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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第03編〈砂中の演算都市〉カルナフ

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第25話 砂の底の街

 パラゴンから生きて帰って、しばらくはアステライアで羽を伸ばした。


 あれだけの目に遭ったんだ。少しはだらけても、バチは当たらないだろう。屋台を食い歩いて、昼間から湯に浸かって、甲板で寝転がって雲を眺めた。我ながら、ろくでもない過ごし方だと思う。


 その横で、ノアはずっと鯨号にかかりきりだった。パラゴンの最奥で拾った、青く透き通る結晶。星滴。あれをほんのひとかけら、鯨号の炉に組み込んだという。


「これで、だいぶ楽に走れますよ」


 油で汚れた手を、ノアはエプロンの裾で拭った。試しに荒れ地へ出してみて、俺は目を丸くした。前は唸りながら越えていた砂丘を、鯨号は鼻歌まじりに駆け上がる。腰の黒鴉も、心なしか刃の伸びが鋭い。ひとかけらで、これだ。星滴ってのは、つくづく出来が違う。


「ねえねえ、次どこ行くの?」


 飯の席で、リルが身を乗り出してきた。テーブルに肘までついて、目をきらきらさせている。アステライアの暮らしにも、もうすっかり飽きたらしい。じっとしているのが、こいつは何より苦手だ。


「そう急かすな。行き先くらい、選ばせろよ」


 とはいえ、俺もそろそろだな、とは思っていた。寝床は快適、飯は反則みたいにうまい。それでも同じ街に長くいると、どうにも尻が落ち着かなくなる。根っからの貧乏性なんだろう。

 行き先を決めたのは、街に流れ着いた一団の隊商だった。

 市場の隅に、人だかりができていた。


 砂にまみれた幌馬車が、数台。引いていた獣は、あばらが浮くほど痩せている。御者も荷運びも、唇が割れて、目だけがぎらついていた。何日も水にありつけなかった顔だ。


「南のハザルから来たんだとよ」


 隣で串を齧っていた男が、勝手に教えてくれた。


「ハザル?」


「砂漠のど真ん中の、でかいオアシスさ。隊商の中継地でな。こんこんと水が湧くもんだから、何百年も栄えてきた。……はずなんだが」


 男は、声を落とした。


「その水が、近ごろ涸れかけてるらしい」


 俺は串を片手に、人だかりへ寄っていった。


 商人の一人が、しゃがれた声で語っている。井戸の水位が、ひと月でみるみる下がった。古い泉が、底を見せ始めた。理由は誰にもわからない。ただ街の連中は、口を揃えてこう言うのだという。


 託宣たくせんが、おかしくなった、と。


「託宣?」


 いつのまにか、リルが俺の横にいた。商人が、じろりとこっちを見る。


「ハザルにゃ昔から、地の底の声があるんだ。いつ嵐が来る、どこを掘れば水が出る。そういうのを、ときどき告げてくれる。街の連中は、それを神さまの声だと思ってる」


「神さまの声、ねえ」


「その声が、ここ最近わけのわからんことを言い始めた。意味の通らない数を延々と唱えるんだとさ。それと同じころから、水が引き出した。だから街は、神さまが怒ったって大騒ぎよ」


 商人は、割れた唇を舐めた。


「水のねえオアシスなんざ、ただの墓場だ。だから俺たちゃ、逃げ出してきた」

 地の底の声、か。


 神さまだのなんだの言ってるが、俺には嫌な心当たりがあった。アガートラの心臓。パラゴンの、あのにこやかな案内役。一万年前の連中が遺した機械は、たいてい、まだ動いている。地面の下で何かが寝言みたいに数を数えてるなら、それはきっと、神さまなんかじゃない。


 そして、こういう話には、たいてい続きがある。


「あんた。その地の底の声ってのは、どこから響いてくるんだ」


 商人が、訝しげに俺を見た。


「さあな。けど、ハザルにゃこんな言い伝えがある。あの街は、もっと古い街の上に建ってるってな」


「古い街?」


「砂の底に、旧文明の街がまるごと埋まってるんだとさ。声は、そこから昇ってくるんだ、と。だが見た者はいねえ。底まで掘り当てた者も、いねえ。なにせ何百年、誰も届いちゃいねえからな」

 まるごと埋まった、旧文明の街。


 誰も底まで届いていない。


 手つかず。

 その言葉に、つい背筋がぞくりとした。


 わかってる。アガートラでも、パラゴンでも、嫌というほど思い知った。手つかずってのは、ありがたい話じゃない。誰も手を出せない、それだけのわけがあるってことだ。


 それでも、胸の奥でハンターの血がうずくのを止められない。誰も見たことのない街。誰も解いたことのない謎。そんなものを目の前にぶら下げられて、平気な顔でいられるほど、俺は枯れちゃいなかった。


「ねえ、クロウ」


 リルが、俺の袖を引いた。声をひそめている。


「あのね。あんまり大きな声じゃ言えないんだけど。あたし、その話、ちょっと前にも聞いたことあるんだ」


「砂漠の、埋もれた街のことか」


「うん。金払いのいい余所者が、その地図をやたら探し回ってる、って。すごく大きな商会だか、財団だかが、案内人を高い金で雇って、先に砂漠へ入っていったみたい。何を掘りに行ったのかは、誰も知らないって」


 財団。


 その一語で、頭の隅がちりっと痛んだ。


 黒匣の底に眠らせた、片方きりの黒い手袋。甲に刻まれた、灰色の円と、鍵と歯車の意匠。パラゴンの宝物庫で拾った、あの紋章。旧文明の力を、底なしの金で買い漁る連中の印だ。


 あいつらが砂の底の街を嗅ぎつけてるなら。話は、ちょっとばかり面白くなってくる。


「行き先、決めたぞ」


 俺は、串の最後のひと切れを口に放り込んだ。


「南だ。ハザル。砂の底の街を、見に行く」


 リルの顔が、ぱっと輝いた。


「やった!やっぱり、そう言うと思った!」


「あら。では、お弁当をたくさん作らないといけませんね」


 いつのまにか後ろに立っていたノアが、楽しそうに微笑んだ。

 鯨号で、砂の海へ漕ぎ出した。

 砂漠は、想像していた以上に、何もなかった。


 見渡すかぎり、橙色の砂丘がうねっている。風が吹くたび、稜線がさらさらと形を変えていく。空は嫌になるほど青い。日差しは、刺すというより殴ってくる感じだ。鯨号の窓の外で、陽炎がゆらゆら踊っていた。


「あー、あつい」


 俺は操縦席で、襟をぱたぱたやった。中は涼しいんだが、窓越しの景色だけで、もう汗が出てくる気がする。


「ご主人様。冷たいものを、どうぞ」


 ノアが、汗をかいたグラスを運んできた。中で、果実水の氷がからりと鳴る。一口飲むと、喉から染み渡った。この走る我が家には、ちゃんと冷えた水まである。外の連中が知ったら、泣くだろうな。


「うわー、なんにもないね!」


 リルは、リルで、助手席で大はしゃぎだった。窓に張りついて、流れていく砂丘を眺めている。退屈とは無縁の女だ。


 ときどき、砂の中から、何かが顔を出していた。錆びた鉄骨。半分埋もれた、塔のなれの果て。旧文明の、墓標みたいなものだ。一万年前は、ここにも街があったのかもしれない。今は、ぜんぶ砂の下だ。


 二日かけて、砂の海を渡った。


 オアシスは、三日目の昼に見えてきた。


「うわ。でかい」


 砂丘の向こうに、街があった。


 茶色い土の壁が、ぐるりと街を囲っている。その内側に、四角い屋根がびっしりと折り重なっていた。中央には、ひときわ高い塔。そして街の真ん中に、青い水面が――あるはずだった。


「おい。水、少なくないか」


 近づくにつれ、それが見えてきた。街の中心の池。たぶん、あれがオアシスだ。けど、水際からずいぶん引いている。乾いてひび割れた泥が、池をぐるりと縁取っていた。昔はもっと、なみなみと湛えていたんだろう。今は、底の浅い水たまりだ。

 鯨号を黒匣にしまって、俺たちは歩いて街に入った。


 門をくぐった瞬間、空気が違った。


 市場は開いている。人も、それなりにいる。けど、誰の顔もどこか強張っていた。井戸の前には、水瓶を抱えた人の列。番をしている男が、柄杓で配る量をきっちり量っている。怒鳴り合う声も、あちこちで上がっていた。たぶん、水の取り合いだ。


 乾いた街ってのは、こういう匂いがするのか。砂と、汗と、苛立ち。

 水売りの婆さんから、なけなしの一杯を買って、話を聞いた。


「あんたら、余所者かい。今ごろ、よくこんな街に来たね」


 婆さんは、しわがれた声で笑った。笑うと、目尻のしわが深くなる。


「水が、涸れかけてるって聞いてな」


「ああ。神さまが、お怒りなんだよ」


 婆さんは、街の真ん中の高い塔を、顎でしゃくった。


「あの塔の下にね、祭壇があるんだ。昔っから、地の底の神さまが、あたしらに告げてくれた。嵐の日も、水の在処も。ありがたい声さ。それが、ぷっつり変わっちまった」


「変わった?」


「意味のわからない数を、ずうっと唱えてる。昼も夜もね。神官さまが、いくら宥めても止まらない。そんで、水が引き出した。罰が当たったんだって、みんな怖がってる」


 婆さんは、声をひそめた。


「年寄りはね、知ってるよ。あの声は、神さまなんかじゃない。この街の、ずうっと下に、もうひとつ街が埋まってる。死んだ、古い街がね。声は、そこから昇ってくるんだ」


 やっぱり、か。


「もっとも、誰も底までは行けやしない。底なしの縦穴さ。落ちたら、二度と上がってこられない」


 婆さんは、ふと眉をひそめた。


「……なのに、こないだから、妙な連中がうろついててね」


「妙な連中?」


「見ない顔の余所者だよ。揃いの、黒っぽいなりをしてた。やたら金回りがよくてね。底まで降りる道を知らないか、って、街じゅうで聞いて回ってた。気味が悪いったらありゃしない」


 黒っぽい、揃いのなり。


 頭の隅が、また、ちりっとした。

 婆さんに礼を言って、俺たちは塔のほうへ歩き出した。


 乾いた街。狂った神さまの声。その底に眠る、まるごとひとつの旧文明の街。手つかずの宝。


 おまけに、灰色の連中が、もう先に嗅ぎつけてる。


 役者は、揃いすぎなくらい揃ってた。


「ねえ、クロウ。あたし、なんか、わくわくしてきちゃった」


 リルが、隣でにっと笑う。さっきまで街の連中を心配そうに見ていたくせに、もう完全に、こっちの顔だ。


「奇遇だな。俺もだよ」


 塔の影が、足元に長く伸びていた。


 その、ずっと下。砂と石の奥で、何かがぶつぶつと数を数え続けている。一万年、たった独りで。


 いったい、何を勘定してるんだか。


「行こう。地の底の神さまに、ご挨拶といくか」

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