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レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第02編〈記念碑的テーマパーク〉パラゴン

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第24話 灰色の紋章

 パラゴンの外は、朝だった。

 あの長い夜が嘘みたいに、荒野の果てから淡い光が差し込んでいる。冷たい風が、頬を撫でた。生きてる。本当に、外に出られたんだ。その実感が、じわじわとこみ上げてきた。

 振り返ると、パラゴンはもう、あの禍々しい輝きを放っていなかった。

 灯りは落ち、音楽も止んで。ただ、巨大な灰色の構造物が、朝靄の中にぼんやりと横たわっている。役目を終えた、ひとつの古い夢。それがようやく、静かな眠りについたみたいだった。

 園の入口からは、ぽつり、ぽつりと人影が出てきていた。

 眠らされていた、客たちだ。

 何百年も、何千年もの長い眠りから覚めた人々が、おぼつかない足取りでまぶしそうに空を見上げている。中には、泣いている者もいた。自分がまだ生きていること。そしてようやく、自由になれたことに。


「……よかった」


 リルが、その光景を見てぽつりとつぶやいた。まだ、目もとが赤い。


「あの人たち、ちゃんとおうちに、帰れるかな」


「ああ。帰れるさ」


 俺は頷いた。

 長い回り道だったかもしれない。何百年も奪われた時間は、戻らない。それでも、あの人たちはこれから、自分の足で自分の人生を生きていける。それで、いいんだ。

 目を覚ました客の一人が、こっちに気づいて、深々と頭を下げてきた。何が起きたのか、わかっているのかもしれない。俺は、軽く手を上げてそれに応えた。礼を言われるようなことを、した覚えはない。ただ、長すぎたパーティーの後片付けをしただけだ。


「ご主人様。わたしも、すっかり調子が戻りました」


 ノアが、ぐっと伸びをして笑った。あちこちの煤は、まだ残っているけど。動きはもう、いつもどおりだ。さすが、旧文明の機体は頑丈にできている。


「無理、すんなよ」


「ふふ。ご心配ありがとうございます。でも、本当に、もう平気です」


 俺はほっと息をついた。

 誰も欠けなかった。それが、何よりだった。

 さて。帰る前に、もう一つやることがあった。

 パラゴンの檻は、解けた。つまり、もうどこへでも行ける。今までフェリスに阻まれて、近づけなかった場所にも。


「ノア。この園に、宝物庫みたいなのは、ないか」


「探してみましょう。中枢の制御が止まった今なら、隠し区画も開けられるはずです」


 ノアが、園の生きた残骸をたどって。やがて、一つの頑丈な隠し扉を見つけ出した。

 管制AIが、いちばん奥にしまい込んでいた宝の蔵。

 扉を開けた、その先に。

 ひときわ強い光を放つものが、あった。

 台座にうやうやしく飾られた、透き通った青い結晶。大人の握りこぶしほどの、大きさだ。


「ノア。これは」


 ノアが近づいて、それを調べた。そして、驚いたように目を見開く。


「……これは、すごいです、ご主人様。旧文明の、最高級のエネルギー結晶。星滴せいてきと呼ばれていたものです。一粒で、アガートラの動力炉の核を、いくつも束ねたほどの力を秘めています」


「マジか」


 アガートラの核ですら、街一つを数年賄える代物だった。それを、いくつも束ねたほど。

 とんでもない額になるぞ、これは。


「やったね、クロウ!これで、しばらく遊んで暮らせるよ!」


 リルが、無邪気にはしゃぐ。


「こら。さっき、遊んで暮らす場所から命からがら逃げてきたばっかりだろうが」


「あっ。そっか」


 軽口を叩き合う。けど、こうやって馬鹿な話ができるのも。三人、無事だったからなんだよな。


「こんなものが、なんでこんなところに」


「おそらく、旧文明でもごく一部しか作れなかった、貴重品でしょう。だからこそ、ここのいちばん奥深くに、大切にしまわれていた。誰もここまでたどり着けなかったから、今日まで無傷で残っていたんです」


 俺はその星滴を黒匣にしまった。

 よし。これで、用は済んだ。帰るとするか。

 そう思った、ときだった。


「ご主人様。これを、見てください」


 ノアが、宝物庫の隅を指さした。

 そこには、宝とは明らかに毛色の違うものが落ちていた。

 手袋。片方だけの、黒い手袋だ。

 そして、その傍らに。砕けた、小型の機械。何かを記録する、装置のような。


「これ、新しいぞ」


 拾い上げて、俺は眉をひそめた。

 何百年も、何千年も前のものが眠る、この園で。その手袋と機械だけが、明らかに最近のものだった。せいぜい、ここ数ヶ月。下手すりゃ、もっと最近。

 誰かが、いたんだ。俺たちより先に。この園に。

 手袋の甲には、紋章が刺繍されていた。

 灰色の円の中に、鍵と歯車を組み合わせたような意匠。見覚えはなかった。けど、なぜか、ぞくりとするような。冷たい印だった。


「ノア。この紋章、知ってるか」


「いえ。わたしの記録には、ありません」


 ノアが首を横に振る。

 そいつはいったい、何者で。なんで、こんな危険な場所に入ってきて。そして、どこへ消えたのか。

 わからない。けど、一つだけ、確かなことがある。

 俺たちはたぶん、何かもっと大きなものの端っこに触れちまったんだ。

 その手袋を、念のため黒匣にしまっておいた。誰かに、心当たりを訊いてみるためだ。胸の奥に、小さな棘が刺さったみたいな。妙な引っかかりが、残った。


 アステライアに戻ったのは、それから数日後のことだった。

 まっさきに向かったのは、ボズ爺さんの店だ。

 星滴を見せると、あの抜け目のない老人が、珍しく絶句した。


「とんでもないものを持ち込みやがって。これだけのもんは、おいそれと買い手がつかんぞ。下手に表に出せば、命を狙われかねん」


「物騒だな」


「物騒な時代に、なったのさ」


 ボズが声をひそめた。


「最近、きな臭い噂をよく聞く。〈オルダーグレイ財団〉ってのが、旧文明の力を片っ端から買い漁ってる、って話だ。遺物。兵器。それに――生きてる、管制知性まで」


 管制知性。

 その言葉に、俺とノアは顔を見合わせた。パラゴンの、あれのことか。

 もし、あの管制AIを財団が先に手に入れていたら。あの、ねじ曲がった善意を兵器として使われていたら。考えるだけで、ぞっとした。


「そいつらは、何が目的なんだ」


「さあな。だが、金と人手は底なしらしい。あちこちの古い遺跡に、人を送り込んでる、って話もある。おまえさんがたが行った、その廃墟も。もしかすると――」


 俺は、あの灰色の紋章を思い出した。

 鍵と、歯車。きっと、あれが財団の印だ。あいつらの手の者が、俺たちより先にパラゴンに入っていた。

 点と点が、繋がっていく。

 まだ、全体像は見えない。けど、何かでかいものが、この大陸の裏側で静かに動き始めている。そんな予感がした。

 店を出ると、空は抜けるように青かった。


「ねえねえ、クロウ!次は、どこ行く?」


 リルが、もうすっかりいつもの調子で。きらきらした目で、俺を見上げてくる。さっきまでの涙も、財団の不穏な噂も。どこ吹く風だ。

 まったく。こいつの、この切り替えの早さには敵わない。


「そう急ぐな。まずは休憩してから、ゆっくり決めよう」


「えー、早く決めようよ!ねえ、ノアさんは、どこ行きたい?」


「そうですね。リルさんとご主人様が一緒なら、わたしはどこでも」


「もー、ノアさんは、いっつも、そればっかり!」


 二人のやりとりに、俺は思わず笑った。

 財団のことは、いずれ向き合うことになるだろう。嫌でも。あの紋章が、頭から離れない。

 けど、それは、今日じゃない。

 今はただ、こいつらと、次の冒険を。新しい空の下を、駆けていく。それで、いい。

 黒匣の中には、とんでもない財宝と、不穏な謎が一つずつ。鯨号は、もっと速く、もっと頼もしくなる。リルの記憶も、ノアの過去も。まだ見つけてやれていない答えが、山ほどある。この世界には、まだ見ぬ遺跡が、星の数ほど眠っている。

 やることは、いくらでもあった。退屈する暇なんて、どこにもない。

 さあ、次は、どんな景色が待っているだろう。

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