じないわけだ。迷子になったら、それこそ一巻の終わり。骨も残らないだろうな。


「うわー、出られなくなるやつだ、これ!」


 リルが、なぜか少し嬉しそうに言う。こういうとき、こいつは本当に頼もしい。気が知れないとも言うが。

 開いた通路の先で、サラが、ぴたりと足を止めた。

 ランプを持つ手が、小刻みに震えている。


「声が、近い」


 そう絞り出した、その直後だった。

 通りの両脇の建物から、ぬっと、影が現れた。

 でかい。人の倍はある。鈍く光る装甲。腕の先に、ぎらつく刃。胴の中央で、赤い光がじりじりと脈打っている。

 こいつは、見覚えがありすぎた。


「ヘヴィ・センチネルか」


 アガートラの守護者級。あの塔で、俺たちをさんざん苦しめた上位個体だ。たった一体相手に、死にものぐるいで戦った、あの化け物。

 それが今、通りの奥から、ぞろぞろと湧いて出てくる。二体、三体――いや、もっとだ。群れで。

 ……正直、肩透かしを食らった気分だった。あのときは、一体で手一杯だった。心臓が止まるかと思った。なのに今は、群れで出てこられても、不思議と肝が冷えない。俺たちも、ずいぶん遠くまで来たもんだ。しみじみする。


「ノア、サラを頼む。リル、左を任せた」


「わかった!」


 リルが、杖を振り上げた。穂先に光が膨らんだかと思うと、それは砲弾になって、左手の三体をまとめて吹き飛ばした。装甲がひしゃげ、火花をまき散らして、壁に叩きつけられる。さっきまで街の連中を心配そうに眺めていた女の所業とは、とても思えない。

 俺は黒鴉を抜いた。

 青白い二刀の刃が伸びる。右から迫った一体の刃を弾いて、懐に潜り込み、胴の赤い光ごと斜めに斬り裂いた。手応えは、覚えている。けど、昔ほど重くない。星滴のおかげか、刃の伸びが一段鋭くなってる。これは、思った以上だ。ノアさまさまだな。

 駆け抜けざまに、もう一体の脚を払う。崩れたところへ、二刀を交差させて心臓を突いた。

 数分も、かからなかった。あとには、煙を上げた鉄屑が、通りに転がっているだけだ。


「ご主人様」


 ノアが、倒れた一体を見下ろして、わずかに眉をひそめた。


「妙ですね。この子たち、動きが揃いすぎていました」


「揃いすぎ?」


「ええ。まるで、誰かが一体ずつ、糸で操っていたみたいに。てんでばらばらに襲っ

 てくるんじゃなくて、お互いの隙を補い合うように動いていました。野良の警備機械の動きじゃありません」


 言われてみりゃ、そうだ。

 倒すのに苦労はしなかった。けど、こいつら、的確に俺たちの脇腹や背中を狙ってきた。まるで、戦場をぜんぶ上から眺めて、こうしろああしろと差配してる奴が、どこかにいるみたいに。この街そのものが、こいつらを動かしてたってのか。考えると、背中がうそ寒くなる。

 息を整えながら、俺たちは奥へ進んだ。

 しばらく行くと、床に、妙なものが転がっていた。

 潰れた、金属の杭だ。何本も床に打ち込まれて、そこから太いケーブルが、壁の溝へと無理やり繋ぎ込まれている。やけに雑な仕事だ。旧文明の上品な代物じゃない。最近、誰かが力ずくで設置したもんだ。


「これ、財団か」


 杭の一本に、見覚えのある印があった。灰色の円に、鍵と歯車。


「あいつら、別の道から、もう奥まで入り込んでるな。手回しのいいこって」


 ノアが、ケーブルの繋ぎ目を、そっと指でなぞった。


「外から、無理やり信号を流し込んでいますね。この街の計算を、急がせようとしている。一刻も早く、答えを吐き出させたいんでしょう」


 クレイスの言葉が、頭をよぎった。きちんと再起動させて差し上げましょう、と。あの、薄っぺらい笑み。

 あいつらは、本気だ。この街を力ずくで叩き起こして、中身をぜんぶ引っこ抜いていく気でいる。街の水が、上の連中がどうなろうと、知ったことか、ってわけだ。


「クロウ」


 リルの声が、いつもと違った。

 振り向くと、リルが立ち止まっていた。胸元を、手で押さえている。

 その手の下で、何かが青白く光っていた。

 リルの、古い鍵だ。形見の、ペンダント。それが、ぼんやりと淡い光を放っている。街の溝と、寸分たがわぬ色で。


「どうした、それ」


「わかんない。急に、あったかくなって。それで、なんか……」


 リルは、目をしばたたいた。困ったような、泣きそうな、なんとも言えない顔をしている。


「変なの。あたし、ここ、知ってる気がする。来たこともないのにさ。この光も、この匂いも。昔、どっかで……」


 言いかけて、リルは、ふっと口をつぐんだ。

 掴みかけた何かが、指の隙間から、するりと逃げていったみたいに。


「ごめん。なんでもない。気のせい、だよね。うん」


 無理に、笑う。

 俺は、何も言えなかった。

 一年より前の記憶がない。気づいたら街外れに倒れていて、持っていたのは胸の鍵だけ。いつか、こいつはそう言っていた。その鍵が今、この旧文明の街に応えている。

 ノアも、リルの鍵をじっと見ていた。その横顔に、ほんの一瞬、ずっと遠くの何かを見るような色がよぎる。けど、それもすぐに消えた。何か言いかけて、やめたみたいだった。

 そのとき。

 リルの鍵が、ひときわ強く、光った。

 応えるみたいに、足元の溝が、ぱっと輝きを増す。光は、リルを中心に、波紋みたいに広がっていった。通りを伝い、建物を渡り、街のずっと奥へ。


「あ……」


 サラが、息を呑んだ。

 街の中心。建物の連なりの、はるか向こう。そこに、ひときわ高い、塔みたいな影が立っていた。今まで、暗くて見えなかったものだ。

 その塔が、リルの鍵に呼ばれたみたいに、ぼう、と点いた。てっぺんから根元まで、青白い光が一息に灯る。

 とたんに、街じゅうの唸りが、跳ね上がった。

 明滅が、速くなる。溝を流れる光が、急流みたいに奔流になる。床が、びりびりと震えだした。


「声が!」


 サラが、耳を押さえてしゃがみ込んだ。


「声が、変わった!さっきより、ずっと、必死で何かを、急いで終わらせようとしてる」

 

 計算が、進んだ。一気にだ。

 リルの鍵が、この街のどでかいスイッチを、うっかり押しちまったらしい。

 そして、輝きを取り戻した中央の塔の、その根元。

 何か、とてつもなくでかいものが、鈍い軋みを上げて、もぞりと動き出した。

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